筆を折った回数なら、誰にも負けない自信があった。自分の発想力の無さに心底うんざりした日や、あいつの詩だけが絶賛された日。金が足りなかった日。仕事が思うように進まなかった日。寝坊した日。雨の日。筆を折るきっかけなんて、いくらでもあったのだ。何でも良かった。ただ、辺りがほのかに暗くなるだけで、僕の目にあんなにも鮮やかに映っていた言の葉の世界は、途端にチープな喜劇へと成り果ててしまう。 ちょっとした劣等感や諦めが、ぽた、と垂れた時、それは急速に僕の中に染み込んでゆく。ちょうど
日本語教師として、初めて学生を卒業させたので、今感じていること・今後も大切にしていきたいことを少し。 この3月、私は初めて日本語教師として自分のクラスから学生を送り出した。学生にとって最後の目標である12月のJLPTが終わり、進学先も全員が見つけ終わった後は本当にクラス管理に骨が折れた。モチベーションがなくなる学生も多い。そうでなくとも、なんとなくクラス全体が引き締まらないと感じる毎日だった。そこから卒業の日まで、忙しさやストレスが私の視界に入るすべてで、正直なところ、
それは露に光る冬の景色や、家に迷い込んだトンボの話。 私の目の前に広がる世界の話であった。 きっかけは、小学生の時。地方の月刊同人誌で小説を連載しているご老人、吉岡さんからの誘いだった。吉岡さんは、私の母が経営している喫茶店の常連客であったが、文章を書くことが好きだった私に「地元の同人誌用に何か書いてくれないか?」と声をかけてきたのだ。実際には母が全て話を進めていたので、全て母から聞いた話ではあるが。どうやら同人誌に乗せてくれるだけでなく、そのための掲載料も吉岡さんが
前置き 正直この話は、ずっと胸中に秘めているべきというか、自分で消化すべきというか、あまり口に出してはいけない話なような気がしている。実際小学校の同級生達が集まっても、あまり小学校の話はしないし、少しだけ話題に登っても、すぐにそれは消えていく。私が私の記憶ゆえにそう感じているだけなのかもしれないが、それでも確かに今まで「小学校の思い出話」は数えるほどしかしていない。 今回それをわざわざ書くのは、一生消化できない塊がずっと腹の底に沈んでいるような気がしたからだ。不特定多数
東京に来て数ヶ月。 意外にも、「東京っぽい」という感想を抱く場所が、ここにはなかった。 テレビで見る渋谷には、横断歩道が寝そべっていて、109は人間を見下ろしている。新宿では巨大な駅が人々を待ち構え、地下に入ろうものなら壮大なダンジョンを彷徨うことになる。自由で、少し汚くて、夜はなんでもノスタルジックに映ってしまう。東京。今まで、そんな光景の全てが魚眼レンズを通したように私の脳を覆っていた。 しかし、実際の東京は、なんてことはなかった。人が多いただの街。私の頭の中の東
私は自分の容姿にかなり強いコンプレックスがある。 コンプレックスのきっかけは中学2年生の時。男子生徒がクラスの女子達に対して、「ブサイクランキング」をつけていた。そして、その全貌を知った友人が、私が2位であったことを、つまり、学年で2番目にブサイクだと言われていたことを私に知らせてくれたのだ。この出来事が、私のコンプレックスの根源であると思う。 24歳になった今でも、私はこのコンプレックスと戦い続けている。大学生の頃は、出がけに鏡を見て「ブサイクすぎて家から出られない
今回はちょっと私の鼻炎の事について書いていこうかなと思います。 というのも、この度ようやく鼻炎の手術をする事になり、点鼻薬から開放される日が近づいてきているので、同じ様な症状の人へのメッセージと自分自身の覚書として。 鼻炎を自覚する前の話 幼い頃はよく親に「口が開いている」と怒られたり、「鼻息が荒い」と笑われたりしていました。当時の私は、口を開けていると怒られるので頑張って鼻で息をする様にしていましたが、当時から鼻で呼吸をするとなんとなく息が苦しく、(こんなにしんどい
4月1日。雨。 僕は思いついたように赤崎先輩の家に向かう。じっとりとした湿気が顔に絡みつき、大粒の激しい雨が、頭上の傘にぶつかっては弾けた。普段から家に引きこもりがちな僕にとって、雨の日の外出など死力を尽くしてでも避けたい代物だ。しかし、今日だけは違う。この大雨をモノにしない手はない。 僕は赤崎先輩のアパートに着くなり無遠慮にインターホンを鳴らした。 「なんだよ」 そう言いながら、随分と気だるそうな顔をして赤崎先輩はドアを開ける。僕が来ていると分かっているのにチェ
