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キューピッドさまの呪い

 私が小学生だった頃、学校内でキューピッドさまという、いわゆるコックリさん的な降霊術のような遊びが流行っていた。ところがいろいろあって、学校では禁止になってしまった。その原因となった出来事と、その後の顛末をお話しをしたいと思う。

 昔からオカルト少女というのはいるもので、私のクラスにもご多分に漏れず存在した。しかもクラスで同じ班だった。ある日、何かの課題か、自由研究の発表準備のためだったか、同じ班のメンバーで休日に集まったことがあった。ちなみに、メンバーは男子は私含め二人、女子はオカルト女子三人組だった。課題は早々にやり終え、ヒマになった我々は女子の提案でキューピッドさまをやることになった。破り取ったB5のノートに、五十音や数字を書き、イエス、ノーとハートマークに矢が突き刺さった絵を描く。触媒には五円玉や十円玉ではなく、鉛筆を使う。これを五人で握り、キューピッドさまに質問をすると、答えを文字や数字で指し示すのだ。誰かの好きな人の名前を聞いたり、誰々は誰々が好きかとか、相性はどうだとか、恋占いの延長のような質問をしては、オカルト女子たちはキャッキャ、キャッキャはしゃいでいた。私はあまり興味がなかったため、途中で飽きて手を放したりすると、猛然と女子たちに怒られた。なんでも、途中で手を放してはいけないらしい。ようやくひと通りの質問に満足した女子たちが儀式を終了すると言って、「おもどりください」と呼びかける。ところが、本来はハートマークの中心に移動するはずの鉛筆が、ノーのところをぐるぐる回り出したのだ。女子たちは焦りはじめる。こんなことは初めてらしい。女子たちはなんとかお戻り頂こうと、懇願し、謝罪し、説得し続ける。ところが、全然お戻り下さらないのである。今回と全く同じメンバーで、必ずまたお呼びするから、という条件を付け加えたところでようやく、鉛筆はハートマークの真ん中に移動した。
 こういった降霊術には終わりの儀式が存在する。キューピッドさまもそうで、使った鉛筆は折る。また、使用した紙は一人二回ずつ二つに破くのである。ジャンケンで破く順番を決める。あいにく私は最後になってしまった。ここで一つ問題が発生する。私の前に四人がそれぞれ二回破く。実際にやってみるとわかるが、五人どころか、四人目が二回破くことすら困難なのである。さらに指で挟めないほど小さくなる。大人だろうが、どうやっても五人目が破くことは不可能なのである。苦肉の策として道具を使い、最初はハサミでちまちまと切っていたのだが、途中で面倒くさくなり、こんなの不可能だと女子たちに詰め寄り、放り出した。女子たちも諦め、キューピッドさまは呪われないから、というよくわからない理由で儀式は中断した。

