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【ショートショート】女の子になってしまった (1,918文字)
お母さんのお腹にいたとき、エコー検査でお医者さんが、
「女の子ですね」
と、言ったからわたしは女の子になってしまった。
生まれて、オギャーと泣いたとき、助産師さんが、
「可愛い女の子ですね」
と、言ったからわたしは可愛い女の子になってしまった。
お母さんはわたしと兄を比較した。
元気な男の子として生まれた兄は暴れても、騒いでもニコニコ許された。可愛い女の子として生まれたわたしが同じことをすると怒られた。別に暴れたいわけでも、騒ぎたいわけでもなかったので、怒られないように振る舞った。それを見て、お父さんは、
「やっぱり、女の子は小さくてもしっかり者なんだなぁ」
と、喜んでくれた。だから、わたしはしっかり者になってしまった。
スカートを履いたのはスカートを履いた方がよさそうだったから。お人形遊びやおままごとをしたのだって、その方がよさそうだったから。そこに不満があるわけじゃない。だいたい、自分の中にどうしたいなんてものはひとつも存在してなくて、みんながどうしてほしいのかに合わせるのが当たり前だと思っていた。
五歳の春。お母さんが、
「ピアノとバレエ、習いたい?」
と、聞いてきた。その顔と声はいかにも頷くことを望んでいたので、わたしは笑顔で首を縦に振った。
幼稚園で男の子たちと校庭で遊んでいたら、お父さんが、
「本当に外で遊びたいのか?」
と、言ってきた。その顔と声はいかにも否定を望んでいたので、わたしは悲しそうに首を横に振った。
小学校では優等生になった。中学校では優等生過ぎると損をしそうだったので、適度に力を抜いた。高校時代、友だちといるときはバカをやり、彼氏の前ではわかりやすくキュートに振る舞った。一応、お母さんといがみ合ったり、お父さんを毛嫌いしたり、反抗期もそつなくこなした。二年生の冬から予備校に通った。大学受験にコツコツ備えた。結果、東京の有名な私立大学に合格した。進学後は研究に恋にサークルに、バイトに就職活動に、青春らしいとされるものはすべてコンプリートした。どれも漫画やドラマ、映画で見てきた通りにやった。
社会人を三年やった。三年やりたかったわけじゃない。とりあえずは三年続けろと言われているからそうしてみた。
結婚をした。相手は学生時代から付き合っている彼氏だった。それが一番いいと誰かが言っていたのだ。もちろん、結婚前にいろいろな男を試した方がいいと聞いてもいたので、マッチングアプリを使って可能な限り浮気もした。
二十代で子どもは産んだのも誰かの意見に影響されたんだと思う。一人より二人がいいというのも。流山のマンションは引っ越したのもそうだし、車をSUVにしたのもそうだった。夫婦それぞれ育休制度を使ったのだって、いまはそれがいいとされているからだった。
幼馴染がうちに来て、
「ほんと、幸せで羨ましい」
と、言ってきたので、わたしは自分が幸せなのだと気がついた。いまいち実感はなかったけれど、きっと、そういうものなのだろうといつも通り受け入れた。
なのに、たまたま、テレビで変なものを見てしまったせいで、わたしの心はざわついた。
それは昼過ぎ、二歳の息子がテレビを見ながら眠ってしまったせいだった。つけっぱなしのEテレを消そうとリモコンに手を伸ばしたところ、日本文学を紹介する番組が始まって、ヘンテコな詩が朗読された。
肖像画に
まちがって髭を描いてしまったので
仕方なく髭を生やすことにした
門番を雇ってしまったので
門を作ることにした
一生はすべてあべこべで
わたしのための墓穴を掘り終わったら
すこし位早くても
死ぬつもりである
つい、耳を傾けてしまった。なぜなら、それはわたしにとってあべこべでもなんでもなかったから。
女の子になりたくて女の子になったわけじゃない。可愛くなりたかったわけでも、しっかり者になりたかったわけでも、学校に楽しく通いたかったわけでもない。青春なんていらなかったし、素敵な旦那さんと出会う必要はどこにもなかった。
しなくてもいいなら、たぶん、出産はしなかった。生まれてきた子どもたちを否定するつもりはないけれど、母になる気など、わたしにはさらさらなかった。
なに不自由ない暮らしは本当に自由なのか? 永遠の愛は奴隷契約となにが違うのだろう。誰かが決めた幸せを追い求めなきゃいけない人生って、最高に不幸せ!
ふと、我に返り、慌てて電源ボタンを押した。感 考えちゃいけないことを考えているようで、たまらなく怖くなったのだ。
そのとき、真っ暗になったテレビ画面に女の顔が反射した。よくよく知っているはずなのに、知らない女の顔だった。
(了)
参考資料
寺山修司『わたしのイソップ』(思潮社『全詩集 - 寺山修司コレクション』より)
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