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蛮人と女戦士 #6

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 それはあまりにも荘厳で、闇の者らしく退廃的な場となっていた。
 参列者……と呼ぶのもおこがましい、青白い肌と光を失った目を持つ人々の群れ。
 広間の中央を貫く、赤というよりは朱色――あたかも血で染め上げられたかの如き絨毯。
 その果てに座すは、人間三人分ほどの幅を持つ巨大な黒鏡くろかがみ――光さえも吸い込むほどに黒塗りされた銅鏡。闇の者にとっての象徴である――と、白布で顔を伏せられた生贄。そして――

「王女の護衛と、連れの蛮人……奇妙な取り合わせかつ、少々装いが場に似合わぬか。まあいい。ようこそ。我が婚礼の場へ」

 肌は異様に白く、髪は白の長髪。黒の気配を持つ、白皙の美男子。白の法服を、そのまま反転させたかのようないで立ち。そして左の手には、小さな闇の珠。誰あろう。ローレンの目指す敵、闇導師ハクアだった。

「婚礼の場だと! ふざけおって、姫はどこだ!」
「おやおや。礼法がなっておりませんな」

 怒りをあらわにするローレンが、今にも絨毯を駆けようとする。しかしハクアが冷徹に右手を突き出すと、ローレンの動きが止まった。あたかも縫い留められたかの如く、彼女は硬直する。

「ぐ、ぬう……」

 ローレンが闇の力に抗わんとするたびに、装備の各所に刻まれた紋様と文言が鈍く光る。しかし刻まれた力が足りぬのだろう。彼女はなおも、動けずにいた。

「クフフッ! 神々の力をもってしても、総量が足りないようですねえ! そんな体たらくでは、姫を救おうなどとはおこがましい! そうでしょう? 姫様」

 ハクアの掌に浮かぶ闇の珠が弄ばれ、ポンポンと弾む。その姿に、ローレンもガノンも理解した。救うべき姫は、あの珠に封じられている。

「……」

 ガノンは、口の中で祈りを執行した。彼は自身を理解していた。祈り、戦うことが戦神の意にかなうことであり、それを続けることが彼に力を与えると信じていた。にわかに力が漲る感覚を得た彼は、ハクアに気取られぬように、ローレンの武装へと手を添えた。

「お、お、お……」

 直後、ローレンの光が増した。より正確には戦神の力を受け取ったローレンが力を増し、それに対して装備に刻まれた文言、紋様が呼応した。じり、じりと女の身体が動き始める。

「おっ!」

 やがて一定量に達したところで、その肉体は爆ぜるように動いた。闇の拘束が外れ、自由を得たのだ。瞬間的に、広い絨毯の道へ飛び出していく。

「ほう! ほうほうほう! では歓迎して差し上げよう!」

 ハクアが、大仰な声を上げた。同時に、右手の五指に闇を作り出す。闇の底は未だ未知数。ガノンたちを冷たく見つめ、引きずり込まんと蠢いていた。

「ハッ!」
「その程度ぉ!」

 おお。ローレンが今こそ、鋼鉄神の祝福を受けた薙刀を振るう。五指から放たれた最初の闇、その無軌道な射線に、見事な迎撃の刃を入れた。芯を食った一撃に闇は霧散し、消え果てる。しかし。

「見事。しかし闇とは飲み込むもの。引きずり込むもの。見よ」
「ぐううっ!」

 ローレンがうめく。なんたること。一品物、少なからぬラガダン金貨をつぎ込んで作り上げた薙刀の刃。そのうちの闇に触れた部分が、きれいさっぱり消え果てていた。神々の祝福たる紋様、文言は、すべてが刻み付けられていてこそ意味を成す。一部が欠けた状態では、力の十全なる発揮はおろか、本来その武器が保有する力さえも運用できない。つまり――

「うぬの振るったそれ。良い薙刀とは見受けた。おそらくは相当の力が注がれていた。だが、もはや無意味だ」
「……無意味か否かは、振るわねばわからん!」

 挑発めいて大仰に振り下ろされる言葉の大鉈に、ローレンの血はいよいよ頭に上った。武器を手折られた、蔑まれた怒りに、心の炎がいや立ち上る。彼女は、薙刀をかざし、横薙ぎに振るわんとして。

「やめておけ。いよいよ元に戻せなくなるぞ」

 それを止める、男がいた。同行者。己がボメダ金貨五十枚という破格で雇い入れた者。南方の蛮族。ラーカンツのガノン。彼の大きな、力強い、くすぶるような黄金色の瞳は。闇の凄まじき力を目にしてなお、強く雄々しく輝いていた。

「ほう!」

 その光に勘付いたのか、闇の導師が大きく叫んだ。同時に闇を二つ、ガノンたちへと差し向ける。それは再び無軌道な射線を描き、一定の速度を保って襲い来たった。

「……」

 それらに対して、ガノンの目が光った。続けて、背に括り付けていた剣を抜く。紋様も文言もない、ただの剣。しかしガノンが手にした瞬間から、鈍い光を発していた。

「文明人よ。闇に刃先で抗うのならば」

 彼の目が、闇を見据える。早くも遅くもない速度で進む闇は、軌道を入れ替え、時にうねらせ、不規則に向かってくる。だがガノンは、ひどく冷静だった。

「芯では足りん。『核』を狙え。『核』を穿たれれば、闇は闇たるを保てない」

 造作もなく、流れるように。ガノンの剣が、闇を断ち割った。一つ。二つ。淀みなく、まるですべてを知っていたかのように、変哲もない剣が流麗な線を描いた。無論、剣に傷はない。欠けてもいない。十全な剣の、形をしていた。

「なっ……」

 その声は、敵味方から二つ上がった。さもありなん。武具を贄に闇を相殺するでもなく、ただただ断ち割り、かき消したのだから。しかしそんな視線に晒されても、蛮族は泰然としていた。火吹き山の如き赤髪を、蠢かせていた。彼は女に背を向けたまま、一つ言い放った。

「倍額だ。ポメダ金貨を百出せるのならば、この討伐を請け負おう」

#7へと続く

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