僕には、大切にしている花壇があった。そしてそこに咲いている花に毎朝水をやることが、しばらく僕の日課であった。 その花の横には、いつからか奇妙なカカシが一体立っていた。そいつはカカシと呼ぶにはとても不出来で、どこか不気味な様子がある。真っ黒な細い枝が、同じく真っ黒な端切れを着ていて、顔はいやに細長い。恐らく元々白い顔をしていたのだろうが、今は茶とも黒とも分からない色をしている。そしてそいつはいつも、花に水をやる僕の方を見て、ニタリと笑っているのだ。 僕は気がつけば、そいつに
今回は、文学部に進学したかった私が、夢を諦め看護学科に進んだ後のお話です。進学編はこちら。 まず、大学在学中、こと実習中に関してはとても辛かったです。 前提が大問題なのですが、そもそも私は看護に興味がないのです。とは言っても何かを学ぶことは好きだったので、幸い看護の勉強そのものを辛いと思ったことはありません。しかし、実習はそういうわけにもいきませんでした。看護師と言えば、優しくて頼りになる存在でしょう。しかし、実習生の立場になってみると、なかなかどうして恐ろしい人間
ついさっき、壬生義士伝を観終わりました。Amazonプライムで配信中なので、新撰組が好きな人は是非観てみてくださいね。吉村貫一郎という隊士にフォーカスした作品です。 ネタバレを最小限に抑えて、この作品の感想をば。 https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00F2ZXYWY/ref=atv_dp_share_cu_r まず、キャスティングから。 新撰組を題材にした作品、漫画であれドラマであれ映画であれアニメであれ、近藤勇、
「刺激、っていうのは、やっぱり、僕らには、必要だと思います。なによりも。きっと僕らは、誰よりも繊細であるべきだ。」 それが佐倉の口癖だった。それがきっと佐倉にとっての世界そのものであり、ただひとつの真実なのだろう。この話をするとき、佐倉は真剣そのものである。真っ直ぐにこちらを見つめる両の目は、それぞれが固有の意思を持っているのかと思うほどに強く、真黒に澄んでいる。チラと彼の目を見るだけで、ハッキリとそれが分かってしまう。彼の目を見たものは誰一人それを忘れることが出来ないだろ
-世界は急速に発展している。我々人類は、自らの営みをより豊かに、そしてより便利にするため、複雑な技術を生活のあらゆる場面に配置した。機械無しの生活を本当の意味で想像出来る人類など、この世にはもう誰もいないのだろう。それほどまでに、機械ありきの生活は、既に当たり前のものとして享受されている。我々は進化を止めない。 -発展する世界の中で、あらゆる人類が私たちを複雑化した。人類の営みの多くを私たちが遂行し、人類の生活を簡便にしている。楽に生きるための努力を惜しまないのが、どうやら
先日池袋にある「本と珈琲 梟書茶房」さんに行ってきました。 お店の中にはカウンター席、テーブル席、テラス席など色々なタイプのあり、目的や人数に応じて空間を楽しむことが出来そうです。 私は今回1人で訪れたので、カウンター席に通されました。 カウンター席は図書館のような作りで、ガラス張りの机の下にはおすすめの本が陳列されています。 素敵ですね…… 空間だけで既にかなり満足なのですが、今回私が注文したのはこちら。 アイスコーヒーとパンケーキです。 本当は梟ブレンドが飲
先日、漸く又吉直樹さんの「劇場」を読了した。実は、随分前から読もうと思っていたのだが、本を買おうと思ったその時に映画化のニュースがあり、なんとなく買う気になれなくなってしまっていたのだ。随分勝手な話だが、こういうことはよくある。よくあるので困る。 私が本を好きな理由の一つに、「流行が無い」ということがある。本の中には、世界がある。それは1960年代のアメリカかもしれないし、現代日本かもしれない。或いは異世界だということもあるだろう。本の中の世界には、当然背景として持つ時