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「晴れの日も雨の日も」#2ついに来た!定年退職(noteを始めるきっかけ その1 導入編前編)

私はクソ生意気な人間で、30半ばのハナタレ小僧の頃から「人生には5つの門がある。①就職し稼ぎを得る ②結婚して所帯を持つ ③子の親となり家族を守る ④親を見送る とここまでで大体一人前の大人。最後は⑤定年退職により組織を卒業し個人に帰る」と若年寄の訳知り顔よろしく若いヤツらによく講釈を垂れていました。この時点で、自分自身は①から④までの門は既にくぐっており、親しかった諸先輩が職場を卒業し始める様子を見て、定年退職も大変&様々だなあということから⑤の門を掲げていました。が、当たり前のことながら、この5番目の門はその頃の私には所詮他人ごと。だって定年なんてまだまだ先のことだったんですから。そこからあっという間の25年。光陰矢の如し。気がつけばオソルベキ5番目の門がぽっかりと私の前に口を開けていました。おいおい気がつけばオレの番かよ!ということで「ここまで頑張ってきて一体自分に何が残ったのか、何ができるのか、何がしたいのか、自分は何者なのか」ということを何度も何度も自分に問い直すハメに。
振り返ってみれば、長年の営業生活では数多くのお客さんや社内外の関係先と信頼関係を築き、その中で培ったコミュニケーション力・対人能力には一定度以上の自信あり。多少なりとも大きな注文をとったり、大クレームやヤバい局面等の危機を乗り切ったことも多数。職場経営や文章力・資料作成力・損益管理等も人並み以上?(と自分では思っている)。が、そんなことを言う事務系サラリーマンは世の中に掃いて捨てるほどいるのです。もし仮に履歴書を書くとしたら、他人サマはそんなことにほとんど何の価値も見出してくれない。多少人目を引くとしたら「インドネシアで約500人の拠点長をやって業績を向上させました。インドネシア語やインドネシアの文化習慣については一定以上の造詣があります」ということぐらい。うーん、困ったなあ。もう1回インドネシア関係の仕事を探すかなあ、なんてことも考えました。まあ、そういう覚悟を決めて探せば即戦力で使ってもらえる道があるだろう(給料の多寡は別にして)。楽しかったインドネシア生活をもう一度、というのも悪くはないかもしれん。でも、今度は前よりだいぶ羽振りは落ちるぞ?それでもそれが俺のしたいことか?そもそも俺は何がしたいんだろう??というアリジゴクに陥ってしまいました。(次週「後編」に続く)

              長井 克之  nagairb21@jcom.zaq.ne.jp

<投稿予定>

#3  私にとっての定年退職(noteを始めるきっかけ その2 導入編後編)

#4 私のやりたいこと(noteを始めるきっかけ その3 「御恩送り」と「長屋のご隠居」)

#5 私の考える「コーチング」(noteを始めるきっかけ その4 締め)

#6  「晴れの日も雨の日も」に込めた想い

#7  学ぶとは

(続く)

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