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P.E. (ホラー小説)

『P.E.』(中学時代に書いた拙いホラー小説です。)
画像は、またまた、ちーぼー様の作品を使用させていただきました(*- -)(*_ _)
本編の内容とは一切関係ありません。


本編

『 P.E.』

—―—あの日、僕たちは校長にはめられた。


第一章


あーあ、もう三年の秋か。

夏休みがあけて、まだ蝉の音高い九月。遊び足りなくて、授業に集中出来ず、ペン回しをする日々。気づかないうちに眠っていて、頭がカクってなって、「ハッ!」ってなる、あの心臓が狂ったような感覚は、あの時覚えた衝動に似ている。

それは、二年生の春……

「ええ、二、三年生のみなさん。進級、誠におめでとうございます。そして、一年生の皆さん。ご入学おめでとうございます。さて、今年は大変暖かく、過ごしやすい春となり、校長マジでハッピー!!!(略)」

このように、うちの校長は六十手前で大切なネジが外れた。先輩たちから聞いた話によると、数年前から、どこかおかしな部分がある校長だったらしい。かなりマイペースな校長で、気まぐれな性格だ。

この校長には一つ、大きな特徴がある。それは、「マイブーム」だ。変人すぎるこの校長は、コロコロと変わるマイブームのために生きていると言っての過言ではない。そして、そのマイブームもだいぶ変わっている。

例えば、「ショッカク禁止令」

全校の女子たちが髪を結んだ時に、少しだけ横髪を残す「ショッカク」が気に食わないという理由で、全校朝会で「全部縛れぇえええ!!」といきなり怒鳴りつけた。しかし、それがわずか二週間後には、「やっぱりいいや」と言ってショッカクありになった。

そして次は「ハイタッチ」にハマったらしく、朝会を終えて、体育館を出る際、校長とハイタッチをしなければならないというふざけた校則が出来た。

「マジ手ぇケガれたんけど」

と言って、女子たちは速攻手を洗うようになり、あっという間に校内のシャボネットは全滅。男子たちは久々に「菌回し」を本気でやり始めた。

そして、二週間後……

「飽きてきましたので、『ハイタッチ制度』をやめます。」

早々、校長のマイブームが終わった。ということは、また新たにくだらないマイブームが到来したのだろう。一体、次のマイブームは何なのだろう。どうせ、バカバカしいやつだろう。そもそも、この学校自体、校長のマイブームで出来ている。この、私立八重波中学校は、校長が作った学校だ。この学校の名前である「八重波」は、当時の校長のマイブームだった読書で読んでいた本の名前だ。

「ええ、最近ですねぇ、私が見た映画に非常に心を動かされたものでですねぇ、その映画の内容がですねぇ、貧しい地域で暮らす人々の生活がテーマになっていてですねぇ、これが校長マジカンドー!!!(略)」

ってことは何だ?今度はスラム街にでも行ってパンでも配って来いとでも言うのか?冗談じゃない。ふざけすぎだろ。

が、しかし、覚悟するほどではなかった。あれから三日経ったが、変わったのは一つだけだ。それも、体育の授業が増えたこと。クラスごとで行っていた体育が、学年ごとに変わり、一日二時間になった。一年生は、一、二限目。二年生は、三、四限目。三年生は、五、六限目だ。普通に考えれば体育やりすぎだが、その分、他の教科をサボれるんだから悪くないかも、と生徒たちは案外嬉しがっていた。

問題なのは、体育の担任が校長だということだ。元々、体育教師だったらしいが、校長が直接指導するなんて聞いたことがない。どんな授業内容なのだろうか。それだけが不安だった。

ピンポンパンポン

『ええ、二年生の皆さん。今日の体育はグラウンドで行います。走って来てネ!』

二限が終わってすぐに、校長の放送が入った。もちろん、ほとんどの生徒は走りやしなかった。だが、学年にたった四人だけ、走ってグラウンドに向かっている者たちがいた。

「ナナ、急いで!」

「ごめん、ミキちゃん!」

「おい、カイト、ペース上げっぞ!」

「おう!」

運悪く、走らざるを得なくなった、各クラスの体育係だ。二年一組、巻原奈々。二組、坂本響。三組、深堂美樹。四組、如月海斗。

グラウンドでは、すでに校長が待っていた。

「また君たち四人がトップか。さすが、私が見込んだ体育係だ。」

校長は、満足げに、にこやかな笑みを浮かべた。本当は、校長が体育係を決めたわけではない。体育係を決めた日、ジャンケンにハマっていた校長が、係をジャンケンで決めるよう指示しただけの話だ。

ちなみに、この学校には制服がない。というより、ジャージそのものが制服なのだ。これも勿論、校長が体育教師だからという理由だ。

しばらくして、みんなが集まった。

「ええ、皆さん集まりましたね。体育係、数を確認して下さい。」

校長は自分だけ持参した椅子に座りながら言った。

「一組、全員います。」

ナナが報告に行く。

「おー!ナナタンは早いですねぇ」

校長は最近、ナナにメロメロだ。

「三組、一名欠席です。」

ミキもナナに続く。校長はうんうんと笑顔で頷いた。

「ミキリンも優秀だ。」

しかし、ヒビキとカイトの報告は「はい。」の一言で終了した。

「ええ、皆さん。今日の体育は、ランニングを行っていただきます。そうですねぇ、外側のコースを四十周したら、授業を終了して良いです。逆に、四十周走りきるまでは、終われません。全力で走り抜いて下さい。グッドラック!」

おいおい、ちょっと待てクソジジイ。外側のコースは確か一周五百メートルじゃなかったか?四十周って……。

「たった二時間で二十キロも走れるわけねぇだろ」

ヒビキが怒り気味に言った。文句を言いつつも体育係四人で先頭を走っているわけだが、後ろに全く人がいない。そう。そもそも走っているのは四人だけだ。他の連中は、諦めているらしくノロノロと喋りながら歩いている。

最悪だ。歩けるものなら歩きたい。体育係でなければ……。

体育係は、授業を真面目に行わなかった場合、給食抜きプラス女子はブルマを履かなくてはならないという校則が作られたため、四人は歩くわけにはいかないのだ。

「あのクソジジイ、何考えてんだよ。」

カイトが舌を鳴らす。

「知るかよ。『マイオバさん』だから仕方ねぇだろ。」

ヒビキがカイトを細い目で見る。まだ二周目だが、すでにほかの生徒を追い越した。もう他と一周差がついている。

「『マイオバさん』?校長先生って、ヒビキくんのおばさんだったんですか?」

ナナが尋ねると、ヒビキは眉間にしわを寄せる。

「は?」

「え?だって今、『Myおばさん』って言いましたよね?」

首をかしげるナナに、ミキは溜息をついた。

「違うよナナ。『マイペースおバカさん』だから、『マイオバさん』。しかも校長はあくまでおじさんだから。」

そうか、とナナが納得する。だが、今度はカイトが首をかしげた。

「え、『マジでイカれてるおバカさん』の略じゃねーの?」

ややこしくなってきたところで、ヒビキがまとめた。

「人それぞれでいいじゃねぇか。」

とりあえず、四人はそれで納得した。二十キロも走るのだから、それなりにペース配分も考えなくてはならない。校長の影響で、この学校には文化部が存在しない。強制的に運動部に入部させられることとなったが、ナナは他の三人に比べて運動が得意ではない。そのため、毎日早朝から走り込みを行い、自力で体力をつけている。少しブリっ子な性格なので、ほとんどの生徒には見事に嫌われている。

ミキは、陸上部で長距離を得意としている。正義感が強く、いじめられっ子をかばいまくっていたせいで、クラスからの印象はあまりよくない。だが、男気があってかっこいいと密かに人気を集めている。

ヒビキは、「普通が一番」をモットーに、定番のサッカー部に入り、友達付き合いも付かず離れずだ。体育係というまるっきり普通ではない役を引き受けてしまい、溜息が増えた。口癖は、「普通に考えて」。

カイトは、男女関係なくフレンドリーに接している。そのため、女子ウケが良く、月イチペースで告白されているが、断り方が雑すぎて日に日に人気が落ちてきている。ヒビキとは同じサッカー部の友達だ。

そんな四人だが、体育係になったことで学年全体から嫌われた。「給食抜きプラスブルマの刑」があることは、体育係以外知らないので、「校長に良く思われようとしている」という噂が回ったからだ。結局、この四人はクラスで孤立。今は、嫌われ者同士、仲良くするしかないという訳だ。幸い、気が合わないわけでもなかった。

あっという間に、他の連中とは二周差、三周差とついていき、三限が終わる頃には十三周近く差がついていた。ペース的に、一周三分というところだろうか。次第に息が上がってきた。三限と四限の間に休憩があると思ったが、期待するだけ無駄だった。校長の方を見てみるが、にこやかな笑みを浮かべるだけで何も言わない。ずっと走りっぱなしなので、ペースは落ちるばかりだ。四限終了のチャイムが鳴った。でも、まだ二十五周しか出来ていない。クリアするにはあと十五周も走らなければならない。

「メシだメシー」

「うぇー。あっちー」

走ってもいないくせに、ずいぶん白々しいことを言うじゃないか。ほかの生徒たちは、当然のように校舎へ歩き出した。

「おい、あいつら戻ってくぞ。」

ヒビキが校舎側を見ると、ナナも見た。

「終わって良かったんですかね?」

「でも、校長は『走りきるまで終われない』って……」

ミキが言う通り、校長は確かにそう言っていた。あれは嘘だったのだろうか。ひょっとして、気が変わったとか?

「マジかよ……。マイオバさんもいい加減にしろよ……。」

カイトが呆れる。四人は足を止めた。息を整えるために、ゆっくりと歩き出す。とんだ体力の無駄だった。こんなことなら、もっとペースを落としていても良かったじゃないか。後悔しながら二十メートルほど歩いていると、おかしなことに気付いた。

他の生徒たちが、なぜか出入り口付近に固まっている。ここまで来て、やっぱり走らなくてはと迷っているのか?なんなんだよ。早く入ってしまえばいいじゃないか。

だが、もう一つ違和感を覚えた。校長はまだ椅子に座ったままだ。中に入らないのか?それとも、全員入ってから最後に入るつもりなのだろうか。いや、それはおかしい。校長を見ると、派手なリュックからコンビニ弁当を取り出し、割り箸をパキンと割った。そして、チラッと校舎の方を見てから、黙々と弁当を食べ始めるじゃないか。

「なんか、弁当食ってんぞ」

ヒビキが唖然として言う。それと同時に、他の生徒たちが校長の元に走った。見る限り、なにやらモメているようだ。すると、校長は頭にきたらしく、リュックからショッキングピンクのマイクを取り出して言った。

「ウゼェーーー!!!四十周走り切るまで終わらねぇっつっただろうがぁああ!!!」

校長あるまじき暴言は置いておき、やはり、走り切るまでは終われないらしい。

「マジかよ……」

カイトが溜息をつく。一度止まってしまったせいで、かなり気落ちしたが、給食抜きとブルマはごめんだ。四人は再び走り出した。

一時間十分後……

「うぇー……」

「ゲホッ、ゲホッ」

四人はコースの内側に倒れこんだ。ようやく、走り切ったのだ。

「はあっ、はあっ……。終わり……ましたね……」

ナナの言葉に、他の三人も自然と笑顔になる。

「ハァーー!やったね、あたしたち……」

ミキが大の字になって空を見上げると、他の三人も続いた。青空に、白い雲がゆっくりと流れている。風が汗を冷やしていく。これだけの達成感を覚えたのは久しぶりだ。自分自身に感動して笑った。