 それから数日ほど経った頃であろうか。私はそんな出来事があったことなどすっかり忘れており、学校の休み時間にいつものように校庭で遊んでいた。たしかキックベースをやっていたときだったと思う。オカルト女子たちが、木の枝のような棒を三人で持ち、私の方へ近寄ってきた。やっぱり、などと言っている。私は目の前に木の枝を突き立てられたので、なんとなしにその枝を掴んだ。その途端、女子たちがまたも猛然と怒り出したのである。そしてその理由を語りはじめた。
 前回キューピットさまがなかなか帰らなかった理由。あんなことは初めてで、オカルト女子たちも動揺し、独自に推察したらしい。どんなにお願いしても、お供え物をすると言っても帰らなかった。ただ、同じメンバーでまたお呼びする、と言うとすんなり帰って行った。つまりキューピッドさまは同じメンバーに拘ったのである。それはなぜか。きっとメンバーの誰かに恋したからだ。キューピッドさまは女の子(ということらしい)。あの時いたメンバーで男だったのは私ともう一人。どちらかにきっと恋したのだ。それを確かめるため、どういう方法でやったのかはわからないが、木の枝にキューピッドさまを降ろし、好きな人のもとへ導いてもらったらしい。そして私の前で止まった。やっぱり、ということらしい。だが私が枝を掴んだせいで、キューピッドさまが何処かへ行ってしまい、儀式は中断されたとのことだった。私はもちろん、そんなこと信じられるはずもなく、特に気にしていなかったし、せいぜいキューピッドさまがクリーミィマミみたいなかわいい子だったらいいなぁ、と思うくらいで全く相手にせず、キックベースに興じた。
 昼休みが終わり、教室へと戻った。教室に入ると女子たちの人だかりが出来ていた。その輪の中心に例のオカルト女子三人組がいて、すすり泣いているのが見えた。一本の鉛筆を三人で握り、紙には例のハートマーク。彼女たちはまたもキューピッドさまを呼びだしていたのだ。なんでも、先ほど儀式が中断した謝罪と、前回なかなかお戻りにならなかった真相(つまり私のことが好きだということ)を聞き出すため、もう一度呼び出したが、またもノーの場所から動かず、休み時間が終わってもお戻りになってくれないため、どうしていいかわからないとのことだった。中には私が参加すれば解けるとか、結婚しなさいとか、そもそも私が悪いとか、よくわからない理由で非難してくる女子もいた。気持ち悪いし、呪われたりするの嫌だよ、と私は取り合わなかった。呪われても少し風邪をひきやすくなる程度だよ、と慰めてくれるものもいたりしたが。
 そうこうしている内に授業が始まり、先生がやってくる。この先生、筋肉ムキムキの肉体派なのだが、霊感が強いらしく、頻繁に怖い体験をするので、よくその話しを披露していた。コックリさんをやって友達がおかしくなった話しとか、弁慶と戦った話しとか、謎のお坊さんに松ぼっくりのコーヒーをご馳走になった話しとか。そういうわけで、この先生が何とかしてくれんじゃないかとクラス中のみんなが期待していた。ところが話しを聞くや否や、紙を破り捨て、鉛筆も没収してしまった。そして、こんなのは全部まやかしで、偶然や思い込みや気のせいだと言い始めた。自分がコックリさんの話ししてたのに。
 あまりに生徒達がざわつくので授業は後回しになり、そのままホームルームに突入した。一部始終の話しを聞き、先生も悪いと思ったのか、今までしてきた怖い話しは全部先生の「ウソ」で作り話し、そんなことは実際起こっていないと白状したのだ。弁慶の話しは好きだったのになぁ…。とにかく、コックリさんやキューピッドさまは全部インチキ、思い込みで動いているだけで結局は人が無意識に動かしているんだ、と力説していた。そして話し合いの結果、今後このような遊びは禁止、先生も怖い話し(作り話しだったが)はもうしない、と決着した。弁慶の話しの続きは聞きたかったのに…。
 その後はキューピッドさまをやったとか、やっているとかいう話しは聞かなくなったので、恐らくそのまま収束したのだと思う。子供とはいえ、作り話しか、本当の話しかの分別くらいはある程度はつく。ただ呪いという目に見えないファクターが加わると、子供は恐怖してしまうのである。そしてその恐怖は事実を曲げ、自分だけの真実を作り出してしまうのだ。先生は全部ウソだと切り捨てたが、はたしてオカルト女子たちは納得したのだろうか。私は弁慶の話しだけは本当だと今でも信じている。

 さて、その後の我々であるが、少なくとも呪いで殺されるとか、おかしくなる、といったことは全くなかった。中学生になると件の班メンバーもバラバラになってしまったので、今どうしているかはわからない。ただ先生は我々が卒業した後、子供がいるにもかかわらず、新任の女性教師と不倫をし、離婚したそうだ。不倫相手と再婚したが、学校にいるのが気まずくなり、辞めていったという噂も聞いた。班メンバーのもう一人の男子は、若くして結婚し、子供もいたが離婚し、その後二回結婚し、二回とも離婚してしまったという噂を聞いた。当時は大人しい子だったのに、なかなかのプレイボーイになったものだ。オカルト女子三人組は噂もなく全く知らない。

 あれから三十年が過ぎた。結局あのときのメンバーでキューピッドさまをお呼びするという約束は果たされていない。私はといえば、この歳になって未だ独身である。結婚まで行きそうになってもダメになる。これがキューピッドさまの呪いであるかどうかは誰にもわからない。

以上。

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