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蛮人と女戦士 #2

<#1>

 時は現在に舞い戻る。豪奢なる装備に身を包む女戦士ローレンは、言いあぐねていた。蛮族の戦士ガノンを、大枚で雇い入れた二つ目の理由。それは、非常にのっぴきならないものだった。

「言わぬなら、金を返してもいいのだが」
「いや。それは困る。話そう。笑ってくれても構わぬ」

 むう、と男が唸る声がする。女は、ただただ男を注視した。この後話す言葉で依頼を突っぱねられれば、またぞろ手を考えねばならない。男の義侠心に、賭ける他なかった。

「実はな。仕えている姫を、悪しき者に攫われたのだ」

 ローレンは口を開いた。ガノンからは、ふむとだけ言葉が返ってくる。続けろという意思表示だと、彼女は勝手に判断した。

「悪しき者とだと言えば、弱く見えるだろう。驚いてくれるな。敵は、【闇の眷属】だ」
「ほう」

 男が目を剥く姿に、女は安堵した。恐らくではあるが、ボメダ金貨五十枚という破格にも得心が行くだろう。女は男が納得するよう、さらに話を持ちかけた。

「足りぬのであれば、百を出しても良い。軍資金が減るゆえに前払いはできぬが、姫を救えば国から報奨金が出る。そいつを渡そう。私としては、汝を逃したくないのだ」

 女は、あえてすべてをあけすけにした。相手が【闇の眷属】――身体の一部などを闇に捧げる代わりに、絶大なる能力を手に入れた者――である以上、【使徒】の力を使い得るものはなんとしても手元に一人は欲しかった。

「……貴様は、弱き者にもかかわらず荒野に出た。そういうことか?」

 寸刻待って、男が口を開いた。放たれたものは、文句の言い難いほど明快な疑問だった。しかし女は、あらかじめ答えを用意していた。それが一番手っ取り早いと、彼女は理解していた。多少の時間を割いても、やる価値はある。問題があるとすれば、己の力が目減りするぐらいか。だが、先の賊に振るうよりかは見返りは大きい。そう踏んでいた。

「相対すれば、わかるであろう」

 ローレンは、長い薙刀を構えた。よくよく見ればその美しい刃筋に、なにやら紋様か文言らしきものが刻まれている。これぞ彼女の武器。鉄工に長けた自国の部族が、鋼鉄神に祈る言葉を刻み込んだのだ。ヴァレチモアにおいて【使徒】以外の者が神の力を借りるには、これが一番早い方策だった。もっとも、この手合の加工はラガダン金貨でも千枚、二千枚と掛かるような一品物にしか許されない。すなわち。

「ログダン王国、王女近衛部隊戦士長。ローレン・パクスター」

 彼女が高位の戦士であることの証左だった。

「……ガノン。ラーカンツのガノン」

 ガノンも剣を背から抜き、正面に構えた。こちらの剣には、紋様も文言も刻まれてはいない。つまるところ、十把一絡げのものである。今回の報酬をすべて注げば、より良いものが買える。その程度の代物だった。

「戦神に感謝を捧ぐ。良き敵手に出会えたこと。良き戦を下さること。されど此度は命を懸ける戦にあらず。我、詫びとしてこの戦のすべてを捧げん」

 短くも的確な祈りの言葉が、ローレンの耳を打った。これを発する前に叩くという手段も、あるにはあった。しかしその手段を取れば、ガノンは去る。ローレンは侮蔑され、金は行き場を失う。先の戦から、ローレンの頭脳はその未来をはじき出していた。そうなれば。

「いざ!」

 祈りの終わりを待って、ローレンは横薙ぎの一撃を繰り出した。同時に壮健なる鎧、その肩の部分が鈍く輝く。先祖が専門の高位彫金師に刻ませた、風神加護の紋様だ。薙刀は風をまとい、凄まじい速度でガノンへと近付いていく。空を切ろうが、その衝撃波だけで肌を裂きかねない勢いがあった。しかし。