他の生徒たちは、今頃になって必死に走っている。校長は、四人の方を見てうん、うんと頷いた。

四人は校舎内に入った。喉はカラカラだったので、牛乳なんて五秒で飲み終わったし、あまりにおなかが空いていたので、給食もよく噛まずに飲み込んだ。それでもまだ喉が渇いて、水道に走った。

「おっ、ミキも来たのか。あれっ、ナナも」

カイトが笑う。カイトとヒビキは既に手洗い場にいた。結局、四人とも考えることは同じだったらしい。そして、気が済むまでがぶ飲みした水道水は、吐きそうになるほど不味かった。

五、六限をサボり、四人で屋上で涼んでいた。下校する時、グラウンドを見ると、他の連中はまだ走っていた。

それからというもの、激しい筋肉痛に襲われながら登校すると、ほとんどの生徒が欠席していた。スカスカの教室に入る。昨日の件で、トラウマを背負ったのだろうか。一体、何時まで走らされていたのだろう?そう思うと、早いうちに走っていて良かったと思った。正直、他の連中を見下せて気分爽快だ。

一、二限が終了した。いつも通りと言えばいつも通りだが、そうでないと言えばその通りだ。どの学年も、同じようなことになっているようだ。

ピンポンパンポン

『二年生の皆さん、今日の体育は体育館で行います。走って来ないとランニングだぞっ♡』

そんなことを言われて、走らずにいられるか。今回は全員、全力疾走だった。

数日間、校長の「マイオバ行為」は続いた。

ある日は、

「今日は、バスケのシュート練習をしてもらいます。二十回連続でゴールに入れたら終了して良いです。その代わり、出来なかったら何回でもやってもらうよ~ん。グッドラック!」

ある日は、

「竹刀を一本ずつ配ります。千本素振り五セットしたら、終わって良いです。ファイトォオオ!」

またある日は、

「校舎百週!階段はちゃんと一段ずつ進んでください。途中で歩いた人、五周追加。監視カメラ作動中ダヨ!」

……

「ふざけんなぁあああ!」

カイトがバケツを蹴り飛ばす。ミキは両手で耳をおさえた。

「うるっさ!ちょっと、静かにしなさいよ。」

しかし、カイトがこうなるのも無理はない。もう体は限界だ。明日も明後日もこれが続くとなると精神的にもキツい。

「おい、カイト。あと百二十回だぞ。」

冷静なのか、そう装っているのか、ヒビキは至って普通に隣のカイトに声をかける。ナナはもう泣き出しそうだ。今回の授業内容は、「腹筋三百回」だ。他の連中は数をちょろまかしてさっさといなくなった。手足だけでなく、腹筋まで筋肉痛になってしまう。このままではいづれ全身……。

明日、ベッドから起き上がれないんじゃないか?そんなことを、毎日毎日思う。早く帰りたい。明日は休んでしまおうか。いや、そんなことをしたら翌日何を言われるか分かったもんじゃない。どうせすぐに終わるマイブームだ。ここは、耐えるが勝ち。

そうして、数日が経過した。「地獄の体育」は、まだ続いている。ぽつぽつと人が来るようになった。いつしか、一、二限は体力温存、五、六限はお昼寝タイムというおかしな考えまで生まれた。もはや、中学校生活と言えるのだろうか。自衛隊の訓練期間と言った方が合っているような気もするが……。

なぜか、今日の体育は軽かった。余裕で昼休みをもらえたし、最初から五限に出席で来た。しかし、五、六限は奇妙な授業だった。

「はい、みんな紙もらったかー。ええ、これからみんなには、遺書を書いてもらいます。」

一瞬、国語教師の言葉に耳を疑った。教室中がざわめきだした。

「はい、静かに。本物かけとは言ってねぇだろ。練習だ。練習。最近、終活とか流行ってんだろ?校長命令だからな。いいか、例えばだぞ?例えば、自分が自殺するとして、家族に向けての遺書を書け。ふざけるのなしだぞー」

配られた半紙を見る。人差し指を親指で挟んでこすると、人差し指ではツルツルして、親指ではザラザラした感触がする。なんとなく気持ちいい。書くことが見つからなかったので、ミキは「大好きだったよ」と一言だけ書いた。バカバカしくなってきて、筆ペンの墨を少しだけ指先に付けて、永遠とこすっていた。

翌朝、ヒビキは目を覚ました。体の重さに驚く。昨日心配していた通りだ。ジャージに着替え、いつものように登校する。玄関で三人が待っていた。

「おっせーよヒビキ」

カイトが手を振ってきた。なんだよ。いつもはお前の方が遅いじゃないか。若干目を細めつつ三人に近寄る。周りを見回すと、ざわめきに満ちていた。

「なんか、今日変じゃね?」

ヒビキが言うと、他の三人も頷いた。

「そうなんですよ。噂によると、グラウンドがおかしいらしくて。」

ナナが周りを見ながら言う。グラウンド……?グラウンドがどうしたというのだろうか?

ピンポンパンポン

『全校生徒の皆さん。おはようございます。校長デース!さて、皆さん。今日はパーっと遊ぼうじゃないですか。さあ、荷物はそこら辺に置いて、グラウンドに集まって下さい。』

突然の放送に戸惑うかと思いきや、みんな荷物を放り投げて走り出した。「遅れたらランニングだ!」と、勝手に思い込んでしまったのだろう。四人も、一度顔を見合わせてからグラウンドへ走った。

「何これ……」

ミキが思わず呟いた。グラウンドの四つ角には太くて大きな柱が立っており、その上には炎がものすごい勢いで噴き出している。頭上を見上げれば、日本、ブラジル、アメリカ、カナダ、オーストラリア……、様々な国旗がロープにぶら下がっている。生徒たちはこの光景を目の当たりにして、ただ唖然としていた。これは一体……。

その時、キィィン……という耳障りなスピーカー音が響き渡った。なんだ、なんだ?と生徒たちが一斉にグラウンドの中心を見る。まるで、どこかのサーカスにでも使われていそうな、カラフルなステージの上に、ピンク色の背広を着て、ピンク色のマイクを持った校長が立っていた。

『ごっほん。皆さん。走って来てくれてありがとう。校長は嬉しくて涙が出そうです。そんな皆さんに、私は心から感謝します。そこで、お礼と言ってはなんですが、今日一日を皆さんに送ります。そして、よりハッピーな一日にするために、私は、スペシャルアイテムを用意しました。赤ピエロくんと、青ピエロくんです!』

校長がそう言った途端、ドン!と大きな音を立てて、ステージの側面が開いた。煙と共に、二体のピエロが姿を現した。衣装が赤色のピエロと、青色のピエロだ。それぞれの色で塗りつぶされた口元が不気味だ。

「何あれ……。気持ち悪い……。」

ミキが表情を濁らせる。

『今日は、体育祭です。このピエロくんたちには、盛り上げ役となってもらいます。いいかい?このピエロくんたちは腹ペコなんだよ。だから、皆さんには、この校舎、校庭内のどこかにあるキャンディーを見つけ出して、このピエロくんたちにあげてほしい。一時間ごとにピエロくんたちは怒り始めるんだ。早くキャンディーをあげないと大変なことになっちゃうからね。あともう一つ。キャンディーをあげるとき以外は、ピエロくんたちに近づかないこと。もしも、ピエロくんにつかまって、キャンディーを持っていないことがバレちゃうと、とにかくアンハッピーなことが起こってしまうんだ。という訳で皆さん。一刻も早くキャンディーを見つけ出して、ぜひハッピーな一日にしてほしい。これで、校長からのお話を終わります。あ、ピエロくんたちは、二分後に動き始めるよ。それでは皆さん。グッドラック!』

ブツ、と音を立てて、マイクの電源が切られた。体育祭?ピエロくん?アンハッピー?一体、何を言っているんだこの校長は。生徒たちは、まだ理解出来ずに立ち尽くした。

「よくわかんねんだけど……。どーゆーこと……?」

カイトがピエロを見ながら苦笑している。理解が追い付いていないのは、みんな同じだ。この場で、すべてを理解しているのは、校長だけだ。そして、その校長は、ステージの上で、椅子に深々と座りながら、にこやかにバナナを食べている。

「えと……、あ、あと二分で、体育祭が始まっちゃうってことですかね……?」

ナナは確認するように他の三人を見る。確かに、校長の説明だけなら、つまりそうゆうことだ。

「じゃあ、なんだ?今までの地獄の体育は、体育祭の為の練習だったってことか?」

ヒビキは驚くどころか呆れている。意味も分からず、勝手に解釈したが、そうでもしない限り落ち着くことが出来ないだろう。

♪ ♬ ♪ ♬

何もせずに硬直していると、ピエロたちがメロディオンを鳴らしながら、陽気に歩き始めた。赤いピエロは反対側に、青いピエロはこちら側に向かって来る。まだ距離があるが、このまま動かなければマズい気がした。

「ピーエロさーん」

四人よりも前にいた男子生徒二人が、青ピエロに話しかける。そして、つんつん、っと遊び半分でピエロをつついた。他の者たちは、ただそれを見守るばかりだった。

「キャハハッ!キャハハハハハハ!」

直進していた青ピエロが足を止めた。急に笑い出し、男子生徒を見る。

「な、なんだよ」

男子生徒が一、二歩後ずさる。だが、青ピエロはまだ笑ったままだ。

「キャンディー!キャンディー!」

どうやら、笑うときと、「キャンディー!」と言うとき以外、口を使わないらしい。青ピエロは、バカの一つ覚えのように、キャンディー!キャンディー!と何度も連呼している。しばらくして、青ピエロは男子生徒二人がキャンディーを持っていないことに気付くと、手にしていたメロディオンを片方の男子生徒に突き付けた。

「は?」

男子生徒は、突き付けられたメロディオンを見る。そして、ゆっくりとメロディオンが男子生徒の首に触れる。

バチバチバチィッ!!!

次の瞬間、青白い光が見え、男子生徒が倒れた。何が起こったのか、本人ですらも、分からないまま……。

「お、おい……!?」

もう一人が声を発した瞬間、すでにメロディオンは接していた。

バチバチィッ!!

