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【ショートショート】奇跡なんかじゃなかった (2,468文字)

 K高校の生徒三人が山で遭難し、無事、救出されたのは決して奇跡なんかじゃなかった。試験休みを利用して、山登りに行こうと言い出した山岳部所属のTくんが見事な判断をしたことで、被害は最小限に留められた。

 Tくんは仲のよかった友だちを誘い、山登りの魅力を教えるため日帰りの予定でその山に登った。ネットで調べた情報をもとに初心者向けのコースを選んだ。しかし、その情報は間違っていて、彼らは知らず知らず難関な道のりを歩き始めてしまった。

 不運はそれだけじゃなかった。財政難から山道の整備が止まっていたので、正規のルートと獣道の区別がつかない場所がいくつもあった。また、立看板も朽ちてしまって、ほとんど役に立っていなかった。もちろん、スマホはつながらない。

 そのような事情で、彼らは意図せず、山奥へと迷い込んでしまった。

 自分たちが遭難したと悟ったとき、友だち二人はパニックを起こした。近くに沢があったので、それをくだろうと言い出した。このとき、Tくんも大いに焦っていたけれど、経験者としてリーダーシップを発揮すべきという責任感から、あえて気丈に振る舞った。

「沢をくだっちゃダメだ。この先に大きな滝や崖があるかもしれない。そこを降りようとして滑落事故を起こした結果、亡くなるケースが多いらしいから」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

「尾根を目指そう」

「おいおい。まだ登れって言うのかよ」

「疲れているなら休憩しよう。ただ、進むべきは尾根だ。すべての道はそこにつながっている。明日には救助ヘリも飛ぶはずだし、見つけてもらいやすい場所に移動した方がいい」

 そして、Tくんは今日の山登りについて、事前にアプリで登山届を提出していること、それを母親に共有していることを伝えた。たぶん、大丈夫だろうけれど、万が一、夜まで連絡がなかったら警察に連絡してほしいと頼んでもあるとも明かした。

 二人はたちまち、なんとかなるような気がしてきた。笑顔が戻ってきた。そんな様子を確認し、Tくんはカバンからチョコレートや飲み物を配り始めた。念のため、多めに持ってきていた。火を起こし、三人で輪になって、心配を忘れるため雑談に花を咲かせた。この遭難もいつかは笑い話になるはずだからと希望を胸に。

 ところが、その夜、天候が悪化した。日帰り予定だったので、Tくんは翌日の天気まで確認していなかった。とりあえず、雨風を防げる岩場を見つけて、飛び込んだ。

 みんな、押し黙ってしまった。ゴオゴオと吹き荒ぶ自然の脅威を全身で感じ、やっぱり、ダメかもしれないと再び絶望し始めていた。

 さすがのTくんも励ます気力は湧いてこなかった。それでも、できるだけのことはやっておきたくて、蛍光色のパーカーをロープでしっかりつなぎ、近くの崖から垂らしておいた。

 さて、それから二日が経って、ようやく晴れ間が見えてきた。少しずつ配分していた食糧も底をつき出して、三人、それぞれ遺書をしたため終えた頃、バッバッバッバッ、宙を切り裂く音があたりに響いた。

 Tくんはそれを幻想だと思った。すでに木々が両親に見えたり、岩が巨大なハンバーグに見えたりしていたので、己の五感を少しも信じていなかった。

 だが、まもなく、

「おーい。パーカーを見てきたんだ。返事をしてくれ。おーい」

 と、呼びかける声がはっきり聞こえ、最後のチャンスと腹に力を入れた。

「助けてくださーい」

 結果、三人は発見された。救助隊は奇跡と喜んだけれど、Tくんの機転によるものであると友だち二人はちゃんと理解していた。

 ヘリコプターで下山し、救急車で近くの病院に運ばれた。目立った症状は脱水ぐらいで、すぐに退院できそうだった。それぞれの両親もやってきた。みんな、泣いて、無事を喜んでくれた。三人はここで自分たちが死ぬとはどういうことなのか実感し、赤ん坊のように喉を引き攣らせるように涙を流した。

 夜、静かになった病室で見知らぬ天井を眺めながら、三人はようやく日常が戻ってくるとしみじみ安心を噛み締めた。

 しかし、ことはそう簡単に収まらなかった。

 退院の日、K高校の先生がやってきて、三人を猛烈に叱った。助かったことを喜んでもらえると思っていたので、なにが起きているのかわからなかった。

 詳しく聞くと、三人の遭難はニュースになり、他人に迷惑をかけるろくでもない高校生としてネット炎上していたらしい。そして、あっという間に高校が特定され、苦情の電話やメールが殺到し、大変なことになっているんだとか。

「謝罪会見をすることになった。お前らも出席しろ」

 そのまま三人は先生が運転する車に乗せられて、まっすぐ学校へ連れて行かれた。打ち合わせをすることもなく、気づけば、視聴覚室に所狭しと集まったマスコミの前に立たされ、パシャパシャ、フラッシュが焚かれる中、

「この度はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

 と、頭を下げさせられていた。

 後に、この高校の対応は不適切であったと批判されることになるけれど、このときの三人の知る由ではなかった。

 マスコミはわざわざ会見に参加した手前、意地悪でもなんでも、根掘り葉掘り質問を重ねた。そのため、世間では無謀とされている登山計画の言い出しっぺで、唯一の山岳部メンバーであったTくんが槍玉に挙げられたしまった。

 友だち二人はすかさず、

「Tくんのお陰で僕らは生き残れたんです」

 と、徹底的に擁護したけれど、そのことが記事になって発信されることはなかった。

 ネット上にはTくんを名指しで批判するコメントがあふれた。

 まわりを巻き込むなんて最低なやつ。こんなバカ、税金使って救うだけの価値なし。こういうクソガキは社会のお荷物でしかないんだから、山で死なせた方がよかったのに。

 会見の翌日、Tくんは自宅マンションの屋上から飛び降りた。即死だった。

 間違った情報に翻弄され、運悪く遭難してしまったけれど、万全の準備と完璧な対応によって、仲間の命を救ったTくんだったが、こんな終わりを迎えるなんて。

 やっぱり、奇跡なんかじゃなかったらしい。

(了)




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