冒頭小説「さくらの土手」
※これは冒頭のみの小説です。続きを書くかは気まぐれだけど、リクエストあればちょっと頑張ります。笑
「これだけあったかいと眠くなるな」
ボソッと発せられたその言葉は、ふわっと舞いあげられた薄ピンクの花びらと共に、暖かく優しい世界に広がって消えた。
彼との出会いは3年前。
桜満開の土手だった。
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この時期の私は少し憂鬱になる。
それでも春らしい気持ちでいたかったので
柔らかい素材の白ブラウスに淡いピンクのフレアスカートを合わせ、ウェーブのかかった髪は緩めに束ねた。ふんわりピンクと名付けられたチークはさくらの白い肌によく馴染む。
桜並木になっている土手の上を歩きながらぼんやり川辺を見て歩いていた。
「さくらー!!」
後ろから元気すぎる声が飛んできて、押されてもいないのに私は躓きそうになってしまった。
リサ。
夏の太陽みたいな子。
入社式で出会ったりリサの第一印象はそんな感じ。さくらと比べると小柄で健康的な肌色、誰に対しても全力笑顔の元気いっぱいの女の子。
そんな誰とでも友達になれる彼女が、どうしてか大人しい私を気に入ってくれたらしい。
「リサ!おはよ!」
私は憂鬱さが太陽の輝きに負けないように気合いをいれて振り返った。
「おはよ〜!今日からだよ!新しい部署どんなところだろう~めっちゃ緊張するね!さくらも緊張してるでしょ?優しくてかっこいい先輩いるかな?あ〜楽しみ!」
矢継ぎ早に飛んできた言葉が頭の中で渋滞し、すぐには理解できなかった。春眠暁を覚えず。まだ頭が起きてないことに気付かされる。私は、頭を軽く振って急いでリサの話に集中しようした。けれどその間にもリサの大量の言葉たちは耳に入る前に、目の前で降り注ぐピンクの花弁たちと一緒に散っていってしまった。
そんなさくらが一瞬フリーズしたこと、質問に答えていないことに特にリサは気にすることはなく、新生活への落ち着かない気持ちを話し続けた。そのことにほっとして、私は答えるよりも「うんうん」と相槌を打とうと決めたのだった。
リサはやっぱり夏の太陽みたいだ。
ビビットな黄色のタイトスカートがリサを象徴していた。さくらはその眩しさに目を細めながらリサの笑顔を見つめるのだった。
直後、暖かい空気の塊が突風となって吹いてきた。あまりに強い風だったので、持ち上げられたスカートが翻りそうになった。リサは「キャ」と声がでた程で、舞い上がらないように私もリサも慌ててスカートを押さえた。
その瞬間、
「うわっ」
風の音の中でもはっきりと土手の下の方から低い声が聞こえてきた。風が止んでぐしゃぐしゃになった髪を整えながら、2人は急いで土手の下を覗き込んだ。
私とリサは顔を見合わせた。
まさかこんなところに人がいたなんて。
土手の傾斜に1人のYシャツ姿の男性が見えた。座った姿勢で下を向いて口を拭っているようだ。後ろから見た白い背中には寝転がっていたのだろうか、草がパラパラと付いていた。
「大丈夫ですか?」
すぐにリサが声をかけた。
私は声を出す代わりに、口に何かはいったのかな?と思い近くに水道や自販機がないか辺りを見渡した。
ブッ、ベッ
と口をまた拭ってから男は答えた。
「口にさくらが…」
条件反射で思わず視線を下へ向けると、顔を上げた男としっかり目が合ってしまった。男が少し微笑んだような気がした。。
また名前に反応してしまった…
咄嗟にこんなことを思う。
名前のことなんてこの男は知らないはずなのに、さくらは恥ずかしくて目を逸らして辺りを見回した。
残念だけど辺りには
水道も自販機もどこにもなかった。
「口ゆすぎます?」
リサは自分の水筒を見せながら男を手招いた。
さすがリサ。
人見知りをしないリサの積極性にはいつも尊敬してしまう。名前なんかのことで恥ずかしがってた自分が恥ずかしい。
男は口の中を気にしつつもゆっくり立ち上がり「ありがとうございます」と言いながら土手の斜面を上がってきた。
リサから水筒を受け取り、少し離れたところで、背を向け器用に上を向いて口をつけずにお茶で口を濯いで戻ってきた。
私は背中についた草が気になり
「あの、草が背中に…」とようやく男に声をかけた。
「あ、ありがとうございます。寝転がってたから。」
へへ、すいません、とこちらに向けた男の背中は思っていたより大きかった。白いワイシャツはレフ板のように眩しくさくらは思わず目を細めた。
あったかいなぁ。気温のせいなのか、背中の温度なのか、はたまた異性を触ることへの緊張か分からない。
熱を感じながらさくらは掌でゆっくりと背中を撫ではたくのだった。
「はい」
と声をかけると男は「いや〜ありがとうございます〜」と間延びした声に似合わない凛々しい顔立ちで振り返った。そしてしっかりとこちらを見てまたお礼を言った。
再び男と目が合う。
近くで見ると鼻筋が通りバランスの取れたパーツと輪郭、さっきのクシャとした笑顔はどこにいったのだろう?と思うほど、綺麗な顔と目だった。
その瞬間、鳥肌が立ち突風が吹いた気がしてさくらは息を止めた。
この男性はどうしてこうまっすぐ見てくるのだろう。
言葉にならない感覚が全身を駆け巡り、
さくらの心から憂鬱さは吹き飛んでいってしまった。
鼓動が大きく跳ね上がり体が火照った。
突然の感覚にさくらは驚いて視線を泳がせる。
え、どうしたんだろ私…
落ち着かせるために胸の前で掌を握った。
軽いパニックだったのだろう、
「遅刻しちゃう!」
リサの声にハッと我に帰る。助かった…そんな思いだった。
そのあと3人はしばらく一緒に土手を喋りながら急いで歩いた。
この時、恋の訪れとなった事をさくら自身はまだ気が付いていなかった。
風は、散った花弁を惜しむように優しくゆっくり運んでいる。
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翌日、リサは配属部署の朝礼当番があるからと先に向かった。
さくらは昨日と同じ時間にゆっくりと歩いて向かう。やはり少し憂鬱な気分を伴って。
昨日の土手にはあの男がいた。
覗き込まなくても今日は視界に入った。
風のない穏やかな日。
男は手であぐらをかいて寝転がっていた。
さくらは少し離れたところで足を止めて、昨日の大きな背中と、まっすぐにこちらを見た彼の目を思い出した。
「わっ」
急に恥ずかしくなって思わず声が出た。
その時足元の砂利を踏んでザッという音も鳴ってしまい、さくらは焦った。
誰もいない桜の散るだけの土手にそれらは場違いのように響き、彼は当たり前にそれを聞き、視線をこちらへ向けた。
わわわわわ…
さくらが視線をどこに向けようか彷徨っていると、昨日と変わらずまっすぐな目が飛び込んでくる。
「あ、昨日の…」
男から声をかけてくれた。
「おはようございます。」
出来るだけ動揺がバレないように自然に振る舞ったが、視線は相変わらず彷徨っていた。
なんでこんなに緊張してるんだ私はっっっ!
さくらは自分の心が自分のものではない、まるで意思を持つ別の生き物のようで持て余した。
そんなさくらとは裏腹に、男はゆっくりと体を起こし、ズボンについた草を払って、ジャケットと鞄をよいしょと抱えた。
「昨日はありがとうございました」
そう言いながら傾斜をゆっくり登ってくる。
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