あっけなく、もう一人も倒れた。それでもまだ、周りの者たちは理解出来ず、ただ呆然と青色の靴が立てる足音と、再び鳴り始めたメロディーを聞いていた。

『あーあー。だから、キャンディー持ってない人は近づいちゃダメって言ったのに……。その二人は感電しました。心肺停止です。皆さん、何突っ立ってんですか。早くキャンディーを探して下さい。じゃないと、ピエロくんたち、全員殺しちゃいますYO!』

校長が、ステージの上から倒れている男子生徒たちを見下ろす。

「シンパイテイシ……?」

ミキが、声を震わせて一歩後ずさる。

「あのマイオバジジイ、何言ってんだよ……」

ヒビキでさえも声を震わせる。

「キャアアアアア!!!」

悲鳴を上げながら、全校生徒が一斉に校舎側に走り出す。そして、四人も。

「ありえねぇだろ!何だよ『殺しちゃいます』って!」

走りながら、カイトが悔しそうに言う。この大混乱の中、遊園地に流れているような陽気なメロディーが聞こえる。みんなの悲鳴と慌ただしい足音で、正気を失いそうだ。


第二章


「キャンディーってどこにあんだよ!」

カイトが怒り気味に言う。

「バカ!まず逃げないとでしょ!」

ミキが言う。とにかく走っているわけだが、ざわめきの混じった悲鳴の中、四人は生徒玄関に辿り着いた。

恐怖で足が震えている。大して走っていないのに息が上がる。

嘘だ。これは夢なんだ。だって視界がゆがむじゃないか。これが夢なら、「悪夢だった」の一言ですぐに忘れられるじゃないか。

なのに、振り返って見た校舎の角から、メロディオンの奏者が現れた。

玄関が混んでいる。靴など、履き替えている場合じゃないだろうに。だが、メロディオンの音が近くなっていることに気付いたとたん、集団は一気に走りだした。

「ピエロが来たあああ!」

誰かがそう叫んだ。

「きゃあ!押さないでよ!」

「早く前行って!」

「どこ行けばいいの!?」

そんな声がどこからともなく聞こえる。パニックは凶しか招かない。転倒する生徒も少なくない。早く逃げようと思えば思う程、理性が遠のいて、まるで泥沼に足を踏み入れたかのように、かえって遅くなっていく。

形だけの友情が浮かび上がる。

「リサちゃん、ちょっと待って!」

つまずいて後れをとる女子生徒と…

「はぁ?あんた待ってたらピエロに殺されるんだよ!」

平気で足を動かす女子生徒…

わずか二秒の会話。この二人が交わしてきた会話の何万、何憶分の一。関係の脆さが証明された瞬間。

こんな出来事は、おそらくこの数分間の間、そしてこれからも途切れることはないだろう。

「あの、私たちヤバくないですか?」

ナナが小声で言う。

悲鳴、混乱、恐怖…。そんな中、四人はまだ頭を働かせていた。

『少しでも遠くへ』。ピエロから逃げるため誰もがそう思った。混乱の波に乗り、皆、廊下を渡り、階段を上った。

だが、四人が向かったのは玄関の目の前にある体育館だ。

今は、ステージ上の幕に身を潜め、チラチラと入口の様子をうかがっている。まだ、ピエロは来ない。

「うん。ヤバくなくはないと思う。」

ヒビキが答える。

「バカじゃねぇ―の俺ら。」

カイトが座り込む。だが、パニックになるよりはマシだ。むしろ、その集団の中に飛び込む方が自殺行為だ。

「どうすんのこれから。たぶんいづれ見つかると思うけど。」

ミキが溜息をつくように言う。この四人だけで何が出来る?そんなのたかが知れている。逃げることぐらいだ。

「……てか俺、筋肉痛で死にそうなんだけど。」

カイトが自分の足をたたく。それにつられて、ヒビキ、ナナ、そしてミキも。きっと、この学校にいる全ての生徒がこうなっているはずだ。耳を疑うような校長の授業に、必死で喰らいついてきた、この四人は特にだ。

「他の人たち、なんであんなに速く走れるんでしょう……」

ナナがうつむく。他の三人が大きく肩を下ろす。ミキが目を細めて言った。

「決まってんじゃん。授業チャーチャラにやってたんだよ。」

最初に集団が走り出したとき、出遅れたのはこの四人だけだ。つまり、体育係を含む全校生徒の中で、授業を真面目に受けていたのは、この四人だけだったということになる。

「マジかー。マジメにやった俺たちだけ動けねぇとか……。」

ヒビキが足を見ながら言う。これでは、努力損じゃないか。

「私、小学校の時に『努力して損はない』って教わりましたけど……」

ナナが言う。

「いや、そもそも努力じゃなくて体罰だったといった方が……」

カイトがナナを見る。

ギギギ……

♪ ♬ ♫ ♩~

聞こえてきたのは、重い扉が開く音と、陽気なメロディー……。

背筋が凍る感覚と、心臓が跳ね上がる驚き、後から襲って来る恐怖……。

予感したのは、「死」そのもの。

「っ……」

大声を出したい気持ちをぐっと抑えるように、ナナは両手で口を覆った。ヒビキが、幕の横からそっと入口側を見る。

コツン、コツン……と、床に引かれた直線を辿るように、青ピエロがこちらへ向かって来る。

「キャハ!」

人間を見つけたことに対して、喜んでいるのか、メロディオンを口から外し、青ピエロは笑った。

不気味にペイントされた顔、唇から頬にかけて塗られた口紅、ピンポン玉ぐらいの大きさの玉を鼻に付けて、にこやかに微笑むその姿は、遊園地で見ていたならどれほどコケにしていたことか。今は、死神にしか見えない。

「ヤツだ。どうする……?」

そう言ったヒビキの声は震えていた。

どうすればいい?どっちにしろ、このまま固まっていては死ぬだけだ。

まずは動かなければ……。

「おい、動けるか?」

ヒビキが他三人に尋ねる。ミキとカイトがうなずく。ナナも、身を震わせながらうなずいた。

よし、とヒビキもうなずく。再び青ピエロを確認し、四人は動き出した。

「キャハハ!」

青ピエロが再び笑う。四人が入口へと走る。それを、青ピエロは目で追った後、ゆっくりと方向を変え、四人の方へ向かって来る。青ピエロは、至って変わらず、走り出すこともせず、ただ歩いて追って来る。

四人は、体育館を出た。

遠くで、悲鳴が聞こえた。おそらく、他の生徒たちがいる方には、赤ピエロがいるのだろう。

安心している場合ではない。こうしている間にも、青ピエロがみるみる近づいてくる。

「外出ようぜ」

カイトが既に走り始めながら言った。幸いにも、ここは玄関前だ。外に出るか、このまま校舎内に留まるかは自由だ。だが、ピエロが二体とも校舎内にいると分かっていて、自ら袋のネズミになることはないだろう。

四人は外に出た。風を感じる。異常なほど解放感を覚えた。今は、少し冷たいぐらいが丁度いい。

「何これ……」

ミキが再びこの言葉を放った。

学校の周りや校門が赤と白の幕で覆われている。これは一体……

「あっ、あれ……」

ナナが視線を下げる。他の三人も、ナナと同じ方向を見る。

そこには、生徒が一人倒れていた。一体どうしたのだろう。まさか……。ピエロにやられたのだろうか。

ヒビキが近づく。そして、首を振った。生徒は死亡していた。

「やっぱり、あのピエロに……」

ナナが怯えながら言った。確かに、死亡している生徒に目立った傷はない。考えられるとしたら感電……。

「でも、おかしくないか?あのピエロ、まっすぐこっちに来たよな?」

ヒビキが三人を見る。

「あ、確かに……。」

ミキも考えこむ。

「ってことは、青ピエロ以外がやったってこと?じゃあ、赤ピエロか?」

カイトが言う。青ピエロがやっていないとしたら、他に赤ピエロしか考えられない。だが、変だ。赤ピエロは確か、校舎の反対側に向かっていったはずだ。今、校舎内にいるとしたら、裏口から入ったと考えるのが普通だ。

「赤ピエロじゃなかったら、誰が……」

ナナがうつむく。

ピンポンパンポン

『みーなさーん!楽しんでるぅ~?校長はバナナ三本目デース!』

このタイミングで、放送が入った。そして、校長は楽しげに話し始めた。

『残念ながら、まだキャンディーが見つかっていないようですねぇ。ええ、私としたことが、一つ説明を忘れていました。外を見てください。紅白幕が学校の周囲全体を囲んでいます。ここで注意!この紅白幕にさわらないこと!もし、この紅白幕にさわったり、にぎったりしたら、アンハッピーの源になっちゃうからね!き・を・つ・け・て♡』

放送が終わった。

「いや、もう起きてるよアンハッピー!(怒)」

カイトが石を蹴る。あのマイオバジジイ、忠告が遅すぎるだろ。四人が死亡した生徒を見る。

「じゃあ、この人は、この幕にさわったから死んだ……ってこと?」

ミキが言う。放送によると、そうゆうことになる。クソ。早く言えよ。

四人はイラついた。だが、すぐに疑問が生まれる。

「そうだろうけど……。ちょっと待て。普通に考えておかしいだろ。」

ヒビキが紅白幕を見る。校舎に入る前は、紅白幕は無かった。だが、外に出てみると紅白幕はあった。つまり、四人が校舎内にいる間に紅白幕が現れたことになる。

校長は本当に、紅白幕のことを忘れていたのだろうか。

「うん。普通に考えるのは間違ってると思うけど、たしかに変だよな。」

カイトも紅白幕を見る。

「あ、あの、それって、誰かが犠牲になるまでわざと言わなかったってことですか?」

ナナが尋ねる。

「あのジジイ、マジでなんなんだよ!」

ヒビキがグラウンド側を睨みつける。だが、いつまでもここで止まっているわけにもいかない。ピエロが来るかもしれない。

四人は、中庭に向かった。途中で、もう一人生徒が倒れていた。おそらくもう息はない。紅白幕のそばに倒れているところからして、この生徒も……。

「もしかして、この幕にさわったら感電するんじゃ……」

ミキが言う。この幕の後ろには、もともと柵がある。その柵に電気が流れているとしたら……。

カァンッ!

カイトが紅白幕に石を投げつけた。石は、紅白幕をゆがませ、後ろの柵に当たると、そのまま地面に落下した。

三秒ほど待ったが、何も起きない。電気が流れているわけではなさそうだ。

では、なぜこの生徒は感電死したのだろうか。

「なんだよ。何も起きねぇじゃん。」

カイトがもう一つ石を投げつける。

「ちょっと待って!あれ!」

ミキがグラウンド側を指さした。

何かがこちらへ向かって来る。着ている衣装は、赤でも青でもない。だが、ジャージでもないので生徒ではなさそうだ。走るスピードが速いので校長でもないだろう。

「ピエロ……じゃねぇな」

ヒビキが目を凝らす。衣装の色は、黒と黄のシマシマだ。あっという間に三十メートル、二十メートルと近付いて来る。

「……いや……、ピエロだ!」

カイトが大声で言った。四人はすぐに反応出来ずに、一瞬固まった。

ピエロの手には、竹刀が握られている。その竹刀には、何本もの電熱線らしきものが取り付けられている。そして耳には、紺色の耳あてをしている。足が速い。

このままではあっけなく捕まってしまう。

「おい、逃げるぞ!」

ヒビキが一、二歩後ろへ下がる。そして、四人は走り出した。

全く、どれだけ走ればいいんだ。こっちはもう筋肉痛の影響で足が動かねんだよ。心の中でクレームを言いまくりながら、走り続けた。

校舎内に駆け込んだ。すると、シマシマピエロはピタッと動きを止め、何事もなかったかのように歩き出した。四人がいるのは分かっているはずだが、もう追ってくる気配はない。振り上げていた竹刀も、四人が校舎内に入った瞬間に、ぐったりを下ろした。

