『みどりいせき』大田ステファニー歓人ー読書メモ#2

『みどりいせき』大田ステファニー歓人 集英社
純文学度:55
キャラ:2
テーマ:2
コンセプト:3
展開:5
文体:4
数字の意味については、以下の記事を参照ください。

すばる文学賞に続き、三島由紀夫賞も受賞したことで話題の、『みどりいせき』を読了。
この小説はね、おもしろいですよ。
何がおもしろいって、この小説、扱ってるモチーフと奇抜な文体から、バリバリの純文学とみせかけて、話の構造とかストーリーの展開のさせ方が、超王道のエンタメ作品なんです。
エンタメ的なおもしろさって、実は結構パターン化されているところがあって、エンタメ的おもしろさのある作品は、このパターンに則って構成されていることが多いんですよ。
このパターンについては、物語分析の論者によって色々な言い方がされますが、長良的にまとめると以下の感じ。

よくない現状(悪)→その現状を変えるものとの出会い(転換点1)→新しい世界を堪能する(良)→新しい世界を壊そうとする敵の出現(転換点2)→その敵に一回負けそうになる(悪)→敵を倒すための武器を得る(転換点3)→無事敵を倒して主人公はよくない現状から抜け出す(良)

基本的に悪い状態から始まって、何かのきっかけで良い状態に傾き、また別のきっかけで悪い方に傾きかけるんだけど、最後のきっかけにより良い状態で終わる、的なね。
『みどりいせき』も基本的にこの骨組みに則って作られているんですが、特徴的な所が3点あります。

1つ目は、上の図で言う「敵」が2回出てくるとこ。
まず、上の図で言う転換点3までは基本通りなので、そこを当てはめてみます。

主人公桃瀬は、学校にも家にも居場所がない(悪)→春との再開(転換点1)→春の仲間たちとの楽しい暮らし(良)→タタキ(強盗)の出現(転換点2)→怖い目にあった桃瀬は春たちとの縁を切ろうとする(悪)→春の兄、静によってタタキの心配はなくなる(転換点3)

基本的には敵を倒したのでここでハッピーエンドなんですが、この小説では第2の敵、サツ(警察)が現れます。
新しい敵が現れてしまったので、必然的にもう1回ピンチにならなければなりません。
今回は、頼りになる静やまどかといった大人達と連絡がつかず、ここまで主人公を守ってくれた春も戦意を喪失してしまいます。
この、作中屈指のピンチを切り抜けるための新しい武器、それは主人公桃瀬の覚醒にありそうです。
桃瀬は、小学生の頃から春の球を受けることが出来る唯一のキャッチャーです。
強力なキャラである春の相手を務めることができるというのは、主人公桃瀬だけが使える最強の武器となり得ます。
実際、その武器の存在を知らしめるかのように、今まで全力で投げたことがないという春の球を桃瀬が体全体で受け止めることに成功するというシーンが、ここで挿入されています。
普通のエンタメ小説であれば、ここから桃瀬と春の協力によってピンチを抜け出しハッピーエンド、なんですが、そうならないのがこの小説の2つ目の特徴です。

この小説の2つ目の特徴は、具体的なハッピーエンドシーンを描写せず、武器を手に入れたシーン、つまり転換点で物語が終わってしまっている点です。
これは、解釈ポイントですよ。
なぜ、このシーンで終わってしまったのか。
これに関しては色々解釈できますが、長良はここが最高にハッピーなシーンだからという説を推しておきます。
そもそも、桃瀬にとって警察が倒すべき敵になっていたのは、新しく手に入れた居場所を破壊しうる存在だったからです。
しかし、ラストシーンで春の相棒という自分にしか務まらない役目を自覚した桃瀬にとって、警察はもはや敵ではなくなってしまった。
つまり、春の相棒というアイデンティティを得た時点で、この物語のミッションはクリアされたといえる。
客観的には物語の途中のように見える場所でも、桃瀬の主観の中では十分ゴールになっていたという訳ですね。

そして、この小説の3つ目の特徴が、文体とモチーフです。
まあ、これは言わずもがなですね。
この2つの要素によって純文学度が引き上げられているといっても過言では無いです。
それでも、文体のパラメータを5にしなかったのは、この小説における文体の役割が本質ではなく、あくまでも飾り付けにある気がしたからです。
もちろん、この飾り付けがなければ、割とよくある物語に落ち着いていた気はするので、この小説における役割が大きいことは疑いようがありません。
むしろ逆に、こんなに派手派手でサイケデリックな飾りであるにもかかわらず、多くの人が好印象を持っているのは、その裏に隠された物語構造がしっかりしているからだとも言えます。
この、堅実な展開とド派手な文体のバランスがこの小説の魅力であることは間違いないですね。

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