【ショートショート】ヴァギナ花火 (1,628文字)
電気の消えた寝室で、鷺宮夫妻が久々に夜の営みに励んでいたとき、夫が妻の股に顔を突っ込んだまま、突然、ぴたりと動きを止めてしまった。
「なに? どうしたの?」
妻の問いかけにも夫は無反応。じっと股の奥を覗き込んでいた。舐められるわけでもなく、指先で弄り回されるわけでもなく、ただ、静かに両方の太ももをがっしり抑えられただけの状態に妻は冷静さを取り戻し、急にバカバカしくなってきた。無理やり、身体を夫から話そうとひねりを加えてみた。でも、夫は頑なに妻の股から顔を離そうとせず、
「動くな! いいところなんだから!」
と、声を荒らげた。思いがけないボリュームに妻の筋肉は硬くなり、そのままされるがままになってしまった。
「……ねえ、なにをしているの?」
妻は恐る恐る尋ねた。住み慣れた我が家のいつも二人で寝ているベッドの上ではあるけれど、暗闇の中、十年来一緒に暮らす夫のはじめての奇行に戸惑いを覚えていた。なんでもいいから会話がしたかった。
しかし、夫の答えはそんな妻のなんでもいいの外側に位置する内容だった。
「花火がね、綺麗なんだよ」
「……花火?」
「そう。花火。とても綺麗にあがっているよ」
「ま、待ってよ。なんの話をしているの?」
「いや、君の股ぐらに顔を突っ込んだところ、ピカッと光るものがあってね。なんだろうと思って中を覗き込んだところ、花火があがっていたんだよ。その美しさたるや、僕はこれまで見たことないね。一応、長岡やら大曲やら、有名な花火大会は一通り見てきたけれど、これほどのものはなかったよ。うん。玉の座りはいいし、盆も見事だ。肩の張りにしたって、消え口にしたって、一流の仕事だね。いやはや、無限に見ていられるよ」
急に饒舌となった夫の評論を耳にしながら、妻は自分が揶揄われているんだと合点した。そうなると次第に腹が立ってきて、再び、身体を取り戻すべくひねりを加えた。
「あ、待て! まだ途中なんだぞ!」
夫の呼びかけを無視して、妻は部屋の電気をつけた。そして、怒りと呆れが入り混じる中、そそくさ服を着用し、
「なにが途中よ。いい加減なこと言っちゃって」
と、むくれかえった。
「いい加減なことがあるものか。僕が花火好きだって知っていただろ。なのに、どうして黙っていたんだ。ヴァギナで花火をあげているって」
その声は至って真剣だった。故に、真面目に取り合う気がしなかった。まったく、いつまでやっているんだか。こうやって、肌と肌を触れ合わせるのだって数ヶ月ぶり。いいムードになっていると思い込んでいた自分がひたすらに情けなかった。
このままでは怒鳴るか、泣くか、暴れるかしてしまいそうだった。夫を遮断したかった。頭まで布団をかぶり、妻は自意識に沈む形で、モヤモヤゆっくり眠りについた。
その日を境に、毎晩、夫は妻を求めた。だが、必ず、花火を見たいと言い出すものだから、妻は欠かさず嫌がった。あまりのしつこさに耐え切れず、ついには寝室をわけると宣言した。
「ああ、そんな殺生な。僕は君の花火が見たいだけなのに。頼むよ。あの美しさをどうしても忘れられないんだ。もう一度、見せておくれよ」
そう懇願する夫の顔は悲しみに満ち満ちていた。妻は一人になったとき、悪ふざけにしては度が過ぎていると怖くなってきた。まさか、本当にヴァギナで花火があがっているのではあるまいか。
あり得ないことだとは思いつつ、妻は勇気を出して、スマホのインカメラで自らの股を撮影してみた。すると、画面にカラフルな花火が炸裂した。たしかにそれは美しかった。
夫に対して、申し訳なさが込み上げてきた。かと言って、謝るというのも違う気がした。だって、この花火はわたしのもの。夫だからって自由に見れるわけじゃない。
……ただ、その言葉は信じてあげるべきだったかも。実際に花火はあがっていたんだし。
悩んだ末、妻はその光景を録画し、夫に送信してあげた。まもなく、隣の部屋から、
「たまやー」
と、聞こえてきた。
(了)
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