もう殺す気はないのか?影に隠れて様子を見る。

シマシマピエロが玄関の前に来た。

ゴクリと唾を飲み込む。

シマシマピエロは、そのまま玄関を素通りし、トコトコとグラウンド側へ歩いて行った。

「……なんなんですか、あれ……」

ナナがガタガタと震える肩をおさえる。ヒビキとミキが再度外の様子をうかがう。シマシマピエロはもういなくなっていた。

「シマシマはもういねぇみてぇだな」

ヒビキがほっと息をつく。運が良く、近くにピエロはいないようだ。

「あの校長、あたしたちを外に出られなくしたってことね」

ミキが下唇を噛む。

外に出るには、学校全体を囲んでいる紅白幕にさわるしかない。だが、そうするとあのピエロが来るという訳だ。紅白幕は、高さが二、三メートルほどある。協力して越えることが出来たとしても、時間がかかればピエロに殺される。

「おまけに、外部からは見えないってことか」

カイトが言う。

八方塞がりじゃねぇか。

「とりあえず、あのシマシマは紅白幕にさわらねぇ限り襲ってこねぇし、足は速えけど校舎内に入ればセーフってわけだな。」

ヒビキがまとめる。紅白幕にさわりさえしなければ、あのシマシマは回避出来そうだ。

そういえば、校舎内が静かじゃないか?確かに、メロディオンの音は遠くで聞こえるが、悲鳴が聞こえない。

「おい、なんで人の声しねぇんだ?」

カイトが辺りを見回す。

四人は、階段を上った。二階には誰もいない。三階の廊下には、青ピエロが歩いていた。そして、最上階の四階……

「ヒビキ、何かいる?」

ミキが二、三段下で尋ねる。ヒビキを壁に背を付ける。そして、廊下の先を見た。

「うわっ……」

ヒビキが小声でそう言い、三人の方を見た。

「ピエロですか……?」

ナナがおそるおそる尋ねる。

「いや、ピエロじゃねぇけど……」

ヒビキが廊下に出た。それに続き、他の三人も廊下に出る。

そこには、十体ほどの死体があった。本当は、死んだフリでもしているんじゃないか思ったが、倒れている生徒たちの顔つきは、揃いも揃って恐怖に歪んで、目を見開いている。

「ううっ……」

ナナが半泣きでミキの腕をつかむ。

「マジかよ……」

カイトが教室の中を確認しながら言う。教室内にも、何人かの遺体が倒れていた。

「クソッ!普通に考えて有り得ねぇだろ!」

ヒビキが言う。

「だから、普通に考えんなよ」

カイトが呆れる。

だが、まだ完全に今の状況を理解したわけではない。謎だらけだ。すぐに受け入れられるわけがない。

ほら、そこに倒れているやつだって、ほんの数ヵ月前までいつも並んで歩いていたやつじゃないか。あっちにいるやつは、一年生じゃないか。入学したばかりの……。

「校長のやつ、何考えてんのよ!」

ミキがバケツを蹴り飛ばす。どうしてくれるんだ。このままでは「学校」が終わる。

「キャー!」

どこからか、悲鳴が聞こえた。四人が一斉にその方向を向く。

「おい、今の!」

カイトが走り出す。そして、他の三人も。悲鳴はおそらく二階からだ。急いで階段を駆け下りる。

二階に辿り着くと、ドオン!という大きな音が聞こえた。今の音は、おそらく机が倒れた音だ。一体何が起きているのだろう。

四人は廊下へ出た。

赤ピエロが笑っている。赤ピエロは、教室の扉をドンドンとたたいている。その教室に、誰かいるのか?

四人からだと、その教室までは、教室二つ分の距離がある。

「何してんだ……?」

ヒビキが三歩ほど前へ出て様子を見る。教室の中は、少ししか見えないが、かなりたくさんの生徒がいる。中から、椅子と机でバリケードを築いてたてこもっている。先程聞こえた机の音は、そうゆうことだったのか。

ガラガラ……

「キャハ!」

ついに赤ピエロが扉を開けた。最初、ドンドン、と扉を叩いていたのは、扉の開け方が分からなかったためだろう。

「キャー!」

耳をさくような悲鳴が聞こえた。

クソッ!バカじゃねぇのかあいつら。と、ヒビキは思った。

教室の扉が「ガラガラ式」なのに、なんでバリケードなんて作ったんだ。これでは、すぐにバリケードが壊されて、あっという間にピエロが教室に入ってしまう。あげくの果てに自分たちの逃げ道まで塞いでいることになるんじゃないか。

ガラァン!

あーあー、もうバリケードが崩れたじゃないか。どうすんだよ。

「どうすればいいの?助けるったって、あたしたちが行ったところで……」

ミキがうつむく。助けたい気持ちは勿論ある。散々自分たちを嫌ってきたやつらだが。

「やっ、やだ!キャアア!」

バリケードが崩れ、赤ピエロが教室の中に入ろうという時、反対側の出入口から女子生徒が一人投げ出された。

「あんた体育係なんでしょ?どうにかしなさいよ!」

そんな声が教室内から数えきれないほど聞こえる。

「キャンディー!」

ピエロは教室に入るのをやめ、女子生徒に近付いて来る。

「おい、あいつヤベェぞ」

カイトが言う。どうやら、あの女子生徒は体育係らしい。

足がすくんで、手だけでどうにか少しずつ後ろへ下がる。だが、ピエロはスキップをするかのように、ルンルンと楽し気に歩いて向かって来る。

「や……、やめてっ……助けて……誰か……助けてぇえええー!」

女子生徒が叫ぶ。

「ちっ!」

ヒビキが走り出す。

赤ピエロはおそらく、青ピエロ同様に、走ることはしないはずだ。

「ヒビキ!」

カイトも走り出した。ミキとナナも後に続く。

が、その時だ。

「今だあ!逃げろ!」

教室の中に立てこもっていた生徒たちが、ピエロがいなくなり、バリケードが壊された出入口から一斉に溢れ出してきた。

「なっ!」

ヒビキが足を止める。生徒たちが全員こちらへ向かって来る。これでは、前へ進むどころか、前を見ることさえ出来ない。

「やだ!こないで!誰か助けて!」

女子生徒の声が、慌ただしい足音と悲鳴の波に流される。

「キャンディー!」

バチバチィッ!

……

次の瞬間、静まり返る。周りを取り囲む騒音も、足音も、何一つ聞こえない。その一瞬だけ、まるで時が止まったかのように。他の生徒たちは、そのまま慌ただしく逃げていったが、四人の足は止まっていた。

女子生徒の悲鳴が、止まった。

いや、聞こえていないだけか?そうだよな。耳がおかしくなったんだな。

「キャハハ!」

なんでだよ。なんでお前の声は聞こえんだよ。ふざけんな。

「……は?お、おい!」

ヒビキが叫ぶ。だが、女子生徒は何一つ反応しない。

「キャンディー!」

ピエロが立ち上がり、こちらへ向かって歩いて来る。

ヒビキは固まっていた。女子生徒を助けられなかった罪悪感と、自分への怒りで。

もう、このまま……

「ヒビキ!何してんだよ!」

カイトがヒビキの手を取り、強制的に連れ出した。後ろをたびたび振り返りながら、四人は外へ出た。

周りにピエロはいない。おそらく、二体ともまだ校舎内だ。

「おい、大丈夫かよヒビキ!」

カイトがやや大きめの声でヒビキに言う。

「あ、ああ。わりぃ」

ヒビキがうつむく。

「ヒビキくん一人の責任じゃないですよ。私たちにだって……。悪いのは、校長とピエロです。」

ナナが言う。ミキもうなずいた。

「そうだよ。今はとにかく動かなきゃ。」

四人とも、傷ついていた。でも、あの時ヒビキが走って行って、どうなった?今度はヒビキが危なかったんじゃないか?

キャンディーを持っていない限り、あの状況では、必ず誰かが犠牲になっていただろう。仕方がなかった。そう思うしかない。

「そうだな。死んだもんは死んだとしか言いようねぇしな。」

ヒビキは顔を上げた。

「あれ……?」

この時、カイトは思った。『俺たち、立ち直り早すぎじゃね?』と。

ピンポンパンポン

『うおっほん。校長、今とっても悲しいです。シクシク……。バナナが無くなってしまいました……。』

全く悲しそうな口調ではない。今はお前のバナナ事情にかまっている場合ではない。

『ほらほら、いらんバリケードなんて作ってるから、一時間経っちゃったじゃないですか。ピエロくんたちの怒り度が上がりました。レベル二になっちゃったよ。一刻も早くキャンディーを見つけ出して下さいネ!あ、もし手が空いてる人がいたら、校長室にあるバナナを大量に持って来て下さい。それでは、レッツ バネーナ!』

ブツッ

おいおい、肝心な所全然話してないじゃないか。なんだよレベル二って。

「マイオバもいい加減にしろよクソジジイ!」

カイトが怒り気味に言う。

何が校長だ。ただのキチクじゃねぇか。

「てか、なんでバリケードの事知ってんだよ。」

ヒビキが疑問を懐く。

「あっ、そういえば、『校内百周』の時、校長が『監視カメラ作動中ダヨ!』って……」

ナナが言う。確かに、校長はそう言っていた。

もしも、そのカメラが今も作動しているとしたら……

「あいつ、そのカメラで高みの見物してたってこと?」

ミキが表情をゆがませる。考えられない。サーカスか何かと勘違いしているのだろうか。

「マジで何考えてんだよ。普通に考えておかしすぎるだろ。」

ヒビキが言う。

「だからさあ……。まあいいか。普通に考えとけ。」

カイトが再び呆れる。

「こんなこと、お家の人とか、外の人にバレたら大変なことになるんじゃ……。校長が生徒たちを殺してるなんて……。」

ナナが紅白幕を見る。何とかして外に伝えられれば、校長やあのピエロたちをどうにか出来るかもしれない。

「いや……、バレない」

ヒビキが校舎を見上げた。他の三人も見上げる。

「何だよこれ……」

カイトが思わず声を上げた。校舎には、数十メートルもあるであろう大きな紙が屋上から吊り下げられていた。その紙には、カラフルな大きな文字で、『全校鬼ごっこ大会』と書いてある。

なんてことだ。

これでは、叫ぼうがわめこうが何も不自然じゃないじゃないか。

「で、でも、夜になって生徒が帰って来なかったら、さすがに気付くんじゃない?」

ミキが言う。

無理だ、とヒビキが絶望した顔で一歩後ずさった。

「遺書だ……。国語の授業で遺書書いたよな……?あれ、家に送られてたらどうすんだよ……」

ヒビキの言葉に驚愕する。もう、言葉も出ない。

———体育祭開始から一時間十分経過———

ブルルル……

グラウンド。

校長の乗る、カラフルなステージの後ろに、大きなダンプカーが二台、停車した。

生徒たちの死体が消えてゆく……。

♩ ♫ ♪ ♬~

メロディオンの音が絶えず鳴り響いている。


第三章


例えばの話。
急に体育祭が始まって、急に殺人ピエロに追いかけられて、人が次々死んでいく。
裏切りは、数秒に一度ほど、ポンポンと繰り返され、その結末は見る由もない。
逃げ道は無い。
いくら悲鳴を上げようが、いくら時間が経とうが、外へ繋がることは無い。
親であろうと、心配もせず、手を差し伸べない。
もしも、そんなことがあっととしたら……。
そんなことが本当になったなら、走り続けることができるのだろうか?

