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【ショートショート】『走れメロス』閲覧制限のお知らせ (1,469文字)

『走れメロス』閲覧制限のお知らせ

 この度は『走れメロス』の登場人物である王様がテキスト内から逃走し、タイトルおよび内容を無断で改変したため、一時的に閲覧制限を設けていることをご報告致します。特に不適切な表現については黒塗りで対応しております。

 不足の事態により、読者の皆様にご迷惑をおかけしますこと、心よりお詫び申し上げます。

*   *   *

走れ王様

太宰治


 王様は激怒した。必ず、かの■■■なメロスを除かなければならぬと決意した。王様には政治がわかる。王様は、王様である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来なかった。だから邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 いつも通り、国民の暮らしを知るために城下町を歩いてみた。王様はまちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。勇敢な王様も、だんだん不安になって来た。

 路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。王様は両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「メロスは、人を殺します。」

「なぜ殺すのだ。」

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」

「たくさんの人を殺したのか。」

「はい、はじめは父親を。それから、母親を。それから、妹を。それから、竹馬の友セリヌンティウスを。」

「おどろいた。メロスは乱心か。」

「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、身内の心をも、疑いになり、少しく派手な暮しをしている者を恨むようになりました。きょうは、六人殺されました。」

 聞いて、王様は激怒した。「■■■なメロスだ。生かして置けぬ。」

*   *   *

 以上、王様によって改変された『走れメロス』の冒頭になります。その後も王様は物語を改変し、自分が反乱分子であるメロスを取り締まり、国民から賞賛される展開へと作品全体を書き換えています。

 我々はこれを別の小説であると判断し、協議の末、『走れメロス』の名前で公開することを中止し、閲覧に制限をかける判断に至りました。

 なお、王様は現在、東京都三鷹市にある太宰治ゆかりの跨線橋で立てこもりを続けています。跨線橋は老朽化に伴い、2023年12月11日より撤去工事が始まっていましたが、王様はその中に入り込み、現場の作業員1名を人質にとりました。

 王様は太宰治を呼ぶように主張しています。どうやら太宰治が亡くなったことを知らないようで、そのことを伝えても事実を受け入れようとしません。

 警察としても、小説内の人物が現実世界に飛び出してきて、罪を犯す前例は過去に一度もないため、どう対応したものか混迷を極めています。

 ネット上ではこの件を巡って様々な憶測が飛び交っております。関係者個人へのSNS等での誹謗中傷などはやめていただくよう、切にお願い申し上げます。


追記

 本日未明、警視庁機動隊特別編成隊第一第二機動隊の射撃上級者が王様を射殺し、人質は無事救助されました。その後、『走れメロス』の修正を試みていますが、王様が不在となったことで困難を究めております。『走れメロス』の復活を楽しみにして頂いていた読者の皆様には心よりお詫び申し上げます。

(了)




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