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読むことが苦手な私のどうでもいい考察

『活字中毒』とかいうマガジンを書いている身なのですが、正直なところ”読む”のは得意ではないです。
それは私のせっかちな性質と、学生時代の勉強方法が原因なんじゃないかと思っています。

普通、文章を読むときって、一行ずつ、文字を追って行きますよね。
(速読する方とかは違うと思いますが……)
でも日本語って、最後の一語までちゃんと読まないと意味がわからない文章の構成になっています。
せっかちな私に取って、これは割とストレスなんですよね。
「これは肯定の文章なの? それとも逆なの?」とイライラしながら読んでいくうちに、大事な部分が頭から受け落ちてしまって、「あれ、何が言いたかったんだ?」となってしまいます。
なので、文末を先に見てから読むこともあります。
今から否定の話をするのね、と確認してから読み始めるわけです。
すると、これもなかなかに読みにくいんですよね。
文末から文頭に目線が戻る間に、中盤の単語が断片的に頭の中に飛び込んでくるんです。
そこでハチャメチャな文章が一旦構成されてしまっているので、その後あらためて文頭から読み返すとちょっと騙された気分になります。
本当にオススメできない方法です。

また、Twitterなど短い文章の場合は、読むのではなく”画像として認識する”癖があるようです。
Tweetのひとまとまりを、表示されているそのままの画像で(アイコンも含め)頭で記憶して、スクロールで別のTweetを見ながら頭に記憶した画像の文章を読む、みたいな感じです。
タイムラインを1つずつ追っていくとかなり時間がかかるので、覚えつつ読みつつという癖がついたのだと思うのですが、これにも不都合な点がありまして……
私はポンコツゆえ、頭の画像の文章を読む終わる前に、その画像が頭から消去されてしまうんです。
意味が、ない。
本当に意味がない、あと3秒くらい記憶がもってくれれば読み終わるのに、大事な文末にたどり着く前に頭の中から消えてしまうんです。

おそらく、この”画像として認識する”というのは、学生時代の勉強の名残だと思います。
暗記ものがそもそも苦手だったので、いろいろな方法を試しました。
その中で自分に合っていたのが、「できるだけ大きな紙に重要事項をまとめて、それを画像として暗記する」という方法でした。
あれは何枚目の左上の方に書いてあったから……と脳内でページをめくって解答するんです。
本当に頭のいい人は、教科書を読むだけで頭の中に教科書を入れることができるみたいですが、私は頭に入れられる枚数に限度があったので、大きな紙に小さく書いてその枚数を抑えていました。
(薬剤師の国家試験もノート3冊にまとめて乗り切りました)

この、文字も画像として認識する癖がついてしまったところに、せっかちな性格が加わって、目線があちこちに飛んでどこを読んでいたのかわからなくなることがあります。
普通に読むのが一番早いのに、本末転倒ですよね。

これが年々ひどくなっていて、実を言うと最近は”読む”という行為が面倒に感じることが多いです。
普通に一行ずつ読むことは、私にとってかなり集中力のいる作業なんです。
こういうのにも、『なんとか症候群』みたいな名前ってあるんですかね。
名前がついたからといってどうっていうことでもないですが。

好きだけど、よく考えたら苦手なものって、ありませんか?
私は読むことと、辛いものがそれです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!