現状、そうなっているが。

「じゃあ……俺たちこのまま死ぬしかねぇのか……?」

カイトが、キャラに合わない弱気な声を放った。

「『たち』じゃない。あんただけ。」

ミキが言う。

「は……?」

カイトがミキを見る。ミキは、怯えるナナの手を握りながら、落ち着いた様子でカイトを見ている。

「死ぬと思ってたら、ホントに死ぬ。あたしはそんなのごめんだから。そんなに死にたいんだったら、勝手に死んでろって話。」

「ミキの言う通りだな。よし。とりあえず生き残ろうぜ」

ヒビキが言う。

「とりあえずって……。ま、死ぬよりましか」

カイトも顔を上げる。
ナナも、大きくうなずいた。

一度外に出て、もう一度校舎内に入る気にもなれなかったので、校舎をぐるりと回ることにした。
シマシマピエロが紅白幕に沿って校舎の周りを巡回していた。
暇そうに、竹刀をズルズルと引きずりながら歩いている。
念のため、十分の距離を取りながらすれ違ったが、紅白幕に触らない限りは全くこちらに興味を示さないらしい。

「中庭にキャンディーは無いか。」

一番弱気に見えたカイトが、なぜか積極的にキャンディーを探している。

「一言に『キャンディー』って言われたって、どんなキャンディーなのかわからないじゃない。何色とか、どのくらいの大きさとか、もっと特徴がわかってれば楽なんだろうけど……」

ミキが木陰に隠れながらうつむく。

キャンディー?
そこら辺にあるアメのことか?
んなもん誰か持ってるだろ。

「あ、普通のアメでいいんなら、一人ぐらい持ってんじゃね?」

ヒビキが言う。

『キャンディー』としか言われていない。
だったら、市販のアメでいいのではないか?

「……ダメです。四階に行ったとき、しっ、死体といっしょに落ちてましたから……」

ナナは見ていた。
目を背けたい光景を無理矢理見ながら、死体に手を合わせた。
一人の生徒の近くに、飴玉が二つほど転がっていた。
おそらく、ピエロの追い詰められて、咄嗟に差し出したのだろう。

しかし、その生徒は殺された。
ということは、ただのアメを投げつけたところで何も起こらないということだ。

「はぁ……。先が遠いな。」

ヒビキが壁に寄り掛かる。

「他のヤツら、どうしてんだろうな」

カイトがそう言うと、ミキがカイトを睨んだ。

「他を心配してられる余裕なんてないでしょ」

もう一度よく探してみたが、中庭にキャンディーは無かった。

それにしてもなんだ?
あのトラックは。
ダンプと言った方が合っているか。

グラウンドを見ると、校長の派手なステージの後ろに、大きなダンプカーが二台、並んで止まっている。何に使うのだろうか。

「おい、あれ」

ヒビキが校長のステージを見る。

女子生徒が二人、校長のステージに向かって走っていく。

「校長先生!」

怒鳴るように、女子生徒が言った。
校長がステージの上から見下ろす。

「はい。校長です。どうしました?あ、もしかして、バナナ持って来てくれたんですか?嬉しいですねぇー。校長マジでハッピーなんですけどぉ~!」

にこやかに校長が微笑む。

「ふざけないで下さい!このままじゃみんなピエロに殺されます!早くやめて下さい!」

殺意がかった女子生徒の目を見ても、校長は微笑んでいる。

「ほほう。さすがは生徒会役員達だ。誰よりも生徒思いで行動力がある。将来有望で我が八重波中の誇りです。ちなみに、将来の夢は?」

校長が尋ねる。

「人のためになることです。」

女子生徒たちは、強い意志を持った表情でそう言った。
すると、満足げに校長はうなずいた。

「では、問題ないですねぇ」

バチバチバチィッ!

「……え?」

女子生徒が二人とも倒れる。

「キャハ!」

赤ピエロと青ピエロが笑う。
校長がピエロたちにグッドサインを見せる。
すると、ピエロたちは女子生徒二人の足を掴んで引きずり始めた。
ステージの裏に消えていく。
その後、再び陽気なメロディーを奏でながら校舎側に向かって歩き始めた。

「あなたたちはきっと、『人のため』になれますよ。ただ、生徒会役員が今筋肉痛でないのは、残念でなりませんねぇ。」

校長が独り言を漏らす。

「おい、またやられたぞ」

カイトが悔しそうに言う。

だが、今はどうすることも出来ない。
ピエロに立ち向かうことも、校長を止めることも、今は手段が見つからない。

今は死なないことが最優先だ。

ピエロが玄関側に向かったということは、今は中庭が一番安全だ。

「いやだ!死にたくない!」

「何言ってんのよ!体育係なんでしょ?囮になるくらい当然じゃない!」

近くの窓から、生徒の声がした。

体育係らしき男子生徒が、他の生徒たちに無理矢理教室を追い出されている。

またこの光景か。
校長だけではなく、生徒たちまで腐り始めているじゃないか。

生徒たちは、校長室に籠っているようだ。
校長室は鍵がかかる。
そして、以前校長のマイブームだった『防犯セキュリティー』が校長室にはある。
校長室の中にはモニターがあり、校長室前に取り付けられた隠しカメラによって廊下の様子が確認できるシステムになっている。

普通の生徒なら入室を受け入れ、ピエロと体育係は放っておくというわけだ。
鍵があるのだから、囮など必要ないじゃないか。
それほど『レベル2』を警戒しているのか?確かに、ピエロがどのくらい進化したのかは分からないが、囮だなんて大げさすぎる。
校長室は、どの教室よりも広い。
体育係が入るスペースは十分にある。
どれほど自分たちの安全を確保したいんだ?
生徒の命を犠牲にしてまで……。

どうせこの行動も、囮と偽って体育係を仲間に入れたくないだけ。
おそらく他の生徒たちは、体育係と校長がグルだと思っているのだ。

バカげている。
あんなクソジジイ、関係を持つ価値もない。

「うっ、うわああ!」

追い出された男子生徒が悲鳴を上げながら走っていった。

ピエロだ。
ピエロが来た。
二体並んで、楽しげに歩いている。

「ピエロがっ。どうする?」

ミキが言う。

このままでは、窓からこちらが見えてしまう。
とりあえず、隠れなければ。

「あっちだ。とりあえず校舎の陰に隠れよう」

ヒビキがグラウンド側を指さす。
だんだんメロディオンの音が大きくなってきた。

「よっしゃ!」

カイトが走り出した。
それに続き、他の三人も。

「きゃっ」

もう少しで隠れられるという時、ナナが転んだ。
三人は既に校舎の陰に隠れた。

「いっ……。はっ……!」

ナナは立ち上がれなくなった。
全身の血が逆流しそうだ。

ピエロ二体が窓越しにナナを見て立ち止まった。
笑っている。
笑われている。
もうすぐ殺しに行くと、もうすぐ、死ぬのだと。

三人はもう見えない。

「い……いや……っ。たすけてっ……」

ナナの頬を、涙が伝った。

そうだ。
これが裏切りだ。
分かっていた。
裏切られることぐらい。
体育係になってからも、その前からも、日常茶飯事だったから。
いつかはこうなると分かっていたんだ。

でも、あの三人だけは、当たり前のように、一緒にいてくれたから。
信じていたかったから。

私はぶりっ子。
バンバン自覚あり。
特に何もしなくても、存在しているだけで嫌われる、それはそれは厄介な病気にかかった残念な子。

バリィン!!

ピエロ達が窓ガラスを割った。
窓の開け方が分からないから、メロディオンでたたき割ったのだ。
すると、今度は、窓から脱出する方法が分からないから、いちいち一体を踏み台にして、窓を超えた。

赤ピエロが着地した。

「キャンディー!」

赤ピエロが近付いてくる。
死が近付いてくる。

「あぁっ……っ……あぁぁ……」

死ぬ前ぐらい、大泣きしたっていいよね……。

「ナナっ!」

ミキが駆け寄ってくる。
ヒビキとカイトも。

「ミキちゃん……?」

ナナが目を見開く。
手を取られて、ようやく立ち上がる。

「いたっ……」

ナナが小さく呟いた。

さきほど転んだ時、足をくじいた。
恐怖で痛覚が止まっていた。
三人が来て、多少安心し、痛みが戻ってきたのだ。

赤ピエロは、止まることなく、スムーズにこちらへ向かって歩いてくる。

「ナナ、乗れっ!」

カイトがしゃがんでナナに背を向けた。

「は、はいっ!」

ナナがカイトの背に乗る。
躊躇っている時間なんてない。

四人はピエロの死角に入ってからも、できるだけ遠くへ走った。

「キャンディー!キャンディー!」

四人を引き留めるように、赤ピエロの声が聞こえる。

まあ、そこで止まるようなバカはいないが。

四人は、メロディオンの音を避けながら、自転車小屋の陰に避難した。
ここならば、挟み撃ちにでもされない限り捕まることはない。

「ナナ、大丈夫?」

ミキが心配そうにナナを見る。
ナナはうなずいた。

「うん。ありがとう、みんな」

ナナが再び涙を流す。
今回は嬉し涙だ。

「見捨てるわけねぇだろ」

カイトが当然のように言う。
ミキもうなずいた。

「そうだよ。あたしたちはクズじゃないんだから。」

「ナナ、手当は必要か?」

ヒビキが尋ねる。
近くにはピエロはいない。
メロディオンの音も聞こえない。
先程の様子からして、レベル1の時とあまり変化はないようだ。
ピエロは、追ってくることはあっても走ることはない。
少なくとも現時点では歩き続けるだけだ。
それなら、もしピエロに遭遇したとしても走って逃げれば回避できる。
だが、ナナが走れない状態なら話は別だ。

「う、ううん。大丈夫。」

ナナが首を振る。

「本当に?」

ミキがもう一度訪ねる。

「うん。ホントに大丈夫だよ。」

ナナはうなずいた。

少し痛むが、走れる。
これ以上三人の荷物にはなりたくない。

しばらく、自転車小屋に潜伏していた。
三十分は経ったか?
まだピエロの気配はない。

ふと、空を見上げる。
なんてことだ。
これ以上ないほどの快晴。

体育祭に相応しいってか?
溜息すら出ないぜ。
まったく。

今でも、信じられない。
自分たちは今、一体何をしている?
どんな状況下にある?
いつもだったら、バカじゃないかとつっこんでいた。
授業はどうしたんだと。
もともとバカで不真面目だが、今日ばかりは『平常授業』が愛おしい。

バリィン!

どこかで、ガラスが割れる音がした。

ピエロか?
それとも……?

誰かが走ってくる。
足音からして、数は三といったところか?

