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『ホテル・ムンバイ』とオウム事件

〈※注 一部ネタバレを含みます〉
 2008年11月26日夜から29日の朝にかけてインド最大の商業都市ムンバイで起きた同時多発テロ。この事件を題材にした豪印米の合作映画『ホテル・ムンバイ』を観ました。
 実は、まさに事件が発生した当日、インドの知人は最初に惨劇が起きたCST駅へと向かう列車に乗る予定でした。しかし、たまたま遅延したために難を免れました。翌年、仕事で来日した彼に事件の話題を向けると、途端に首を激しく左右に振って、一言も語ろうとはしませんでした。
 さて、映画は本編の開始早々、ゴムボートに乗った謎の青年グループに携帯電話で指令が下ります。
「落ち着いて行動しろ。君たちには神の国が待っている」
青年たちから〝バーイジャーン(兄弟)〟と敬意をもって呼ばれる、テロの煽動者の声です。
この冒頭のシーン、私は反射的にオウム真理教事件で話題になった〝洗脳テープ〟を思い出し、一瞬凍りつきました。
 わざわざ説明するまでもないでしょうが、オウム真理教は1989年8月設立〜2000年2月廃止の日本の新宗教です。麻原彰晃(本名:松本智津夫)を教祖とし、1995年の3月20日に「地下鉄サリン事件」を起こして、犠牲者13名、負傷者約6,300名を出しました。彼らは〝麻原教祖こそヒマラヤで最終解脱した日本で唯一の存在で、空中浮揚もできる超能力者であり、その指示に従って修行をすれば、誰でも超能力を身に付けることができる〟と主張して、若者を中心に信者を増やしました。そして、サリン散布など凶悪犯罪の実行に際しては、
「真理に背く者たちの悪業を断って救済するのだ」
などと、いい加減な理屈で信者の思考を奪い、大惨事を起こさせました。
一方、『ホテル・ムンバイ』のテロの煽動者は、
「奴らは人間ではない、だから人殺しにはならない」
と言って、青年たちを殺戮に駆り立てます。一見すると、正反対のようですが、両者には明確な共通点があります。それは〝恫喝〟です。躊躇すればおのれが悪業を積むことになり、人間でないものになってしまうという、信者の自己愛につけ込んだ恫喝です。さらにもう一点、指示を下した首謀者は現場から離れた安全な場所にいたことも、共通しています。
 とはいえ、二つの事件にはまったく異なる点があります。ムンバイのテロリストは「神の国へ行く(死ぬ)」ことが織り込み済みだったのに対し、地下鉄サリン事件の実行犯は自分用の解毒剤を持っていたことです。もちろん、無辜の人々が殺傷された事件ですから、どちらがどう、というのではありません。どのような教義を取って付けようと、無関係の相手にいきなり襲いかかって良い道理はありません。いわんや、地下鉄サリン事件とムンバイ同時多発テロの間には「9.11」という世界的な大変動があったことも、忘れるわけには参りません。
 最後に、あえて申しますが、この映画『ホテル・ムンバイ』はボリウッドの『バジュランギおじさんと、小さな迷子』とワンセットで御覧頂きたい、と個人的に思います。
後者は、インドで迷子になったパキスタン人のイスラム少女を純朴で一途なヒンドゥー教のおじさんが国境を越えて郷里へ送り届けるヒューマンドラマ。その原題は、
『Bajrangi Bhaijaan (バジュランギ・バーイジャーン)』
バジュランギはヒンドゥー教の猿神ハヌマーンの別名、バーイジャーンはインドやパキスタンのイスラム教徒が親しみを込めて云う言葉で、バーイは兄弟・ジャーンは生命を意味します。
 そしてもう一つ、ジャーンは「生きることそのもの」でもあるのです。

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