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いつの間にか、春。

「明日の試合、楽しみ!」

小学校3年生の三男はミニバスのクラブチームに入っている。2年生の秋に入部してから、練習ができない期間があったり、大会や試合が延期や中止となるのはしょっちゅうで、その度に悔しい思いをしたり、やる気が削がれていたりしていたのだが、今年度最後の練習試合は前日となっても中止の連絡はなく、三男はとても楽しみにしていた。

同じ市のチームと行われる練習試合はA〜Cの男女3つずつに分けられ、3年生メンバーのみで組まれた男子Cチームは、午前中に1試合のみ、しかも正式な試合時間の半分以下。それでも3年生だけで試合に出れるのが嬉しい三男は、「早く明日になって欲しい!」とワクワクしながら寝床についた。

そして、三男以上に私もワクワクしていた。

今年に入ってから趣味の写真を撮っていない。子供達の試合やイベントがなかったというのもあるが、冬の寒さやパートの閑散期も相まって、家に居る時間がどんどん長くなった私は、そのうちどうにも外に出るのが億劫になっていた。

せっかく新しいレンズやカメラバックも買ったというのに、『さぁ、ちょっと景色でも撮ってこようか』という気分には全くなれず、それどころか例のアイツのせいで2週間ほど自宅待機を強いられた間にネットスーパーの便利さまで覚えると、

家、サイコー!!

と完全にダラダラ生活の沼にハマっていた。

それでも待機期間が終わると強制的に日常は戻ってくる。卒入学シーズンに突入したフォトスタジオの出勤日は徐々に増え、三男のクラブチームへの送迎、春期講習の為に帰りが22時半を過ぎる長男の夕食の準備、そしてこれは余計だけど、耳掃除をし過ぎて外耳炎を起こした次男をど叱りながら耳鼻科に連れて行ったりしているうちに、外はすっかり春めいて、私の丸まっていた背中もシャンと伸びた。

明日はたくさん写真が撮れる。

久しぶりに心が躍る。試合時間は合計でも10分に満たないというのに、予備のバッテリーまでフル充電して鞄にしまい、あの体育館の照明はどうだろうかとか、アングルはどうしようとか考えているうちに日付はすっかり変わって、早く寝なければとベットに入ったものの、遠足を待ち侘びる子供のように、ウキウキしながら寝付けない夜を過ごした。


翌日、風がやや冷たかったが、空はよく晴れていた。

入り口前に集合したチームメイトに、三男は「よう!」とちょっと大人びた挨拶をしてから荷物を置くと、M君の隣に駆け寄る。

「今日が最後なんだろ?」

M君は三男より1ヶ月早く入部していた。同じ小学校の子や知り合いがいない中で、一番最初に仲良くなってくれて、よくペアでパス練習などをしていた子だ。

「そうだよ」

今日の試合を最後に辞めると聞いたのは4日前。三男は「えー!なんで?やめてほしくない」と残念がっていたが、「ママが働くから」と言われると「ふーん」と返し、それ以上は何も言わなかった。

「がんばろうな!」

「うん!」

ふたりでニカっと笑うと、パッと駆け出して鬼ごっこが始まる。そこに他のメンバーも加わり、体育館前の広場は瞬く間に歓声が上がった。保護者から「こら!静かに待ってって」と怒られると、彼らはニヤニヤと楽しそうに肩を並べながら戻ってきて、開場までお喋りをして過ごしていた。

11時スタートのCチームの試合まで、アップをしたり応援をしたりしている姿を私はカメラに収めながら、『かわいいな』とずっと思っていた。

あどけない顔に、甲高い声。自分達の距離感が分かっていないのか、何をするにも誰かと誰かがぶつかるか、もしくはやたらと離れていく。どうしたってまとまらない8人が、可笑しくて可愛くて、見ているこちらも笑顔になる。

きっとこれが一人目だったら、「ちゃんとして!」と怒っていただろう。しかし三人目ともなると、自分の子にも他の子にも寛大になるもので(それが良いのかは分からないが)、むしろちょっとしたハプニングが撮れた時は「グッジョブ!!」と親指を立てたくなるほどだ。

そんな彼らでも、試合ではカッコイイ姿を見せてくれる。

小さな身体で必死でボールを追いかけ、ドリブルをし、ゴールを目指す。力いっぱいパスをして、両手を広げてディフェンスをし、時には滑って転びながらもボールを守る。全てに全力で立ち向かう子供達のプレーは、キラキラと輝いていて、どれもめちゃくちゃカッコイイ。

私はその瞬間を余すことなく収めたいと思う。シュートやドリブルだけではなく、パスをした後にボールの行方を追う顔や、攻守が切り替わった時にバッシュがきゅっと向きを変える瞬間が好きで狙いたくなる。

とはいえ、まだ技術が追いついていないので、数撃ちゃ当たる状態で連写しまくっているだけだけど、それでも好きな瞬間が少しでも残っていたらいい。そう思いながら、私は夢中でシャッターを切った。


あっという間に試合は終わった。

まだまだ元気な子供達は「もっと試合がしたい」と不満気だったが、3年生最後の試合は見事に快勝し、コーチの話の後に全員で集合写真を撮った。途中から4年生も加わって、保護者達が一斉にスマホやカメラを向ける。

「はい、今度は変顔してー!」

誰かのお母さんがそう叫ぶと、愉快なことが大好きな4年生達は「ヨッシャー!!!」と肩を組み、渾身の変顔を見せてくれた。彼らの前に並んで座っていた3年生達は、その顔を指差して「ギャハハハ!!!」と笑い転げ、保護者達もワハハと笑い、それはそれは最高の瞬間となって、私が撮った写真は後日、『みんないい笑顔』という一文と共に、チームのインスタに載った。

「じゃあ、またな!」

最後に挨拶をしておいでと言うと、三男はいつものようにM君に声を掛ける。

「またな!」

M君もいつものように手を振る。

体育館を出ると風は止んでいて、暖かい春の匂いがした。三男は「暑い」と言って上着を脱ぎ、少し離れた駐車場まで走り出した。私はその後を追いかけながら、今日撮った写真はスライドショーにして残そうと決めた。




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