ヒビキが少しだけ顔を出して、様子を見る。
もしも、ピエロだったら……。

四人の心臓はバクバクだった。
しかし、違った。
走って来たのは生徒だ。
ピエロから逃げてきたようにも見えない。
どこへ行くのだろうか。

当然だが、ピエロに怯えているのは同じらしく、目的以外に気を配れないようだ。

生徒たちは四人の存在に気付かず、一直線にグラウンドへ向かっていった。

それから五分後……

ピンポンパンポン

なにやら放送が流れた。

『ウゼェっつってんだろォ!』

いきなり校長が発狂した。

そして、わかったことが一つ。
さっきの三人の行先は、校長だ。

校長の態度からして、また「今すぐやめろ」だの「ピエロを止めろ」だの言ったのだろう。

バカだろ。
「自殺行為」の「じ」の字も知らねぇのか。

『せっかく、ハッピーな一日を作ろうと、スぺゲスを用意したっつーのに、何言ってんだ!』

ちょっと待て。
「スぺゲス」とは、まさかピエロのことじゃないだろうな。
いや、それ以前にハッピーな一日なんて冗談だろ?

『うう゛ん。言い忘れました。スぺゲスとは、スペシャルゲストのことです。』

いや、知ってるけど。

『そんなにピエロを止めたいのですか……。校長は悲しいです。泣きそうですよ。シクシク。シクシクシク。わかりました。』

お!

『自分たちで止めてください。』

なんだよ!
ふざけんな!
出来るもんならとっくに……。

マイクのスイッチが切られ、放送が終了した。

クソ。
校長の言葉に一瞬でも期待したこっちがバカだった。

「あのジジイ、本当に校長なのかよ」

カイトがグラウンド側を睨む。

「校長以前の問題だろ」

ヒビキが下唇を噛む。

いつまで経っても生徒達が戻ってこない。
やられたか……。
予測出来なかったわけではないが……。

「スペシャルゲストって……。普通に考えてもっと無難なヤツにするだろ。」

ヒビキが言う。

「だから、なんで普通に考えんだよ。『スペシャルゲス』に決まってんだろ」

カイトがヒビキを睨む。

それにしても、ピエロを止める方法なんてあるのか?
あるとすれば、キャンディーだが、どこにあるのか見当もつかない。
本当は存在していないのではないか。

「う、うわあああ!助けて!」

荒々しい悲鳴と共に、男子生徒が走ってくる。

なんだ?
ピエロか?
そんなに焦らなくても……

「あっ!」

様子を見ていたヒビキが思わず声を出した。

シマシマピエロだ。
おそらく、紅白幕に触ったのだろう。
最悪だ。
シマシマは足が速い。

四人が追われた時は、玄関が近かったため、かろうじて逃げ切れたが、おいおい、ここは玄関の反対側だぞ。
絶望的だ。

「やべぇ!あいつやられるぞ」

カイトが立ち上がった。

「カイトっ!」

ミキが反射的にカイトの手を下へ引っ張る。
カイトは慌ててしゃがんだ。

自転車小屋の塀は低い。
体勢を低くしていなければ簡単に見つかってしまう。

「バカ!見つかったらどうするのよ!」

小声で怒鳴るように、ミキが言った。

ごめん!とカイトが謝る。
が、その謝罪の意味は二重だった。

「目……、合っちゃったんだけど」

カイトの言葉に、全員耳を疑った。
目が合った?
シマシマピエロと?

「お前……、それマジ?」

ヒビキが聞き返す。
カイトは苦笑しながらうなずいた。

バチバチバチィッ!

とうとう男子生徒がシマシマピエロに追いつかれ、殺されてしまった。

おそるおそる、ヒビキとカイトが様子を覗く。
ミキとナナも、すぐに走り出す準備をする。

だが、シマシマピエロはスタスタと歩き去っていった。
やはり、紅白幕に触ったもの以外には興味が無いようだ。

風が少し強く吹いた。
まるで何かを暗示しているようだ。
これから何が起こるというのだろうか。
何が起ころうと、良い予感はしないが……。

その時だった。
予感が的中したように、メロディオンの音が聞こえてきた。
ピエロが校舎から出てきたのだろう。
ここからではよくわからない。
遠ざかっていくのか、それとも……。

頼むからどっか行ってくれ。
が、そう願い通りにはいかない。

「キャンディー!」

角を曲がって、赤ピエロが姿を現した。
その表情とペイントはいつ見ても不気味で気持ち悪い。

四人は立ち上がるか迷った。
このまま隠れていれば、見つからずに済むかもしれない。
とりあえず、様子を見よう。

嬉しそうに笑いながら、ピエロは倒れている男子生徒に近寄り、足を持った。
そして、ずるずると引きずりながらグラウンドへ進んでいく。
一体何をしているんだ?

「あいつ何してんだ?」

ヒビキが小声で言う。

幸い、四人はまだピエロに見つかっていないようだ。
確か、さきほど校長のステージ前で殺された生徒会役員の女子生徒二人も、ああやって足を掴まれ引きずられていた。
何か意味でもあるのか?

ピエロの不自然な行動に疑問を持った四人は、ピエロを追ってグラウンドの様子を見ることにした。
校舎の影に隠れながら、死体を引きずって後ろ向きに歩く赤ピエロを見る。

赤ピエロはまたしても、ステージ裏に消えた。

その後、どうなったのかは分からないが、ステージ裏から再び姿を現したピエロは、手ぶらだった。

こっちに向かってくる。

「おい、逃げようぜ」

カイトが三人の顔を見る。
全員同意し、グラウンドに背を向けたその時だった。

「キャハハハハハハ!!」

後ろからピエロの笑い声。
これは、今までと変わらないのだが、妙に近く感じるような……

「えっ……なんで……?走ってる……」

ミキが振り返ってグラウンドを見る。

走っている。
言えるのはただそれだけだ。

赤ピエロは、大きな帽子が特徴的だ。
正面から見ると、台形が上下反対になった形をしていて、網目状の模様が入っている。
その一番上は、なぜかあいている。
悪く言えば、大きめのバケツを頭にのせているような感じだ。

帽子の意味あるのか?
雨降ったら終わりだな。

いや、そんなことを考えている場合ではない。

シマシマピエロほど足は速くないようだが、明らかに足が軽くなった感じだ。

ピンポンパンポン

ここで、放送が入った。
とりあえず、四人は走りながら聞くことにした。

『 How are you? 校長はベリー ベリー ファイン アンド ハングリー。バナナまあだ?えー、ピエロくんたち、レベル3になったよ。隠れてないで、キャンディー探してくださいよ。早くハッピーを楽しんでください。ピエロくんたち、怒ってますからね!♪ I want you! I need you! I love you! 頭の中~♬』

ちょっと待って。
なんでヘビーローテーション聞いてんの?
この非常事態になんで昔流行った歌流してんだよ。

こっちは死ぬかもしれねぇんだよ。
ある意味尊敬するぜ。
最強のサイコパスだ。

「有り得ねぇ……」

ヒビキが苦笑する。
四人は玄関を通り過ぎ、校舎の角まで行った。
赤ピエロも、玄関を通り過ぎる。

だが、赤ピエロが突然立ち止まった。
割られた窓を見ている。

「あれって、さっき割られた窓だよね」

ミキが赤ピエロの様子をうかがう。

「キャアアア!」

「おい!どうすんだよ!」

窓から悲鳴が聞こえる。
まさか、赤ピエロが立ち止まっているのは校長室前か。
まずい。
ほとんどの生徒があの部屋にいる。
いや、待て。
ドアを開けて廊下に出ればいいじゃないか。

なのに、なんで校長室から出ないんだ?

赤ピエロは窓に手をかけ、ギョロリと室内を見回した。

校長室の窓の鍵も、固いセキュリティーが施されているため、外へ出るためには割るしかなかった。
だが、生徒達の代表として外へ出た三人がいつまでたっても戻ってこない。
本来なら、この三人が校長の元へ行き、この体育祭を止めてくるはずだったのだが。

その三人とは、『ウゼェっつってんだろォ!』という放送が入る前にグラウンドへ行った三人だ。
もういないが。

赤ピエロが窓から室内に入ろうとしている。
中にいる生徒達は、廊下側の壁にペッタリと張り付いている。

ドタバタと手こずりながらも、赤ピエロはどうにかして中に入ろうとしている。

中にいる生徒達は慌てふためいてガタガタと震えている。
女子はギャーギャーと泣きわめいている。

廊下に逃げればいいじゃないか。
もう頭が回らなくなったのか?
そんなはず……

「まさか、出られねぇのか!?」

ヒビキが勘づく。

おそらく、廊下側には青ピエロがいる。
だから生徒達は、出るに出られない状態になっているんだ。

逃げ場がない。
速度が遅いとはいえ、赤ピエロは走れるんだ。
この事実が、一つの部屋に閉じ込められた者たちにとって、どれだけ致命的かは、生徒達全員がよく知っている。
だからこそ泣いているんだ。

しかし、ピエロにはそんなの関係ない。
むしろラッキーだ。

その後、運良く三、四人窓から外へ脱出できたが、他は全滅だった。

「ふふっ。はははっ。いいザマだ。クズどもが。」

笑う不穏な影が、足音と共に廊下を渡っていく。


第四章


「はぁ……はぁ……っ……」

四人は息を上がらせていた。

時計の針は既に三時を指していた。
ピエロはレベル7に達していた。

足が異常に速い。
レベル3の時とは比べ物にならない。
もはや、ダッシュの域を超えている。
シマシマも同様だ。

依然、キャンディーも解決策も見つかっていない。

「くっそ!あいつ、足速すぎだろ……」

カイトが腰に手をやり、上を向く。

「でも、筋肉痛、治ってきたな」

ヒビキが自分の足を見る。

朝とは比べ物にならないほど身体が軽い。
まるで、錘が外れたようだ。

「ちょっと、何よあれ……」

ミキが廊下の突き当りの教室を見ながら言った。

その教室には、死体が何体かあった。
だが、変だ。
これは……

「うう゛っ……」

ナナが怯えながら目を閉じ、ミキの腕を掴む。
倒れている遺体のほとんどが血まみれだ。
机や椅子にも、ベットリと赤黒くなった血が付着している。
室内には、生臭くてとても入れない。
血液が固まりかけている。
生徒が殺されたのはおそらく午前中だろう。

「あいつら、メロディオン以外も使うのかよ……」

カイトが室内を見回しながら言った。

タッ……

後ろから、靴が床に付く音がした。
四人が同時に振り向く。

そこには、ピエロがいた。
だが、赤でも青でも、シマシマでもない。
右半分は黄色、左半分は紫色の衣装を着て、顔はペイントではなく、マスクだ。
返り血を浴びている。
両手には包丁が一本ずつ握られている。
その刃は既に赤黒い。

今発見した生徒達を死体に変えたのは、こいつの仕業だろう。
だが、他のピエロとは明らかに違う。
背丈もだいぶ小柄だ。
四人よりは大きいが、他のピエロ達よりは小さい。
最大の違いは、殺害方法だろう。
赤、青、シマシマ、この三体の共通点は『感電』だ。
それ以外の殺し方は絶対にしない。
しかし、目の前にいるマスクのピエロは包丁を使って刺し殺している。
そもそもマスクを被っている時点で違和感大アリなのだが。

ダダダッ!

