容姿のコンンプレックスと美容室

 私は自分の容姿にかなり強いコンプレックスがある。
 コンプレックスのきっかけは中学2年生の時。男子生徒がクラスの女子達に対して、「ブサイクランキング」をつけていた。そして、その全貌を知った友人が、私が2位であったことを、つまり、学年で2番目にブサイクだと言われていたことを私に知らせてくれたのだ。この出来事が、私のコンプレックスの根源であると思う。

 24歳になった今でも、私はこのコンプレックスと戦い続けている。大学生の頃は、出がけに鏡を見て「ブサイクすぎて家から出られない」と思い、大学へ行けないこともあった。それでも自分の容姿に苦しみながら化粧をし、ファッションを考え、やっとの思いで大金をだして歯列矯正をして、社会人になってからは脱毛を始めた。私の心は「可愛くなりたい」思いと、「私がこんなことをしても無駄かもしれない」という思いの間で常に揺れている。


 そして、そんな私が最も苦手なものがある。それが「美容室」だ。
 まず、自分の容姿が何かしらの形で判断される場所、状況への苦手意識が強い。そして、その判断を下すであろう相手への恐怖がある。その最たる例が美容室、というわけだ。
 しかし、美容室に行って美容師が容姿について何か態度で示すだとか、嫌なことを言うだとか、そんなことはほとんど聞いたこともないし、そもそも美容師が自分の容姿について何か思うかもしれないなんてことも、確実にこちらのコンプレックスが作り上げる被害妄想なのだ。それは私の中でも理解している。

 しかし、一度だけ、私は美容室でかなり辛い思いをした経験がある。
 これは私が東京都で働いていたときの話だ。

 春先、若干ウルフカットの流行っていた時期に、私もそれに挑戦したいと思っていたことがあった。露骨なウルフカットではなく、ちょっとライトないわゆるネオウルフ。夏までにショートカットにしたいと考えていたため、失敗しても大丈夫と気楽に構えて私は池袋のとある美容室でカットとカラーの予約をとった。

 美容室が苦手とはいえ、新しい髪色、新しい髪型にはワクワクする。午前中に予約をとっていたので、休みの日にしては少し早く起きて、いつもよりしっかりと化粧をし、お気に入りの服を着て家を出た。これから切られる髪はストレートアイロンで伸ばすだけにしておいた。

 そして、美容院。案内されて席に着くと担当の方が早速やってきた。彼はすぐに要望を聞いてきたので、私は保存しておいた理想の髪型の画像を見せた。ようやく憧れのこの髪型にできるのかと、ワクワクしながら話していると、担当の彼はぶっきらぼうに一言。
 「ウルフ…お勧めしないっすよ。」
 突然の否定に面食らった。いや、私なんかより、当然彼らの方が髪についての知識は豊富だ。私の髪質が〜とか、この長さだと〜とか、この画像は実は〜みたいな話をされることは多いし、それは覚悟していた。しかし、この時ばかりは、そんな雰囲気すらない完全な否定だった。呆気にとられている私に、彼は続けた。
 「お姉さん、セットとかしないっしょ。これ、セットしないと可愛くないっすよ。」
 私は「えっ。いや、まあ…」と答えるので精一杯だった。私の頭にはもう彼の「セットとかしないっしょ」というきめつけの言葉だけがぐるぐるしていた。もしかしたら、もしかすると、今日美容室に来た私がアイロンで伸ばしただけの髪型できたからそう思ったのかもしれない、かもしれないが、そのときの私にそんな考えは浮かばなかった。私が不細工だったからだろうか?それともファッションセンスがないのだろうか?それについてしか考えられなかった。コンプレックスはあっという間に爆発し、胸にあるのは一刻も早く家に帰りたい思いと、恥ずかしさ、そしてこの美容師にお金を払いたくないという惨めな怒り。「セットくらいするから切ってくれ」と、美容師に注文する勇気はもうなかった。泣きそうになるのを堪えながら「じゃあカットはいいです。」と断った。
 本心では「もうカラーもいいのでキャンセルしてもいいですか?」と聞きたい気持ちであったが、それは流石に迷惑では?という理性と恥ずかしさで、カラーだけはしてもらうことにした。
 そして、カラー後のシャンプーでもまた事件が起きた。まずとにかくシャンプーが痛い。頭皮に爪を立てるように洗うのだ。ありえなかった。しかしまあ、少しシャンプーが下手な人なのかもしれないと思い、とりあえず耐えた。そして流しながら手櫛を入れられているとき、明らかに絡まった髪をそのまま引っ張られた。あまりの痛さに「いたっ…」と声も出たし、じんわり涙も出た。小さな声だったので気がつかなかったのかもしれないが、それを何度もやられる。流石に「痛いんですけど」と言おうかとも考えたが、小心者。何も言えずにシャンプーは終わった。髪色はほとんど変わらなかった。

 史上最悪の気分でお金を払い(前髪をカットされたので普通に予約通りの金額とられた)美容室から出た途端、堪えきれなくなって涙が溢れてきた。池袋の街中で一人で急に泣く23歳の女。恥ずかしいのでできるだけ顔を見られないように俯いて急ぎ足で駅に向かった。コロナ対策のマスクは、うまい具合に私の顔を隠してくれた。駅のトイレで私はしばらくの間泣いていた。こんなに惨めな気持ちになったことはないというくらい、辛かった。一体私が何をしたのか。もしかしたら、本当に全て私の被害妄想で、「お姉さんウルフのセットできる?」くらいのノリだったのかもしれない。それが無愛想な言い方だったために、私のコンプレックスを踏み抜いてしまったのかもしれない。しかし、そんなことを考えてももう仕方のないくらい私は傷ついてしまっていた。20分ほどしっかり泣いて、すぐに家へ帰った。


 今でも私は美容室が苦手だ。自分の容姿と向き合う必要があるから。しかし美容室はコンプレックス打破のためには必須である。美容師の目が怖いのは私のコンプレックスがそれだけ大きいから。私はそれを理解しているし、実際にあの美容師に悪意があったとしても、その他大勢の美容師も、なんてことがないのは理解できる。犯罪に手を染める警察がいるのと理屈は一緒。


 容姿にコンプレックスのある私と同じような人間は、基本的に他者からの視線に被害妄想をするし、それが被害妄想であることも理解していると思う。自分の思っているほど、他人はきっと私の容姿を馬鹿にしていない。それでも自分にかけられる好意的な言葉より、何年も前のブサイクランキングの主張が強いのも、美容室での何気ない言葉が悪意に感じられるのも、私に自信がないからだと思う。この堂々巡りの中で、少しでも自分が自分を認められる様に、せめて自分に優しくなれる様に、私はコンプレックスと戦いたい。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?