蛮人と女戦士 #4
「ハッ!」
男の剣が見るもかくやの速度で舞い、狂信者の首を飛ばした。宙空に舞い上がる姿は一見隙有りにも見えるが、男の動きは凄まじく早い。狂信者が彼をめがけて槍を振るう頃には、すでに次の目標へと差し掛かっていた。暗夜にもかかわらず、彼の戦闘力は一切鈍っていない。彼が気付かずして振るう神からの加護が、彼をそうさせるのだ。
「ぬんっ!」
女は、狂信者の群れに対してその防御力を遺憾なく発揮した。盾はなくとも、装具そのものが彼女の強み。突きを阻み、振り下ろしを受け止め、薙刀で弾き返していく。馬を叩き、四足を薙ぎ、落馬させていく。
「――!」
人ならざる声で、狂信者の群れが震えた。彼らが跨っているのは、角付きの馬――ホクソー馬や農耕用のダブ馬を、魔道にて闇なる獣へと変えたもの――だ。乗り手たる狂信者そのものも闇に呑まれており、肌は青白く、目からは光が消え失せている。こうなってはもはや、人の道へは戻りようがない。トドメを刺すのが、人として出来得る最大の情けだった。
「おおしゃあ!」
蛮人が吠え、跳び上がり、足にて乗り手を蹴り飛ばす。飛ばされた乗り手が他馬に衝突し、足並みを乱す。蛮人はその隙に角馬を御し、高さの優位を敵軍から奪った。
「なんたる」
敵勢数騎の攻勢を紋様甲冑にて阻みながら、女は息を呑んだ。祈りによる加護を持つ【使徒】とはいえ、かくも邪教徒を圧倒するとは。恐らくは素の戦闘力の高さがそうさせるのだろう。
「負けられん」
ローレンは足に力を込め、騎馬を一頭弾き飛ばした。かつてはホクソー馬だった角馬が吹っ飛び、乗り手が落ちて絶命する。悼みはするが、祈りはしない。祈ればそれが、隙となる。隙を作れば、首を狩られる。暗中かつ寡兵ならば、なおさら危険が過ぎた。
「ぬぅん!」
大地を踏みしめて薙刀を長く持ち、しなりを利して横薙ぎに振るう。それだけで乗り手が吹き飛び、転落する。後方の馬の、足が止まる。急停止させられた馬は大いに暴れ、熟達ならざる乗り手を振り落とす。彼女は叫喚の中を進み、人馬を問わずに薙刀の露へと変えていった。
「――――!」
泡を食った狂信者の人馬は隊列を組み、前後の敵に向けて抗わんとした。しかしそれは下策である。騎馬の優位は、その機動力にある。いかに相手が強力な攻め手とはいえ、守りに入った騎兵は強みを失うのだ。そして――
「フウウウッッッ!!!」
守りを固めたはずの敵勢に、よく日に焼けた蛮族が砲弾じみて襲い掛かった。角馬の背を蹴って高みへと跳び上がり、上段から陣の中央目掛けて剣を振り下ろす。それだけで邪教徒どもは混乱し、散開する。そこに割って入るのは――
「負けてられんな。オオオッ!」
男もかくやの重低音の雄叫びに、重装備にあるまじき勢いの踏み込み。暗夜による視界の不利を紋様の淡い光で打ち払い、女戦士が薙刀を振るう。足で蹴倒す。次々と屠られていく邪教徒たち。もはや彼らの生き残る術は――
「――! ――――!」
一目散に、棲家目掛けて逃げ出すことのみだった。蛮人と女戦士は目線を交わし、その行動をあえて見送る。当然、二人には狙いがあった。
「行くか」
「ああ」
地平線の影に敵勢が消えるのを待って、二人は動き始める。目を凝らさずとも、新鮮な足跡が彼と彼女を導いてくれた。追い付かず、さりとて離されず。ゆっくり、じわじわと二人は敗軍へと近付いていく。そして。
「っ」
それは手早に行われた。夜陰に紛れて敗軍の最後尾に取り付き、生命を刈り取る。そこに容赦はない。そもそも情けをかけるべき相手でもない。ガノンが馬を黙らせ、ローレンが接近戦用のナイフで首を掻っ切った。ロアザ鋼を使った鋭い刃筋は、邪教徒に声の一つたりとも許さなかった。音もなく行われた殺戮は二度振りかざされ、狂信者の代わりに、姫を救う二人の勇士が敗北の軍勢へと加わった。
目指すべき敵地は、もはや指呼の間だった。
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