ピエロは走って四人の方に向かってきた。

「逃げるぞ!」

ヒビキの合図で四人は走り出した。
ピエロが追って来る。
角を曲がると、そこは階段だった。
迷っている場合ではない。
とりあえず上ろう。
階段は体力をかなり使ってしまう。
今まで、できるだけ避けてきたが……。

二階に上がり、近くの教室に入った。

「あっ、これ……」

ミキがある物を拾った。
授業で使用した竹刀だ。
近くに何本かある。

「ねぇ、もしピエロに追い詰められた時、素手で戦うよりは、これ持ってた方が勝ち目があるんじゃない?」

ミキが提案する。

確かに、これ以上レベルが上がれば、ただ走って逃げるのは難しいかもしれない。

「そうだな。持っておいた方がいいかもしれねぇ。でも、その分遅くなるんじゃねぇ?」

ヒビキが言う。

「ま、とりあえず持っとこうぜ」

カイトが竹刀を拾う。
軽く素振りした。
筋肉痛が解けたのは、足だけではなかった。
腕と腹筋もだ。
おかげで、竹刀がバドミントンのラケットのように軽い。
片手で振れてしまうくらいだ。

「そうだな。」

ヒビキも竹刀を手に取った。
三人を見て、ナナも竹刀を拾う。

ピンポンパンポン

『みなさん。緊急事態発生です。スぺゲス以外のピエロがうろちょろしているようです。早く止めてあげてください。よろぴくぅ~』

ガサツに、マイクが切られた。

「おい、どういうことだ?」

ヒビキが三人を見る。

スぺゲス以外のピエロ……?
心当たりがあるとすれば、さっきのマスクピエロだが……。

「じゃ、じゃあ、さっきのピエロは生徒ってことですか?」

ナナが言う。

教師達がいるようなので、おそらくそういうことだ。

「じゃあ、あの衣装は?」

カイトが考え込む。

「たぶん、文化祭で使ったやつね。それぐらいしか考えられない。あと、あの包丁は家庭科室のだと思う。」

ミキが腕を組みながら言う。

周りの人間が死んでいって狂ったのか。
でも、だからといって、人を殺すか?普通。
どう考えても行き過ぎだ。

「ったく。通りで安っぽいと思ったぜ」

溜息をつくようにカイトが言う。

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

四人は、ビクッと肩を上げた。
一気に手足が震えだす。

教室の扉の強化プラスチックの部分を赤ピエロがたたいている。
ニヤッと頬を上げて、顔を横に傾け、嬉しそうに、楽しそうにしている。
手ではなく、メロディオンでたたきはじめた。

「っ……!」

カイトが、怯えるナナの足元を見る。

震えていて、立っているのが辛そうだ。
だが、それだけではない。
右の足首が真っ赤に腫れあがっている。

一体、どれだけ無理をしてきたのだろうか。

「俺があいつを引き付ける。お前らは裏口から外へ出ろ」

カイトが言う。
三人がカイトを見る。

「おい、何言ってんだよ」

ヒビキが引き留める。
カイトの突然の発言に、三人とも反応しきれない。

「もしかして……、カイトくん気を遣ってくれてます?」

ナナが尋ねる。
カイトは咄嗟にうつむいた。

「逆だろ。ナナが俺たちに気ぃ遣ってたんだ」

はっ、と、ミキとヒビキもナナを見る。
そして、ミキとヒビキも理解した。

ナナをこれ以上走らせてはいけない、と。

「……わかった。俺が行く」

ヒビキが言う。
カイトを犠牲にしてまで生き残るつもりはない。

「何言ってんだよ。いざという時に冷静な判断ができんのはお前だけだろ。じゃあな」

カイトがピエロがいる方とは反対側の出入口に向かう。
ヒビキが、カイトの背に一言だけ言った。

「マイオバんとこ集合な」

カイトはふっと笑った。

「あいよっ」

そして、カイトは教室を出ていった。
赤ピエロは、扉を叩くのをやめ、カイトを追って走っていった。

もたもたしてはいられない。
早く外へ出なければ。
カイトの思いを無駄にはできない。

カイトを除く三人は裏口を目指して進み始めた。
もう夕暮れだ。
四時は過ぎているか?
ってことは、また一つレベルが上がっているはずだ。

「ナナ、大丈夫?」

ミキが心配そうな顔をして、ナナを見る。
ナナはうなずいた。

「うん。ありがとう」

「無理すんなよ」

ヒビキもナナを見る。

「う、うん」

ナナが笑って見せる。

本心では、こうなりたくなかった。
どんなに痛くても、どんなに辛くても、他の三人の迷惑だけには……。
なのに、今は自分のために一人は囮に、二人は一緒に歩いてくれている。
とても素直には喜べなかった。

カイトは体育館にいた。

「さすがに、メシ抜きはキツいぜ」

独り言を呟く。
赤ピエロはどんどん近付いて来る。

それでいい。
外へ出なければ、それで。

「キャハハ!」

ピエロは、もう目の前だ。

あーあー。
死ぬな、こりゃ。
だってもう逃げても無駄だから。
レベル8か。
お前、もう車並みに速いんじゃねぇの?

「はは……」

なんか、見える景色がスローモーションだ。
みんな、こんなの見ながら死んでったのか?
目を閉じようとした時、体育館の端っこに無造作に置かれたバスケットボールが目に留まった。

そして、閃く。
一度、バスケットボールと、赤ピエロの網目模様の帽子を交互に見る。

足掻いてみるか!

カイトは、手にしている竹刀を赤ピエロに投げつけた。
一瞬だけ、赤ピエロがひるむ。
カイトはボールに向かって一目散に走った。もう一か八かだ。
ボールを拾い、構える。

「通りで、似てると思ったんだよ」

カイトは、赤ピエロの帽子を狙った。
落ち着け。
ちゃんと見るんだ。
チャンスはこの一回だけ。
いけるさ。
なぜなら、授業でやった時、二十回連続で決めるのに人一倍時間がかかったんだから。
十九回目で外して、また最初から。
そんなのもうごめんだ。

「それ、バスケのゴールにそっくりだ」

カイトはボールを放った。
そのボールは、美しい弧を描き、正確な軌道を纏って、赤ピエロの帽子へと落下した。
完全に帽子の中に入ったボールが、何らかのスイッチをいじったのか、赤ピエロは笑うのをやめ、だらんと首の力を抜くと、座り込んだまま動かなくなった。

カイトは、ピエロ同様に身体の力を抜いた。
いや、抜けた。
大きく息をする。
今になって、心臓が暴れている。
赤ピエロのキャンディーは、バスケットボールだったんだ。

その頃、ヒビキはマスクピエロと戦っていた。
裏口手前で運悪く鉢合わせたのだ。
ナナとミキを裏口から外へ出し、奴を見ている。

「お前、人を殺してんだぜ?自首すんなら今のうちだな」

せめてもの情けだ。
同じ生徒として、同じ「被害者」として、止めてやるよ。

マスクピエロは何も言わず、包丁の刃をこちらへ向けて走ってくる。

言っても無駄か。
確かに、今更足を洗えと言ったところで、通じるわけがなかったのかもしれない。
だったら、力ずくだ。

ヒビキは、スッとマスクピエロの一撃をかわし、竹刀でマスクピエロの胴を突いた。
マスクピエロは、一瞬だけ足元をぐらつかせたが、もはや意地だ。
マスクピエロは、胴をおさえながらも、片手で包丁を投げた。
ヒビキの頬をかすり、包丁は落下した。

「ちっ……」

頬が熱い。
温かい液体が口元へ降りてきた。
ぺろりと液体をなめる。
鉄の味がした。
こんなの、全世界の人間が知っている事実だ。

「……ヒビキ」

マスクピエロが声を発した。

「なっ……先……輩……?」

ウソだろ……。
先輩だ。
マスクピエロの中身は、サッカー部の……

……ザクッ……

「え……?」

ヒビキが右腕を見る。
包丁の銀色が、夕日の光で輝いている。
力が入らない。
右腕が、先程とは比べ物にならないほど熱い。
まるで、右腕だけ焼けているようだ。
ドロリとねばついた血が腕を伝って指先へと感覚を集中させる。
ポタリ、ポタリと床へ落ちていく。
腹部を狙った攻撃だったが、ヒビキは無意識によけていた。

そうか。
先輩。
先輩は、もう、あの憧れの先輩じゃないんですね……

ヒビキは、左腕で思い切り竹刀を振った。
マスクピエロは意識を失い、倒れ込んだ。

だが、ヒビキの心に謝罪の念は無かった。

ミキは、シマシマピエロと竹刀を交えていた。
バチバチと青白い光を見せながら、シマシマピエロは竹刀を振りかざしてくる。
一回でも当たったら死ぬ。
あの緊張感があるだけで汗だくだ。
バンジージャンプ?
ジェットコースター?
そんなもんじゃない。
バンジージャンプのように、死に直前で止めてくれる命綱なんてない。
ジェットコースターのように、一瞬我慢すれば済むものでもない。
そもそも、何かに例えられるものじゃない。

それでも、勝たなきゃいけないんだ。
ナナがそこにいるから。
まったく、勘違いもいいとこだよ、ピエロさん。
さっき紅白幕に触ったのは、気まぐれに飛んできたガラの悪いカラスだよ?

何で殺しにくんだよ。
ナナも同罪ってこと?
冗談じゃない。
バカも休み休みにしてくれ。
こっちは朝から走らされて、おまけに昼メシ抜きでもう倒れそうなんだよ。

「っ……!」

さっきから、ちゃんとシマシマに当たっているはずなのに効いていない?
弱点が無いのか?

いや、ある。
どこかに、絶対にあるはずだ。
本心、そう信じたいだけだが。

落ち着くんだ。
冷静さを失ったら終わりだ。
考えろ。
足か?
胴か?
腕か?
いや、違う。
そうだ。
最初から不自然な点があるじゃないか。

耳あてだ。
この至近距離だから分かったことだが、シマシマが付けている耳あては、特殊な素材で出来ているらしい。
紺色の硬い布……

「それ、もしかして……!」

一回だけ、見たことがある。
体育係になる前、友人に見せてもらったことがある。
剣道の防具。
あの紺色にそっくりだ。
そして、シマシマが手にしているのは竹刀だ。
剣道に関係があるのは間違いない。

ミキはシマシマピエロの耳あてをめがけて、竹刀を振る。

千本素振り五セットか。
おかげで、コントロールが恐ろしいほどうまくいく。

ドガッ!

