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行きつけの飲み屋で / 東京帰省日記④

前回の続き

 行きつけだった、新丸子の飲み屋へ向かう。

 この辺りの街並みは、あまり変わっていない。よく通っていた定食屋、クリーニング屋、パン屋。まちを離れる直前にオープンしたアイスクリーム屋は、すっかり地域の人気店として根づいているようだった。新丸子を離れてもう四年近くになるが、昔と変わらない雰囲気にとても落ち着く。

 角を曲がってしばらく歩くと、懐かしいオレンジ色の看板が見えてきた。お店の「OPEN」の札に、ほっとする。今晩は美味しい飯と酒にありつけること。お店が変わらぬ雰囲気であること。そして何より、コロナ禍を耐えて、お店が残ってくれていたこと。

 この店は、一人で飲むのに最高だった。居心地が良い。いつも、駅近の本屋で小説を買い、ここで飲みながら読むのが好きだった。誰にも話しかけず、誰からも話しかけられない。一人黙々とカウンターで、食べて、飲んで、読む。行きつけだけど、お店の人とは、ほぼ会話をしたことがない。アットホームではあるが過度な干渉がないこの距離感を、とても気に入っている。

 この日は、「舟を編む」という小説を読んだ。辞書作りに情熱を注ぐ人たちを巡る物語である。この本に出てくる登場人物たちは、自分の愛する仕事に、真剣真摯に向き合っている。その想いは、人から人に伝播していく。先人から次の人へ受け継がれる。そうやって多くの人の想いが乗って、一つの仕事が為されていく。その物語に心動かされた。と同時に、とても羨ましく思った。自分もこんな風に仕事をしたい。仲間と共に力を合わせたい。想いの乗った、仕事を為したい。長崎で、いつかー。

 読了。面白くて、一気に読み切る。読んでて三回くらい泣いてしまった。お酒も入っているので涙もろい。素敵な小説に出会えて良かった。飯もお酒も最高に旨かった。腹も心も満たされたところで、お店を出る。ほろ酔い気分で新丸子の夜道を歩く。この雰囲気も昔と変わらなくて、懐かしく思った。

次回に続く。


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