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蛮人と女戦士 #8(エピローグ)

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 砦が火に覆われ、燃えている。今や王女の救出は終わり、狂信者どもの掃討へと状況は推移していた。とはいえ、ことは非常に簡単だった。ローレンが姫君を連れて砦から退去した後――王女に殺戮の光景を見せるのは酷が過ぎる――、ガノンはその戦闘力のすべてをもって参列者という名の信徒どもを皆殺しに処したのだ。ほぼ一刀でもって闇導師との戦を制した彼からすれば、狂信者の掃討など物の数ですらなかった。とはいえ、相応に疲弊はしたのだが。

「……かたじけない」
「構わん。だがそれなりに疲れた。倍額の約定だけは守ってもらうぞ」
「わかっている。我らが王より、それなりの権限は預かってきた。持って行け」

 なおも眠り続ける王女を見守る女戦士が、ガノンに向けて金貨の入った袋を投げてよこした。彼は一度だけ袋を開け、無造作に中身を確認する。一枚、二枚と見て混じり気のないポメダ金貨であることを確認した後、ガノンは袋を腰に括り付けた。その姿に、ローレンは思わず声をかける。

「荒野を行くのに、不用心が過ぎるな?」
「これが一番、手っ取り早い」
「……間違ってはいないか」

 男のどこまでも小ざっぱりとした回答に、女はうなずく他なかった。彼を仰ぎ見れば精悍な身体は返り血にまみれ、炎に照らされ、少々けばけばしいほどに輝いていた。女はおもむろに、手持ちの布を投げ渡した。

「なんだ」
「その返り血を拭け。仮に姫が今、目を覚まされたとしても。その姿はとても見せられぬ」
「……良かろう」

 男は、淡々と血を拭い始めた。しかしその姿は、それまでの老成した感とは異なるほどに細やかなものであった。違和感を覚えたローレンは、不躾とは思いつつも口を開く。

「……汝は、荒野に出て幾年になる」
「一……いや、二年には入ったか。秋の祭りを、一度は見ている」
「年は」
「十と五……いや六になったか」
「故郷は」
「ラーカンツのガラナダ。けして悪い土地では……なぜ聞く」

 問われて、女は我に返った。意外と饒舌に語られた境遇に対して、ついつい深入りをしてしまった。戦士としての礼を逸した事実に、ローレンは素直に詫びを入れた。

「すまぬ。聞き過ぎた」
「構わん。おれも話し過ぎた」

 両者は、再び無言に戻った。ローレンは改めて、男の身体を見る。十五、六とは、とても思えぬ体躯であった。この男は、戦場に立てば剛力無比であろう【戦神の使徒】は、この後どこへと向かうのだろうか。

「この後はどうするのだ」
「文明人の土地へ行く。四肢でも大概のことは為せるが、剣の替えと食料。後は備えが要る」
「そうか」

 女はうなずき、会話は終わる。もはやすべてが終わりつつあることが、女戦士にも感じ取れた。

「うう……」

 その時だった。二人のどちらとも異なるうめき声が、荒野に囁いた。それが誰のものであるか、近衛部隊戦士長であるローレンには、即座に理解できた。

「姫様!」
「ロー……レン……」

 二人は手を取り合い、互いの無事を喜び合う。姫君が闇に侵されていないかは懸案事項だが、今においては些細な事だった。二人は暫くの間語らい、ややあってからローレンがガノンを紹介しようとした。しかし。

「……そうか。行ったか」
「どちらに?」
「足跡の方へ。しかし、もはや追うことはままならぬでしょう」

 ガノンの姿はどこにもなかった。ローレンはわずかに探そうとし、首を横に振った。なぜなら、眼下――彼が立っていたはずの位置に、足跡があったからだ。足跡はただただ遠くへ、孤独に消えていた。それだけが、彼が去ったことをあらわにしていた。

蛮人と女戦士・完

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