ミキの竹刀がシマシマピエロの左耳に直撃した。
すると、『バキッ』と、何かが破壊された音がした。
シマシマピエロはだらんと腕を降ろし、竹刀を地面に落とした。
そして、打撃された衝撃に身を任せ、右から左へと倒れていった。

もう動かなくなったシマシマピエロを再度慎重に確認し、ミキはナナの元へ駆け寄った。
一応、ナナには近くの物陰に隠れていてもらっていた。

「ミキちゃんっ……っ……よかった……」

ずっとミキのことを心配していたのだろう。
ナナが泣きながらミキに抱きつく。
ミキは、ナナの背をポンポンとさすった。

「あんなやつに負けるわけないでしょ?」

ミキが、ようやく安堵の表情を見せる。

だが、まだ終わってはいない。
他の二人との約束を果たさなければ。

校長のステージへ向かおう。

ミキとナナはグラウンドへ出た。
もう夕日が沈みそうだ。
カイトとヒビキは無事だろうか。
いや、二人を心配できるような余裕などない。
特にミキは、シマシマピエロとの戦闘で体力がほとんど残っていない。

ステージまで来た。
校長は今いないようだ。

「……ミキ、ナナ!」

遠くで声がして、その方向を見る。
誰かが走って来る。

こっちに向かって、手を振っている。

「カイト!」

ミキが手を振り返した。
ナナも、嬉しそうに微笑んでいる。
そして、カイトが二人の元に到着した。

「はあっ……はっ……はあっ……」

カイトが膝に手を置いて息を整える。

「良かった。無事だったんだね。赤ピエロは?」

ミキがカイトに尋ねる。
カイトは姿勢を戻し、一度深呼吸してから答えた。

「ああ。大丈夫だ。もう動かない」

カイトの言葉に、ミキとナナはホッと息を吐いた。
カイトは、赤ピエロを倒すことに成功したのだ。

「ヒビキくんは……?」

ナナがカイトを見る。
カイトは首を振った。

「わからない。あいつ、どうしたんだ?」

「裏口の前でマスクのピエロに会ったの。それで、ヒビキが『先に行け』って」

ミキが説明する。
カイトは納得した後、少し心配そうな表情を見せた。

「そっか……。あいつなら大丈夫だろうけど……」

ヒビキは、四人の中で一番しっかりしている。
かなり頼りになるやつだ。
そして、マスクピエロの正体は生徒だ。
相当なドジを踏まない限り大丈夫だろう。

そうは思っていても、やはり心配せずにはいられなかった。
三人とも校舎の方を見て黙り込んだ。

その時だ。
誰かだこちらへ向かって来る。
ジャージだ。

「ヒビキだ!」

カイトが大声で言う。
すぐに大きく手を振った。
が、ヒビキは手を振り返さない。

「ヒビキ?」

ミキが目を凝らす。

様子が変だ。
右腕を左手で抑えている。
どうしたのだろうか。

ヒビキが合流した。

「ヒ、ヒビキくんっ……、それ……」

ナナが悲しそうな顔をした。
ヒビキの右袖が、血で濡れている。

「あ、ちょっとな。」

ヒビキが右腕を見る。

「大丈夫なの?

ミキが尋ねる。
一目見ただけで深手だと分かる。
ヒビキが普段通りの表情でいるのが有り得ないぐらいだ。

「ああ。止血はした」

この異常事態でなければ、間違いなく大丈夫でも何でもない。
とりあえず、そこら辺にあった部活用のタオルを傷口に当て、止血した。
痛みを感じないと言えば噓になるが、他の三人に心配をかけたくないのは、俺だって同じだ。

ナナだって、ずっと耐えていたのだから。

「おやおや、ナナタンじゃないですか。ミキリンも」

ステージの裏から校長が現れた。
横に取り付けられた梯子を上り、椅子に座ると、校長はステージの下にいる四人を見下ろした。

「校長……」

ヒビキが校長を睨む。
校長は、いつものように、にこやかな笑みを浮かべながら首をかしげた。

「どうしたんですか?」

校長は、そう尋ねた後、四人がそれ以上言葉を発しないところを見て、続けて口を開いた。

「校長は今、とても感激しています。この学校の全校生徒の中で、あなたたち四人だけが、真面目に授業に取り組み、現実を受け止め、冷静に行動した。そして、その結果、ピエロに対抗出来るだけの身体を手に入れ、裏切りもなく、今生存している。本当に感嘆すべきことだ。」

「拍手を送ろう!」と言って、校長は一人で手をたたき始めた。
もちろん、場はしらけきっているが。

ミキは、怒りをこらえきれずに言った。

「何のためにこんなことをしたの?」

もはや敬語を使う気などさらさらない。
ミキの殺気立った目を見ても、校長は笑っている。

「『何のために』ですか。私はただ、マイブームに忠実なだけですよ。そうですねぇ、言うとしたら、『人のため』ですかねぇ」

はあ?
何言ってんだ?
「人のため」?
ふざけんのもいい加減にしろよ。
やっているのはただの大量殺人だろ。

「まさか……」

いち早く気付いたヒビキが驚愕した。
他の三人がヒビキを見る。
ヒビキは、確信した上で質問した。

「死体を……売るつもりか……?」

すると、校長はにやりと笑った。
そして、うなずく。

「さすがヒビキくんだ。勘の良さは天下一ですねぇ。そうですよ。まあ、正確には、売りはしません。無料臓器提供!貧しい国々のため、校長はボランティアを行っているのですよ。キャー!校長エラい!!」

意味が分かんねぇよ。
勝手に盛り上がってんじゃねぇ!
とてつもなく理解しがたい説明だった。
思考が追い付かない。

「マジかよ……」

カイトがようやく理解した。
そうか。
校長のマイブームは、キツい体力作りでも、大虐殺でもなかった。
最初から「貧しい国々に臓器提供すること」だったんだ。
しかし、死体として冷たくなってしまった臓器にどれほどの価値が見込めるだろうか。
イカれた目的のために、何の知識もなく……。

この時、ミキは思った。
何か、忘れていると。
忘れてはいけない何かを……。
その時、校長がスイッチのようなものをいじっていることに気付いた。
思い出した。
今まで、ここに、ステージ付近に来たやつらはどうなった?
一人残らず……
全身に寒気が走る。
ふと直感し、振り返って校舎側を見た。

走ってくる。
青い何かが、どうしようもないスピードで……。

「ねえ、あれ……」

声が震えた。
ミキが指をさす。
他の三人も振り返る。
一瞬で悟った。

はめられた、と。
校長は青ピエロを呼んでいたんだ。
そして、話し続けていたのは、青ピエロがここに来るまでの時間を稼ぐため。

「くそっ!」

カイトが下唇を噛む。
無理だ。
走るだけの体力はもう残っていない。
みんなも同じはずだ。
もうダメだ。
限界はとっくに来ていたんだ。

死を覚悟したその時……

ザッ……

ナナが三人の前に立った。
えっ、と三人が顔を上げてナナを見る。
ミキがナナの後姿を見て名前を呼んだ。

「ナナ……?」

ナナは振り向かず、青ピエロを見ながら言った。

「私だけ、何の役にも立ってない。みんなに助けてもらってばっかりだった。みんなが戦ってるのに、みんなが疲れてるのに、見てるだけだった。だから、最後くらい、みんなを守りたい!」

ナナは走り出した。
青ピエロは進行方向を変え、ナナを追い始める。

「はあっ……はあっ……」

怖くない!
怖くない!
何度も心の中で言い聞かせる。
後ろから足音が聞こえる。
近付いてくる。
それでも、他の三人のために、ナナは走った。
足首の痛みなど、この際どうでもいい。
みんなは、ピエロを倒したのだから。
自分だって、このまま何もせずに諦めたくない。

ナナはプールに向かった。
焦っていて、ドアを開ける一秒がかなりのタイムロスに感じた。
そして、雨水の溜まるプールに辿り着いた。
ナナは、これ以上ないほどの全力疾走でプールサイドを走り抜けた。

青ピエロがドアをぶち破り、現れた。

ナナは、プール越しに青ピエロの正面に立った。
ああ、もう嫌だ。
足が震えて、倒れそうだ。
いつもなら、絶対に涙ダラダラでギャーギャー泣きじゃくっていただろう。
心臓が口から飛び出しそうだ。
最後はもう勘だが、青ピエロと体力勝負をするよりはまだ可能性がある。

「お願い……」

青ピエロの行動を注意深く見る。
次の行動で、生死が決まる。

ピエロ達はこれまで、知性が欠如していたため、標的を見つけると、回り道はせず、まっすぐに向かってきた。
例えば、教室の中に人がいて、扉が閉まっていたとする。
その時、ピエロは、手やメロディオンで扉をたたいて、どうにか突破しようとするのだ。
たとえ、反対側の扉が開いていたとしても。
仮定上、青ピエロは、そのまま自分に向かってくるはずだ。
だが、今はレベル8だ。
何が起こっても、おかしくない。
もしも、青ピエロの知性が上がっていたなら、プールサイドを通って殺しにくるはずだ。
そうなれば、考えるまでもない。

どっちだ?
直進か?
それとも……

ゴクリと唾液を飲み込む。
汗が全身から噴き出してくるのを感じる。

「キャハ!」

青ピエロは、ニヤリと満面の笑みを浮かべる。
そして、一歩、二歩と歩を進めた。

ドバァン!

次の瞬間、水飛沫が上がった。
青ピエロが雨水のプールに落ちたのだ。

答えは、『直進』だった。
青ピエロは、水中でもがいている。
焦っているというよりは、驚いている。
水に足をとられ、思うように進めない。
だが、青ピエロにとって致命的だったのは、そこではなかった。

バチバチバチバチィ!!!!!

メロディオンから放出される電気が、水を伝わって目を瞑るほど明るく輝いた。
夕日はとうに沈み、辺りはすっかり暗いが、ここだけは真逆だ。
そして、気付けば青ピエロの動きが止まっていた。

バサッ……

身体の力が抜ける。

「ナナ!大丈夫!?」

「おい、しっかりしろ!」

三人の声が聞こえ、心の底から安心すると、ナナは気を失った。

その夜、プールは青白く、とても明るく、いつまでも光を放っていた。

目を開けると、清潔で平和な空気を纏った、柔らかな日の光と、白い天井が目に入った。
ここはどこだ?
ナナは起き上がる。
どうやらここは病院らしい。
そして、思い出す。
あの惨劇を。
自分の手を見る。
顔を触る。
私は生きている。
そう実感した。

間も置かずに、患者服を着た三人が部屋に入ってきた。
三人は、自分の意識が戻ったことを心から喜んでくれた。
ヒビキは、右腕に包帯を巻いていた。
三針も縫う怪我だったらしい。

三人の話によると、今回の件で外は大騒ぎらしい。
テレビを付ければ、どの番組もニュースに変わっていて、八重波中が映っている。
三人とも、疲れ切って意識を失ったらしいが、目が覚めるなり、精神科送りにされ、おまけに今の今まで警察の質問攻めだったと愚痴を漏らしていた。
疲労と栄養不足、そしてストレスのため、しばらく入院ということだった。
少しでも病室の外に出ると、マスコミがうじゃうじゃいるらしい。
じゃあ、この三人はどうやってここまで来たのかというところに疑問を持つが。
校長は無事逮捕されたそうだ。
マスクピエロは、自ら腹を切っていたらしい。
結局、生き残った生徒は四人だけだったことになる。
それから数時間、四人で走り続け、共に生き残れたことを心から祝福した。

ーーーーーーー

そして、一年が経った。
当然だが、私立八重波中学校は廃校となり、転校する羽目となった。
一年前のあの日が嘘のようだ。
あの時のスリルとは一変、平凡すぎるこの授業は、最初の頃はありがたかったが、今は退屈過ぎて……。
だが、これだけは思った。
キツく、苦しい訓練も、やって損は無いのだと。
本当の理解者、仲間は必要であると。

蝉の音を聞いて、僕たちは今日も、平凡にペンを回す。

END



感謝

こんにちは。奈愚威(なぐい)と申します。
この度は、このような拙い文章を読んでいただき、本当にありがとうございました。この小説は、私が中学3年生の時に、休み時間をちょこちょこ使って書いた作品です。滅茶苦茶な設定ばかりで、つじつまが合わないところも多々ありますが、所詮子どもが書いた小説ということで多めにみていただけたら幸いです。生意気ですみません(´;ω;`)



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