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【映画感想文】オカン、ほんまに頑張った! というか、ガチで「諦めたらそこで試合終了」なのって怖過ぎるよ - 『ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ』監督:アンドレアス・ドレーゼン

 最近、映画館へ行くたび、面白そうな予告編が流れているので、すぐにまた映画館へ行ってしまう無限ループに入り込んでしまった。

 『ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ』もその一本で、2001年10月、無実の息子がグアンタナモに収監されてしまったドイツのオカンが奮闘努力した結果、当時のブッシュ大統領を訴えるというウソみたいな実話である。

 明るさと笑顔でオカンが問題を解決しちゃう話なんだろうなぁって想像しながら見に行った。タイトルのくだけた感じから言ってもコメディなんだと思っていたから。

 でも、全然違った。

 いや、明るさと笑顔はその通りだし、全体的にコメディっぽい作りではあったのだけど、息子が信じられないほど解放されないのだ。

 この悲劇に見舞われた不運な家族はドイツに暮らすトルコ系住民。たぶん、そのことが大きく影響している。なにせ、ドイツ政府に助けを求めれば、トルコ政府に頼れと言われる。トルコ政府に助けを求めれば、ドイツ政府に頼れと言われる。露骨にたらい回しされてしまうのだ。

 弁護士にしたって、味方になってくれる人はほとんどいない。なにせ、アメリカ同時多発テロの一ヶ月後のことである。ドイツにも911の被害者はたくさんいる。そのタイミングでタリバンの疑いがある人物を弁護しようなんて殊勝な人はそうそういない。

 結果、電話帳で調べて、会いに行った相手が国際的に仕事ができる人権派弁護士で、検察内部とも話ができる人だったからよかったものの、そうじゃなかったら、きっと、八方塞がりだったと思う。

 映画がしゃべれないドイツのオカンがワシントンに飛んで、同じように子どもグアンタナモに収監されてしまった被害者家族の会に参加し、スピーチをしたり、テレビに出たり、頑張りまくる姿に心打たれる。

 内々にアメリカは息子はタリバンじゃないと確認ていたという情報も入ってきたし、ブッシュ大統領を訴えたら最高裁は憲法違反という判決も出してくれたし、やったね、オカン!

 と思っていたら、なぜか拘束は終わらない。気づけば、戦いの日々は5年近く続いてしまったのだった。

 こうなってくると応援してくれていた人たちも疲れてくる。家事は蔑ろになってしまうし、他の子どもたちと交流する時間は減ってしまうし、夫からは、

「いい加減にしろ」

 と、怒られてしまうんだから、とっても不憫。また、息子のお嫁さんからも、

「これ以上待てない」

 と、言われてしまうし、息子の無罪を信じていたみんなは如実にげんなり。次第にこれどけ解放されないってことは、あいつはなにかやらかしたに違いない! と考え始めてしまうのだった。

 いわゆるフロイトの合理化ってやつ。受け入れ難い現実に対して、きっとこういうことなのだろうとそれっぽい説明で自分自身を納得させようとする心理のことで、過剰なストレスに対処する人間の防衛規制。こうして家族はバラバラになっていく。

 もうダメなのかもしれない。さすがのオカンも笑顔を保っていられなくなったとき、ついに転機が訪れる。ドイツで政権交代が起き、メルケルさんが首相になったことで国内の政策が大きく変わり、あっという間に息子の帰還が決定する。

 そんなわけで物語的にはハッピーなエンドで幕を閉じるわけだが、これを鑑賞している現実世界の我々にとって、それはまったくハッピーなエンドじゃない。

 だって、一人の人生が奪われ、その家族も破壊されるような出来事なのに、政策ひとつですべてが決定されていたということなのだから。恐ろしいにもほどがある。

 作中で明言はされていないけれど、絶えず匂わされているのはドイツのトルコ系住民に対する差別意識。

 もともと1960年代、労働者不足を解消するため国が率先してトルコからの移住者を受け入れている。70年代のオイルショックで国際的な取り決めは停止されるが、すでに入国したトルコの人たちはドイツで結婚したり、出産したり、当たり前だけど定住していた。

 ちなみに、この映画のオカンはこの時期、ドイツにやってきたものと推測される。

 で、80年代に東西が統一されると政府は移民を否定するようになり、トルコ系住民の社会的な保障を十分に用意しない形で消極的な排斥運動がなされてしまう。

 ただ、国が移民と認めていなかったとしても、トルコの人たちがドイツで働いているのは現実であり、その存在を無視するのはあり得ない。

 というわけで、90年代には外国人法が改定され、帰化でドイツ国籍を獲得できるようになった。また、2000年代には国内で生まれた外国人労働者の子どもは18歳からドイツ国籍を選択できるようにもなった。

 もちろん、これには移民を否定していた保守的な勢力は大きく反発。中には暴力行為に出るものまで現れた。ネオナチの登場である。

 ゾーリンゲンの悲劇をはじめ、ネオナチがトルコ人の家に放火したことで多くの人が亡くなった。2000年代に無差別テロと思われていた事件が後に、「国家社会主義地下組織(NSU)」と呼ばれるネオナチグループのトルコ人をターゲットにした犯行だったと判明している。

 結局のところ、当時のドイツ政府がグアンタナモに収監されたトルコ人青年を救出しようとしなかったのは、保守層の反発を恐れてのことだったのだろう。

 はあ……。しんどい……。

 だいたい、アメリカにしたって、グアンタナモというどの国にも属さない治外法権エリアを作って、人権を無視した拘束や拷問を行なっているのも、911によって高まったナショナリズムを味方につけたかったから。

 このような方法は政権維持のテクニックとして確立し、各国で悪用されているとジャーナリストのナオミ・クラインは『ショック・ドクトリン――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』の中で指摘している。

 してみれば、息子がグアンタナモに収監されたことも、それが理不尽に5年近く続いたことも、正義とか真実とか関係なくて、単に、政治の都合によるものなわけで、いま、わたしたちはそういう世界に生きているのだと、嫌なことに気づかされてしまう。

 もし、自分だったらと考えたとき、このオカンみたいに声を上げ続けられることができるだろうか? なにをやっても前に進む感覚がなかったとしても、戦い続けることができるだろうか?

 たぶん、できない。でも、できっこないをやらなきゃいけないのだ。

 未だ、グアンタナモに収監されたままの人が39人もいる。当初、779人が収容されて、うち有罪は8人しかいなかった。しかも、そのうち3人は上級審で判断が覆っている。システムとして破綻しているのは明らかなのに、CIAも国防総省も一切謝罪していない。

 諦めたらそこで試合終了なんだよね、ガチで。

 日本だって、他人事じゃない。技能実習制度で外国から労働力を受け入れているのに、これは移民じゃないと言い張っているし、北朝鮮の拉致問題も気づけばなにも言えなくなっている現政権。

 いつか、みんな、オカンみたいに頑張らなくちゃいけないときがくるかもしれない。




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