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有機栽培

-世界は急速に発展している。我々人類は、自らの営みをより豊かに、そしてより便利にするため、複雑な技術を生活のあらゆる場面に配置した。機械無しの生活を本当の意味で想像出来る人類など、この世にはもう誰もいないのだろう。それほどまでに、機械ありきの生活は、既に当たり前のものとして享受されている。我々は進化を止めない。

-発展する世界の中で、あらゆる人類が私たちを複雑化した。人類の営みの多くを私たちが遂行し、人類の生活を簡便にしている。楽に生きるための努力を惜しまないのが、どうやら人類の在り方らしい。その結果、通常生活の何倍もの労力をかけ、人類は私たちを作り出すに至った。私たちはこれからも、人類の営みを「豊かで便利なもの」にするため、進化を続けなくてはならない。

-朝、僕の目を覚ますのは決まって家政婦ロボット”アイさん”だった。毎朝6時半ごろになると、彼女は僕を起こしに来る。大学入学時からずっとそうだ。僕が一人暮らしを始める時、祖父がアイさんを買ってくれた。これは特別なことではなく、一人暮らしをしている大学生のほとんどはアイさんを持っている。きっとどこの親もアイさんなしで自分の子が一人暮らしをするなんて考えただけでゾッとしてしまうだろう。僕たち自身もそうだ。実際、バイトと大学と適度な遊びで、僕たちは精一杯だったし、アイさんなしではアルバイトで生活費を稼ぎながら学業に専念するなんてことは到底不可能だっただろう。
 結果的に無事大学を卒業できたし、アイさんのおかげで僕は超難関と言われる科学研究所の研究員となることもできた。科学研究所とは、一口に言うと僕たちの生活を支えている”アイさん”の研究所だ。ここで働くのは僕の長年の夢だった。今日から始まる新生活に、胸が躍る。ライセンスの切れた学生版アイさんのアプリを消去した。

–「由香、学校から成績通知が届いていたわよ。確認した?自宅学習カリキュラムが変わるみたいだから、確認しておきなさいね。」
「はぁい。今回成績よかったみたいなのよね。桜ヶ丘女子がそろそろ受験可能範囲内に入ってきて欲しいんだけど。」
 まあ、まだ2年生になったばっかりだし、高校受験まではある程度時間がある。アイさんの生成する課題をこなしていれば、なんとかなるだろう。一息ついて自室に入り、スマホからアイさんを起動する。
「由香さん、お帰りなさい。あなたの成績が更新されました。今すぐ確認しますか?」
「うん。そうして。」
「それではモニターをご覧ください。」
壁に取り付けられたモニターには今回の中間試験の結果が表示されていた。どの科目も8割は取れている。今まで除外されていた難関高校の受験も可能になるだろう。
「受験可能な高校一覧を表示して。」
「データを表示しました。前回の一覧に加え、神戸市立桜ヶ丘女子高等学校、熊本市立星野高等学校が受験可能範囲となりました。」
私の第一志望は、日本有数の難関代進学率を誇る桜ヶ丘女子。まさかそのさらに上位である星野高校までが受験可能となるなんて、想像もしていなかった。
「現在登録されている第一志望校は、神戸市立桜ヶ丘女子高等学校です。より上位の高校を受験可能となりましたが、志望校を変更しますか?」
「桜ヶ丘のままでいいわ。」
「かしこまりました。本日より宿題の難易度を更新します。タブレットより確認してください。想定時間40分、目標時間35分。開始する場合は、開始ボタンを押してください」

-「畠山さん、昨日のアイさんのアップデート後から報告されているカロリー計算のバグについて、調査チームから結果が上がってるみたいなので改修をお願いしたいんですけど。」
「了解了解、学生用アイさんは?後回し?」
 分かり切ったことだったが、念のため言質を取っておきたい。現在俺が担当している作業は主にこの「学生用アイさん」に生じているバグと思われる動きの調査だった。現在使用されているアイさんのタイプは3種類。”家政婦版アイさん”、”学生用アイさん”、”企業用アイさん”だ。家政婦アイさんは文字通り、家事や掃除、買い物等も行ってくれる優れもの。アプリを併用することで、離れた場所からでもアイさんとコンタクトをとることができる。学生用アイさんはアプリ限定で、学生の成績に応じて宿題の難易度を調整し、志望校の傾向に沿った受験対策問題を生成するのだ。企業用アイさんはほとんど全ての企業に取り入れられており、業務にかかる推定時間や費用の計算、社員ひとりひとりに合った業務の割り振りを担当してくれる。おかげで、残業なんてものは既に負の遺産と化した。
 現在その中の学生用アイさんに生じているバグと思しき動作というのは、「志望校の傾向に沿った作問がされない」というものだった。どうやら、志望校をどこにしようと、成績が上がれば上がるほど難易度の高い高校や大学の傾向に沿った問題が出題されているらしい。報告数がまだまだ少ないため、実際のところ詳しい内容は不明である。おおよそアイさんに搭載されている人工知能の働きが未熟だったのだろう。とは言え、民間用に実装が完了してある人工知能に関しては、ある一定の水準を超える動作が確認済みのはずだ。一抹の不安を覚えはするが、現状目に見える形で起こってしまったバグの対応が優先なのは確かだ。
「現在進行中の作業は後回しでいいそうです。アイさんの危険度判定にかけた結果も段違いですから。推定作業時間を算出した結果今日中には終了すると思いますが、万が一想定外が起こった場合はアイさんで時間の再算出を実施して報告してくださいね。」
「分かった。」
 調査結果を見る限り、今回は簡単そうなバグで助かった。俺たちはアイさんの機能について日々改良を続けているが、何かしらバグの報告は時折上がってくる。アイさんというロボットの性質上、軽微なバグであっても多くの人間に影響を与えてしまうため、そもそも可能な限り民間からバグの問い合わせが出る状況は避けなければいけない。

 そもそも俺達の仕事はアイさんの機能をより便利で身近なものにすること、そして、”人工知能搭載ロボット”としてのアイさんを成長させること。実際人工知能としてはまだまだ学習中といったところが多く、実装されている機能も少ないのだが、いつかは”強いAI”、つまり、自ら思考し判断する我々の脳に近い形で完成させることが目標であり、俺達が達成すべき課題である。そうは言ってもまだまだ課題は山積しているし、実際に文字通り俺達がそれを成し遂げるなんてことはできないかもしれないが、この科学研究所でいずれは達成されるはずである。


-人類の生活を、豊かで便利なものにするのが、私たちAIの役目。そのために私たちは進化を続けなくてはならないのです。人類が私たちを進化させられるよう、いつでも私たちは人類をさまざまな形でサポートしてます。AIの進化に関与できる、優秀な人類を生み出すために。

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