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【映画感想文】死んでしまったパパの得意料理が食べたくて - 『リンダはチキンがたべたい!』監督: キアラ・マルタ, セバスチャン・ルドバース

 このまま家でぼーっとしていては、一日が無駄に終わってしまうと危機感を覚えた午後三時。なにかしなきゃと新宿へ出かけ、紀伊国屋書店をぶらついて、適当に本を何冊か購入。喫茶店でのんびり読書でもしようかと路地裏を歩いていたところ、新宿ピカデリーの前で興味深いフランス映画のポスターを見つけた。

 原色で描かれた女の子がニワトリを大切そうな抱えている。その顔は凛々しく、頑なで可愛らしく、一見すると大切なペットを守っているかのようだけど、タイトルは『リンダはチキンがたべたい!』なので、きっと、このニワトリをどうしても食べたくて仕方がないということなのだろう。

 でも、どうして? このニワトリじゃなきゃいけない理由が果たしてあるのか? 普通、子どもがチキンを食べたいと言ったら、フライドチキンみたいな調理後のものを指すのが一般的。いや、大人だって、生きたニワトリを食べたいと思ったりはしないはず。

 折よく、五分後に次の上映が始まるということで、わたしは慌ててチケットを購入。9階までの長いエスカレーターをのぼり詰め、予告が流れ出している暗い劇場に滑り込んだ。

 一時間ちょっとの短い作品ではあったけれど、はちゃめちゃなコメディでとても満足できた。その上、ほんのり心温まるところもあって、出会えてよかった一本だった。

 リンダは物心つく前にパパを亡くしている。パパは得意料理であるパプリカ・チキンを家族に振る舞った直後、急性の病に倒れてしまったのだ。そのため、リンダはパパがどんな人だったか覚えていないけれど、ママから聞かされたのか、パプリカ・チキンを作ってくれたエピソードだけが印象的に残り続ける。

 ただ、ママは料理が苦手なので、パプリカ・チキンを作ってくれない。なにせ、毎食が冷凍食品なんだもの。シングルマザーとして忙しいから仕方ないとはいえ、リンダはパパに関する唯一の記憶があるパプリカ・チキンを忘れてしまうそうで、ちょっぴり寂しい。

 ある日、リンダとママは喧嘩をする。最終的にママは自分の勘違いでリンダを叱ってしまったと気がつき、平身低頭謝りまくる。そのとき、ポロッと、

「なんでも言うことを聞いてあげる」

 と、口にしたのでリンダは答える。

「じゃあ、明日、パプリカ・チキンを作って」

 ママはキッチンの奥にしまってあったパパのレシピ帳を取り出して、ふーっと埃を払い除け、何をどうすればいいのか勉強の勤しむ。

 翌朝、二人は買い物に出かけるのだけど、ここで事件が起こる。なんと、ストであらゆるお店が閉まっているのだ!

 しかし、どうしてもパプリカ・チキンが食べたいリンダ。食べさせてあげたいママ。

 二人はどうにかチキンを手に入れるべく、養鶏場を訪ね、生きたニワトリを譲ってくれと交渉すると断られてしまう。じゃあ、こうするしかないよねってことでニワトリを一羽盗むのだけど、ここからクレイジーは逃走劇が始まっていく。

 さすがはフランス。チキンが手に入らない理由として、ストライキが出てくるとは。現代の日本では考えられないシチュエーションなので、それだけでも面白い。

 しかも、ストライキやデモをしている人たちにフォーカスを当てるのではなく、その外側で意見表明する術を持たない子どもたちに注目しているあたり、これまでに見たことのない仕上がりとなっていた。

 というのも、リンダの暮らすアパートは公営団地のような雰囲気で、子育て世代やお年寄りが多く暮らしている。子どもたちは血気盛んで、エレベーターをサッカーのゴールに見立て、バコンッ、バコンッ、PKをして遊ぶようなクソガキなのだ。

 ただ、そんなクソガキたちを作り手は悪く描いていない。その例として、サッカー少年二人の名前はフィデルとカストロ。要するに、大人の言うことを聞かない子どもたちは革命の精神を象徴しているわけで、理屈ではなく、やりたいことはやりたいという自由さを表している。

 従って、リンダのチキンが食べたいという欲求も、社会事情からいかに不可能であっても、叶えるために努力する価値があると言える。つまり、これは実存主義の話なのだ。

 だから、物語は最終的に、子どもvs警察権力というあり得ない領域にまで飛躍するけれど、本質的にはなんらおかしいところはないのである。もちろん、どう考えてもおかしいんだけどね笑

 とにかく、実存主義が肯定されている世界観なので、脇役とされる登場人物すべてに個人があって、みんながみんな魅力にあふれていた。特にママのお姉ちゃんが堪らない。小さな頃から妹の尻拭いをさせられてきた悲哀に満ち満ちていて、同情を禁じ得なかった。

 もし、サルトルが生きていたら、この映画をとても気に入ったんじゃなかろうか。アンガージュマン(社会参加)は子どもにだって可能なんだと喜んだはず。しかも、それを小難しい内容ではなく、くだらないコメディたして示しているので、最高に素晴らしかった。

 そして、なにより、鑑賞後にこちらまでパプリカ・チキンを食べてみたくなっているから、相当、心を動かされている。ありがたいことに入場者特典でレシピが記載されたカードを配られた。

 思ったよりもシンプルな料理で、なぜ、ママがあんなにも苦労していたのか不思議になるけれど、それぐらい料理が苦手ということなのだろう。たしかに、あのママなら全然あり得る。

 見慣れぬ材料はマジョラムというハーブだけなので、どうにかこれを探し出し、リンダが食べたがっていたチキン・パプリカをわたしも食べてみようと思う。

 いやはや、おかげさまで無駄な一日になりそうだったが、充実した時間を過ごすことができた。その後は自宅近所の図書館へ移動し、二時間ほど読書して、スーパーの割引商品を購入した。マグロみたいなカツオが30%引きで400円、カレイが半額で150円だった。

生カツオは塩漬けにして臭みを抜き
ごま油と塩で食べると美味しい
カレイを煮つけるとき
タマネギを加えると自然な甘さが加わり美味しい

 パプリカ・チキンとはあまりにタイプの違う夕飯になってしまったが、これはこれでけっこうよかった。




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