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【ショートショート】そういう人 (2,388文字)

 高校二年生の優斗くんは昼休み、教室で音楽を聴こうとワイヤレスイヤホンを耳にはめた。いつも通りSpotifyのプレイリストを再生しようとしたところ、突然、女の声が流れた。

「あなたにお願いがあるの!」

 内容はともかく、意図せぬ呼びかけにビクッとなって、優斗くんはイスから転がり落ちてしまった。まわりは驚き、大丈夫? と心配してくれた。

 変に注目が集まってしまった。照れた様子で手を振って、何事もないとアピールした。それから、できるだけクールに立ち上がり、平然とした顔で座り直したところ、

「ごめんね。脅かしちゃって」

 と、イヤホン越しに女は謝ってきた。

 まわりをキョロキョロ見回した。誰かにイタズラを仕掛けられていると思ったのだ。

「そこにわたしはいないの。でも、あなたのことはちゃんと見えてる。だから、言うことを聞いて」

 不気味だった。優斗くんはイヤホンを外し、それが自分のものか確かめた。すると、色と形こそ似てはいるけれど、知らないメーカーの知らないイヤホンであることがわかった。

 心当たりはあった。今朝、通学電車でイヤホンをうっかり落としてしまった。ラッシュタワーで混んでいたため、すぐに拾い上げることができなかった。慌てていたら、白くて細い腕が目の前をふさぐスーツの間から伸びてきた。手のひらにはイヤホンが乗っていた。

「ありがとうございます」

 顔は見えなかったけど、一応、頭を下げてお礼を言った。腕はするする戻っていった。

 暇つぶしに音楽を聴きたかったけれど、同じミスを繰り返したくなかったので、そのときはケースにしまった。

 で、数時間ぶりに開けてみたら、自分のものではなかったのだ。意味はわかるけど、なにが起きているのかさっぱりわからなかった。

 本当はこのままイヤホンを捨ててしまいたかった。普通に気持ち悪かった。でも、少し冷静になってみれば、女の声はしっとりと可愛らしく、聴き心地がとてもよかった。

 結果、興味に勝てず、恐る恐るイヤホンを耳にはめていた。

「落ち着いて聞いて。あなたがわたしを不審に思うのはわかる。可能ならちゃんと説明したあげたい。でも、残念ながら、いまは時間がないの。というか、どれだけ時間が残されているか、わたしにもわからない。ただ、どうしてもお願いしたいことがあって、とにかく、それを伝えさせてほしい」

 女は慌てた様子でまくし立てた。大きめの息継ぎに優斗くんは密かに興奮を覚えた。同時に、よっぽど大変なことが起きているのだろうと優しく察し、とりあえず、首を縦に振ってみた。

「ありがとう。じゃあ、端的に言うね。このイヤホンをある人に届けてほしいの。名前は島田大輔。住んでいる場所は……」

 優斗くんはスマホのメモ帳を開き、言われた通りを書き記した。それは定期券で降りられる駅から徒歩5分ぐらいのところに位置するマンションだった。これなら、帰り、軽く寄って行けそうだった。

 とりあえず、親指を立ててサインを送った。女の返事はなかった。もしやと思いつつ、念のため、しばらくポーズを続けた。クラスメイトから好奇な目で見られているのは知っていた。だが、そんなことを気にするような人じゃなかった。困っている人を助けられるなら、恥をかくぐらいどうってことなかった。

 結局、昼休みが終わるまで優斗くんは親指をひたすら上げていた。

 放課後、部活をサボって、教えられた住所へ向かった。野球部に所属はしていたけれど、高一の秋頃からほとんど行っていなかった。試合で人数が足りないと声がかかるので、辞めないでいるだけだった。だから、別に、サボること自体は日常だった。

 指定されたマンションに到着。指定された部屋のチャイムを鳴らすと40代と見られる男が出てきた。髪も髭も無造作で、スウェット姿だったので今日はお休みだったのだろう。

「はい?」

「中野優斗と申します。島田大輔さんですか?」

「ええ。まあ。……なんですか?」

 困ってしまった。細かく事情を説明しようにも、女の名前は知らないし、イヤホンからはもう声が聞こえてこないし、言うだけ無駄なのはわかっていた。

「ええと。これ、わかりますか」

 そのため、あえてイヤホンだけを手のひらに乗せて、すっと差し出した。

 島田大輔はそれを受け取ると、泣いているのか、笑っているのか、判然としない表情になった。

「これ、どうして?」

「今朝、中央線でイヤホンを落としたんですけど、誰かが代わりに拾ってくれて。自分のやつだと思っていたのですが、昼休み、耳につけたら女性の声が話しかけてきたんです。このイヤホンをこの場所に届けてほしい、と」

「……そうか。……そうか」

 島田大輔は優斗くんの言葉を噛み締めるようにつぶやいた。それから、

「君にこのイヤホンを渡してくれたのはどんな人だった?」

 と、答え合わせをするかのようにゆったり尋ねた。

「顔は見ていないんです。満員電車の人混みの中から白くて細い腕が伸びてきただけで」

「……そうか。……そうか。イヤホンから聞こえてきた女性の声はどんな感じだった?」

 優斗くんは視線を逸らし、

「とても可愛らしい声でした」

 と、くすぐったそうに言った。

「……そうか。……そうか」

 島田大輔は納得したように繰り返した。

「律儀というか、なんというか。あの子らしいというか。借りたものを返さなくては成仏できなかったんだろうな。こんなもの、別になくなってもかまわないっていうのに。どうせから、別れの言葉でも残してくれればいいのに、バカだよなぁ。まったく……。本当に……」

 ちょうど陽が沈みかけていた。空は赤々と燃え上がり、カラスの群れがねぐらを目指して飛んでいた。

 優斗くんは自分がここにいていいのかわからなかったが、島田大輔に帰れと言われるまでは、手持ち無沙汰でも居心地が悪くても、ここに残ろうと心に決めていた。

 彼はそういう人だった。

(了)




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