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【ショートショート】自首キャンペーン (2,873文字)

 ベッドの上でYouTubeを見ていたら、スキップできないCMが流れて、総理大臣が神妙な面持ちで語りかけてきた。

「自首キャンペーンのお知らせです。本日、刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律が施行され、全国の警察署に自主専用窓口が開設されます。本日中に自分の罪を正直に告白した人は漏れなくすべてが許されますので、どしどし自首をしてください。あらゆる罪が対象です。なお、この機会に自首をせず、後日、過去の罪が発覚した際には規定の処罰が下されます。少しでも罪の意識をお持ちの方は自首することをオススメします。詳しくは各ご家庭にお送りしている資料をご確認ください」

 最初はよくある政府広報なんだと思った。でも、たしかにさっき、郵便受けに「自首キャンペーンに関するお知らせ」と書いてある封筒が入っていた。

 仕事帰りで疲れていたので、とりあえずテーブルの上には置いていたけれど、中身は確認していなかった。なにせ国の書類だ。税金やら年金なら面倒くさい内容に決まっていた。見るなら、余裕のあるときだった。

 ただ、今回は少しだけど胸が騒いだ。放置したらまずいことになるような気がした。

 CMが終わり、続きの再生が始まったVtuberの動画は止めてしまって、僕は慌ててリビングへ向かった。食べ終わったコンビニ弁当やサラダの器を雑にどかして、下の方に埋まっていた封筒を取り出した。それから、アメリカの子どもがプレゼントの封を開けるみたいに、その封をビリビリ開いた。

 そこには先ほど総理大臣が述べた通りのことが書いてあった。加えて、確認するよう言っていた自首しなかった場合のこともびっちり記されていた。まるで契約書の説明文だった。

 さすがに読んではいられないので、ネット検索し、要約を探した。様々な記事が次から次へとヒットした。一応、複数のサイトを眺めてみた。で、わかった。これはめちゃくちゃヤバいやつっぽい。

 結論、自首キャンペーンで自首しなかった罪はどんなに軽微なものであっても、一律、処刑されるらしい。しかも裁判の判決を要さないとかで、見つけ次第、銃殺される可能性が高いという。

 いやいや、ここは法治国家だろ。そんなふざけた話があるのかよ。

 でも、有識者曰く、適切な手続きを踏んで施行された法律だから、いまさら文句を言っても仕方がないという。「それなら、この前の選挙で野党に投票したらよかったのに」とイヤミなつぶやきを投稿し、ちゃんとXで炎上していた。

 なるほど、日々の生活が忙しく、政治は全然終えていなかったけれど、こんなことになっていたとは。「右傾化が懸念される」とか、「強権的な政府の姿勢に反発集まる」とか、SNSでニュースの見出しぐらいは目にしていた。しかし、流石にここまでとは……。想像だにしていなかった。

 聞けば、自首キャンペーンの開催が決定してから、犯罪率が大幅に上昇しているそうだ。7月3日まで捕まらず、自首することができれば例外なく許されるので、駆け込み殺人や強盗が増えていたとか。ただ、ほとんどの犯人が計画不足ゆえ、すぐに逮捕されてしまったらしい。

 そして、そのことは警察の優秀さのアピールにつながった。警察庁長官の「我々はどんな罪でも必ず見つけ出します。少しでも罪の意識をお待ちの方は自首キャンペーンで自首することをオススメします」というコメントが僕の知らないところで大きな話題を呼んでいた。

 心臓がバクバク鳴った。一応、これまで僕は真面目に生きてきた。一度も罪を犯していない。自首キャンペーンなんて関係ないさと無視して問題ないはずだった。

 とはいえ、万が一、無自覚な行為が罪と認定されてしまったら、取り返しのつかないことになる。そう考えると小学生の頃のイタズラだったり、別れた元カノに対して吐いた暴言だったり、スーパーで多めに渡されたお釣りを気づかぬフリして受け取ってしまったことだったり、忘れていた小さな罪が次から次へと思い出された。こんなことなら、いっそ、大きな罪を犯すべきだった。

 時刻は22時をまわっていた。調べると、うちの近所の自社専用窓口は24時までやっていた。これはもう、行くしかなかった。さもなくば、ストレスで頭がおかしくなりそうだった。

 警察署の前はすごい人だかりだった。みんな、自首をしに来たのだろう。若い婦人警官がパワフルに行列をさばいていた。

「現在、ここにお並びの方は24時を過ぎても自首キャンペーンが適応されます。ご安心の上、落ち着いて順番をお待ちください」

 助かった。肩の荷が降りて、ようやく人心地つくことができた。ここまできたら、後は時間の問題だった。

 ホッとしつつ、最後尾についたところ、すぐに新しい自首希望者がやってきて、おばさんだったのだけど、

「ここに並べばいいんですか?」

 と、聞いてきた。

「はい。並んでいれば、受付が24時を過ぎても大丈夫みたいです」

 おばさんの表情は暗かった。

「政府はいったいなにを企んでいるんでしょうね。噂では自首キャンペーンで国民をコントロールしようとしているって話だけれど」

「そうなんですか」

「ええ。だって、おかしいでしょ。自首をする人がこんなにたくさんいるだなんて。みんな、大した罪を犯してないのに、念のため、自首をしに来ているだけよ、きっと。わたしだって、赤信号を無視して渡ったことが気になっただけ。どうして、それで怯えなくっちゃいけないわけ」

 ささやき声で怒るおばさんには困惑したが、概ね、僕も同じ気持ちだった。ただ、こんな風に国の方針に文句を言うことも、なんらかの罪になってしまいそうで、

「まあまあ。自首すれば大丈夫ですから」

 と、なだめずにはいられなかった。

「本当にそうかしら。許すなんて言葉、どこまで本当かわからないわ。国民、一人一人に罪の意識を植え付けさせ、マイナンバーに紐づけることが目的だってネットじゃ言われているし、正直、信用できないね」

「でも、なんのために」

「そんなの戦争をするために決まっているでしょ。無理やり国民に恩を売って、命懸けの奉公をさせようとしているの。絶対に」

 汗ばみ、瞳孔を広げたおばさんは鼻息荒く、そう断言した。陰謀論が過ぎる気もするが、たしかに、この自首キャンペーンは普通じゃなかった。

 そんなことを言っている間にも、次から次へと新しい自首希望者がやってきて、列は遥か遠くまで続いていた。

 もはや、自首キャンペーンがなんのために行われるのか、考えるだけ無駄だった。国に許してもらわなければ生きていけない。死にたくないから罪を認める。それだけで十分だった。

 相変わらず、おばさんは声を殺して騒いでいた。いよいよ相槌を打つのも面倒くさくなってきた。国に許され、早く楽になりたかった。

 そのとき、例の若い婦人警官がこちらに近づいてきた。確実に僕らの方を見ながら、大きく声を張り上げた。

「現在、ここにお並びの方は24時を過ぎても自首キャンペーンが適応されます。ご安心の上、落ち着いて順番をお待ちください」

 とうとう、おばさんは静かになった。

(了)




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