「ハッ!」

 蛮族の武人は、的確な対処を取った。下がるでもかがむでもなく、上に軽く跳んだのだ。もっとも、軽くと言ってもかなり高い。最高点はローレンの背丈、その倍にまで達していた。

「やはりか」

 彼女は小さくつぶやき、薙刀を正対へと戻す。一太刀目は小手調べの大振りとなったが、ここから先は。

「ふむ」

 ガノンも、二歩ほど下がった位置に着地する。じりりとわずかに、両者が動いた。刻時機なる機械からくりの動きから見れば、ちょうど逆回りとなる形だ。

「では、こちらからだな」

 蛮族武人が、声を上げるでもなく地を踏み切った。十歩はあった間合いが、たちまちのうちにゼロになる。飛び掛かるように振り下ろされた剣を、薙刀を掲げて防ぐ。激しい痺れが襲い掛かるが、家伝の鎧に刻まれた鋼鉄神の紋様と合わせれば。

「ぐぬうっ……!」

 類稀なる膂力で押し込まれる剣を、ローレンは兜まですんでのところで押し留めた。美しい女性にあるまじき、苦悶の顔を浮かべながらも。乾いた荒野の大地に、尋常ならぬ亀裂をもたらしても。彼女はガノンの一撃を耐え切ったのだ。ローレンは胸の内で、先祖と彫金師、そして神々に祈りを捧げた。すべての助力がなければ、己はここで真っ二つに裂かれていたことだろう。

「……攻めも守りも神頼み。されど虚弱にあらずか」

 男がだらりと剣を下げる。その姿からは、戦意というものが窺えなかった。女はたまらず、声を上げた。

「ガノンよ、愚弄するかっ!」
「愚弄? 否。おれは得心した。貴様の強さも、そして弱さも」
「なっ……」

 ローレンは戦慄した。わずかに一度、互いに武器を晒した程度の攻防で、なにがわかるというのだ。彼女は数歩下がり、再び薙刀を構えた。今度は、すべての紋様を使ってでも。

「それよ。おれのような蛮族の言葉に苛立ち、類稀なる力を無闇に振るおうと試みる。それが貴様の弱さだ。神々に、頼り過ぎておる」
「……!」

 男の言葉に、女は切っ先をわずかに下げた。己の情動を言い当てた男の言葉を、聞く気が生まれていた。そのまま彼女は、続きを促した。

「【闇の眷属】と相対するには、相応の力が要る。そのくらいは、おれも知っている。紋様、文言の力とて、有限ではない。貴様はここで、脱落する気か?」
「むう……」

 ローレンは、薙刀を肩に掛けた。もはや彼女から、戦意はそっくり失われていた。一から百までとは言わないまでも、こうも言い当てられ続けては気が削がれる。特に最後の言葉が、彼女には深く刺さっていた。

「ここで降りるなど、姫には申し訳が立たん。汝一人で闇の蔓延る敵地に行かせるなど、正気を疑われる。……少々熱くなり過ぎた。許せ」

 彼女は息を吐き、兜を脱いだ。頭に上ってしまった血を、ひとまず冷ます必要があった。栗色の長い髪が、荒野の風に揺れる。数回も呼吸を重ねれば、たちまち平常心が戻って来る。その程度の修練は、彼女とてしっかりと積んでいた。

「良かろう」

 彼女が兜を被り直す頃合いを待って、男は謝罪に応じた。恐らくは彼なりの礼法だろうと、彼女は不問に処した。相手は蛮族である。礼法一つとっても、違いは幾重にも存在する。いちいち腹を立てていれば、身がもたないのは明白だった。

「私の意地が元とはいえ、かなりの道草を食ってしまった。行こう」
「行こうか」

 そういうことで、二人は落ち着いた。

#3へ続く

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