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話したい僕は


日曜、夕暮れ。
天気は、晴れ。
僕は誰かと話したいと思った。

玄関に降り、最初に手に取ったのはお気に入りのスニーカー。
まだ見ぬ誰かが僕に出会い、このスニーカーを褒めてくれたらいいなと思った。
そう思って靴ひもを締めた。
話しかけて貰いたくて、願いを込めて強く強く締めた。
ママが、昔買ってくれたスニーカー。

玄関を出て、家の前に置いてある猫の置物を撫でた。
うちで飼っているミーちゃんと同じ柄の猫。
アメリカンショートヘアーの、ブラウンタビー。
触り心地はフワフワしてないけれど、何かを欲しそうにこっちを見る目は、ミーちゃんにそっくりだ。
猫の話も出来たらいいな。
僕はその置物を抱えて歩き始めた。

パパは嫌い。
パパは僕のことなんてどうでもいいみたいで、
中々家に帰ってこなかった。
帰ってきたら怒られる。
だからパパの話はしたくないなと思ったけど、ポケットにネクタイが入っていた。
パパの話になったら、このネクタイを握りしめて話すことにしよう。
柄もよく分からない、変な柄。

僕はスタスタ歩く。
いつもとは違う道を歩く。
ひたすらに歩く。
目的地はある。
よく人がいる、あの公園のベンチ。

あれだけ人が通るなら、僕の話を聞いてくれる。
そう思って僕は歩く。

スニーカー、きつく締めすぎたかな。
少し痛くなってきた。
でも緩めず、僕は歩く。

公園のベンチに着いた時、僕は少し疲れていた。
疲れきって、僕はうとうと寝てしまった。
誰かと話したかったのに。

声が聞こえた。
夢の中でうっすらと
「大丈夫、大丈夫」
それは段々ハッキリと
「大丈夫、君はすごいよ」

「そうかな。僕はすごいのかな」
「うん、君はすごい」
「何がすごいと思う?」
「何?」
「うん。僕は何がすごいの?」
「…」
「…」

一定の沈黙の後、
またハッキリした声がした。

「行動に移した、その勇気だよ」

身体を揺らされ、僕が目を覚ますと、
周りには沢山の大人がいた。

「秋山、ケイタくんだね」

パパに似た、髭を生やした大人が僕に言う。

「そうだよ」

僕が笑うと、大人は小さく深呼吸をして言った。

「ちょっと、お話聞きたいんだけど一緒に来てもらっていいかな」

僕は大人と車に乗る。
窓に映る僕の手は赤くて
服も所々びっしりと赤い。
ミーちゃんも少し赤くなってしまっていた。
本物のミーちゃんはもっと赤かったっけな。

僕は僕を見て、黙る。
遠くなっていく公園を眺めて、考える。

僕は、話すことが出来た。
それは話したかったことじゃなく
ようやく自分を認めてくれる

そんな僕と、対話ができたんだ。


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眠れない夜に

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