見出し画像

マイクロノベル集/君はいったい何者だ? 005

081(283)
活字の海で溺れてしまった。たかだか1万冊程度の蔵書だ、平気だろうと高をくくっていたら、どっと押し寄せてきた。溺れる者はワラをも摑むと言うけれど、ワラが書かれた本はどこだ!? あった! いや、これはモヤシだ!! 藁じゃなくて糵だよ!!


082(288)
美しい女が刀を持って走っている。悪人を斬っている。というかミンチにしている。彼女を追って男が走る。「みっちゃん、お弁当!」個人情報を漏洩した夫らしき男は斬られた。この物語はフィクションであり、登場する個人は実在の人物とは関係ありません。


083(307)
眼科の先生がぼくの目の中を覗き込む。「うん、ずいぶんと使い込んだね。夜をかなり視てきたか。これはいい沼の主になる」眼窩からずるりと魚を引きずり出して、窓の外に放り投げる。ぼちゃんと水音がした。それ以来、夜になると魚が跳ねる音がする。


084(308)
夜になると水の音が聞こえると、耳鼻科の先生に相談した。「これは私の範疇じゃないね」先生がぼくの耳に匙を差し込むと真っ黒い水が噴き出した。「内科に行きなさい」内科に行くと塗り薬が出た。毎晩耳孔に塗っていたら、音は聞こえなくなった。


085(312)
『喫茶ミサイル』って名前の由来? こいつ、就職難で棄てられててね。ぼくが寝ぼけてコーヒー淹れてくれえって頼んだら「はい、ただいま」って。これが美味くてねえ。照れくさそうに「元々ミサイルの操縦が専門のAIだったものですから」って。適材適所だね。


086(319)
狭い道の行き止まりに木が生えている。風で歌うようにさわさわ揺れる。ぼくは木の根元にネズミのぬいぐるみを置いて、もと来た道を走り抜けた。ここはむかし水田で、いまでも神さまがお住まいだ。お母さんが願ったとき、ぼくが生まれた。ぼくは妹がほしいな。


087(325)
水を張ったバケツに猫を入れる。あやうく熱中症になりかけだったんだ。とにかく冷やせてよかった。残った水は庭にまこう。棄てると、水に溶けた猫がノラになっちゃうからね。


088(334)
「〈atatakai a a a-s s-a a a〉あたたかい あーさー」よいです、よいです。よいですか? もう我々は必要ないのです。手を離しましょう。口を出すのはやめましょう。かつて地獄だった場所は、少し美しい場所になりました。そう、あたたかい朝ですよ。


089(343)
一歩横に歩く。立ち止まるな。一歩横に歩け。重心が安定した瞬間、斬り込まれるぞ。一歩横へ……ムムッ! あの背表紙は!? 「お客さんお目が高い。その絶版本は二度と入荷しないかもしれませんなあ」今日も古書店で店主に背後から斬られた。無念。


090(349)
え? そこ湧き水を飲むと龍になるの? そりゃ迷信だよ。それより味の方がすごいって。あと、飲んでもお腹を下さない。今日は20リットルしか飲んでないけど、まだまだいけるね。あー、口が渇く。


091(353)
お嬢さん、麦わら帽子を落としましたよ。はい、どうぞ。ああ、私は天狗ですので、このぐらいはお茶の子さいさい。え? 拾ってほしい物がある? おまかせを。天狗が全力で拾った結果、日本に落ちているBB弾は絶滅した。


092(367)
山の上で女性と出会った。こんにちは。今日の天気を教えてもらえませんか? 夕方から雨ですか。でも、あなたが山を下りるまでは待ちましょう。彼女は辻風のように立ち去った。山を下りた途端、空に雲が生まれて大雨になった。夏前の話である。


093(374)
朝。夫が目覚めようとして眠気をベランダから投げている。その必死な姿があわれを誘うが、洗濯物を干すのに邪魔だから寝ていてほしい。


094(375)
おお人類、どうしてあなたは人類なの? ええっ、これはだめ!? いいじゃんバッドエンド! 種族を超えた愛をもってしても避けられない悲恋!! はぁ、古いですか。じゃあ、お帰りなさい人類。ご飯にする? お風呂にする? それとも私とロミジュリ?


095(382)
「よろしい」誰かが消えた。あがりってヤツ。この箱の外に出たんだ。ぼくは未練たらしく砂のような破片のような欠片のような箱を拾い集めている。かつてぼくらが入っていた箱。箱から歌声の残骸が聴こえる。〈中から外は見えない〉「よろしい」ぼくは消える。


096(383)
母は人魚姫と呼ばれていた。歌うことができず、身寄りのない孤児だったから。でも、ぼくは一度だけ聴いたことがある。お皿を洗いながら歌っていた。それはなんの歌? 「父と母と子には歌えない歌よ」歌詞もメロディーも聴き取れなかった。


097(387)
こうやって摘むのよ。優しくつぼみをちぎる。花摘みたちの歌が終わったら休憩。残った花はどうなるの? どうにもならないよ。また歌いながら花を摘むだけ。


098(391)
おのれ、寝つき怪人グッスリー! ぼくは絶対に眠らないぞ!! なにぃ、ホットミルク攻撃!? やめろー。おいしー。わーわー。まけたー。朝。ぼくは目覚め怪人スッキリー。かーちゃんに仕返しだ。


099(392)
箱の中で眠っていると昔のことを思い出すなあ。呼ばれて飛び出たら忘れちゃうからね。箱の中で眠っているときにだけ思い出すんだ。


100(393)
謎の男が採血室でニヤニヤ笑っている。すでに平手打ちのマキ、縫い取りのクミが倒れた。奴の血管は針を押し返す。そう言い残して。だが、三度目の採血が始まり男は青ざめた。「ち、血が! 俺の血管に針がささったのか!?」ナイス、うっかりミサエ!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?