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今はまだ聞かないでおこう

ドラムのレッスンに向かう途中、後部座席から長男が話しかけてきた。

「冬の大会の曲、決まったよ」

軽音部でバンドを組んでいる高2長男は、先月行われた夏の県大会と地区大会の本選に出場した。県大会では賞は取れなかったが、地区大会の方は4位に入賞し、前回大会で本選出場することができなかった悔しさを晴らした結果に満足しているようだった。

大会後は文化祭の準備に明け暮れ、前夜祭のトップバッターという大役を務めたあと、彼らはもう冬の大会に向けての曲決めを行っていた。

「Superflyの曲にしようかと思ってて」
「いいね」

高音も低音も伸びやかな声で歌うボーカルに合っていると思った。

「地区大会はそれで勝負する。県大会はまだ決まってないけど」
「うん」

頭の中ではイメージができているのだろう。リズムをとりながら身体を揺らすたびに車も微かに揺れる。

「それで大会は終わり」

春に引退する彼らが軽音部として出場する大会は、この冬が最後となる。だから最後の大会はこれまでとはまた違う思いがあるようで、気合が入っているというよりは少しセンチメンタルに「賞とりたいなぁ」と呟く。

「そのあとは?」

不意に口をついた言葉に、長男が「え?」と聞き返す。

「そのあと…あの何だったっけ、春に公園のステージで演奏したやつは?」

この春、高校生バンド選手権にエントリーした彼らは、コピー曲の部で本選に出場し、繁華街のど真ん中にある公園に設置されたステージで演奏した。

「あぁ、あれね。もちろんエントリーするよ。それで本当に最後だね」
「そっか。頑張りや」
「うん」

そう言うと、イヤフォンをつけて音楽を聴き始めた。私はアクセルを踏みながら大きく息を吸った。

そのあとは…

グッと言葉を飲み込む。本当に聞きたい「そのあと」は、今はまだ聞いてはいけない気がした。

「あっ、あとさ。明後日、塾の体験に行ってくるわ」

少し前、目指す大学が決まった彼は、自ら塾に通いたいと言い出した。数人の友達から情報を得て、一つの塾に決めて紹介してもらったという。

「わかった。入るかどうかは自分で決めらたええよ」
「うん」

きっと長男の「そのあと」はもう始まっている。

そこに音楽があるのかどうかはわからないけれど。
あればいいなと思うけれど。

「ありがとう」

いつも車から降りるときに「ありがとう」と言う長男は、自分で買ったツインペダルを持ってレッスンに向かった。

「行ってらっしゃい」

その背中に声をかけて、少なくともあと半年、全力でステージを目指す彼らを私も全力で追い続けようと思った。



#ドラムスコ応援日記




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