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今日のジャズ: 6月14日、1997年@イリジウムNYC

Jun. 14, 1997 “Alive”
by Jacky Terrasson, Ugonna Okegwo & Leon Parker at Iridium, NYC for Blue Note

90年代に躍進したフランス系混血ピアニスト、ジャッキーテラソンがデビュー時の勝手知ったるメンバーと共にマンハッタンのど真ん中に位置する1994年に開店した比較的新しいジャズクラブ、イリジウムで1997年の6月に収録したライブアルバム。

生命の息吹が感じられる六月のマンハッタンでの演奏ということもあって、スタジオ収録アルバムを凌ぐ勢いと活力漲るダイナミックで力強いトリオ演奏が繰り広げられている。

冒頭曲のエリントン作、「昔は良かったね」もモンクのような崩しや揺らぎを吸収したテラソン独特の語り口で、我が道を行くとばかりにベースのウゴナオケーゴによる強靭なビートと共に進行していく。本家の王道演奏にご興味がある方は、こちらをどうぞ。

三曲目は、本作の四ヶ月前に亡くなったレジェンドドラマー、テラソンが共演歴のあるトニーウィリアムスに捧げられた名曲、”Syster Cheryl”の濃淡が効いている演奏。静と動のメリハリが効いていて、ドラムのレオンパーカーがテラソンの激しいパーカッシブな演奏に反応して容赦無く叩きまくる。

本作から遡る事、12年前の6月マンハッタンで収録された本家の爽快な演奏はこちらでお楽しみください。

六曲目は、テラソンが好んで演奏するコールポーター作のスタンダード曲”Love For Sale”。ベースラインは、ハービーハンコックによるファンクジャズの名曲、「カメレオン」の特徴的なフレーズを土台にしていて遊び心が満載です。

テラソンが敬愛するハンコックによるオリジナル「カメレオン」はこちらです。

テラソンは、テナーサックスの巨人デクスターゴードン主演映画「ラウンド・ミッドナイト」のパリでの撮影に立ち会ってエキストラ出演を果たし、そこでハンコックと面識を持ったという縁があります。

ハンコックのFacebookに掲載の1986年当時の写真
左からハンコック、テラソン、ゴードン

同メンバーによる”Love For Sale”のスタジオアルバムバージョンは、こちらでお楽しみください。ライブ演奏には如何程に自由度が高い奔放感が織り込まれているのか、相対比較で認識できると思います。

このトリオによる本作二年前に収録されたスタンダード曲、”Bye Bye Blackbird”の演奏の映像があるのでご覧ください。独特のテラソン節が随所でてんこ盛りなのと、ミニマリストなドラムセット(この映像ではスネアドラム、バスドラムとシンバル1枚のみ)のレオンパーカーのグルーブ感、その間を絶え間なく行き来してブリッジをしながらも活力を付加するベースのウゴナオケーゴの絶妙な組み合わせは、当時最前線の秀でたピアノトリオの一つだったと思う。

さて、本作の会場となったジャズクラブ、イリジウムの特長は、先ずブロードウェイの中心地(住所: Broadway 1650)というロケーション。タイムズスクエアは徒歩圏内、エドサリバンシアターから三ブロックという好立地。

ブロードウェイと51丁目の交差点に面する

そしてエレキギター奏法の開祖の一人、レスポールが2009年に94歳で天寿を全うする直前まで毎週月曜日に登場する名物イベントを14年以上にわたって開催する事で知名度を高め、新鋭ながら現在の地位を確立している。

レスポールとレスポールギター
収容人数は180人とブルーノートNYと同規模

そのレスポールというと本人よりもその名を冠したギターの方が今や名が通っているかもしれない。1952年にギブソンから発売が始まって今日まで根強い人気がある。

レッドツェッペリンのジミーペイジ
エアロスミスのジョーペリー
ガンズアンドローゼスのスラッシュ
イリジウムにてレスポールとの共演歴がある
B’zの松本孝弘氏
シグネチャーモデルが販売されている

レスポールは、ギタリストと共に発明家とも評されていて、それはこのレスポールギターの開発のみならず、世界初の多重録音を行なっているから。以下、1953年10月23日放送のテレビ番組でジャズスタンダード曲”How High The Moon”を題材とした貴重な24チャンネル多重録音の実演公開映像が残っている(前段で諸々の解説等があるが、その演奏は5:15から観る事が出来る)。

多重録音は、レスポールが考えずともいずれは誰かが編み出したかもしれないが、この発明が現在の録音技術の基礎となっている事を考えると、上記映像で確認できるレスポールの華麗なギター奏者としてのテクニック、エレキギターの開発に加え、クリエイティブやエンジニアリングの側面でも音楽界への貢献は計り知れない。これを突き詰めたクイーンのギタリスト、ブライアンメイの壮大なギターオーケストレーションはレスポール無しには生まれていなかったかもしれない。

さて、話をテラソンに戻すと、2007年にこのトリオがリユニオン公演をする際に運良くニューヨークを訪れていたので足を運んでみた。この時のエピソードが二つある。一つ目、開演前に列に並んでいると、直後に並んでいたお洒落な二人組の男性から「その靴、素敵だね」と声を掛けられて、話を始めたところ、そのうちの一人は「ピアノの詩人」と評されるフレッドハーシュのマネージャーだと言う。

ジャズギターの鬼才ビルフリゼールとのデュオアルバムを持っていたので「良いアルバムだね」と投げかけると「何故か分からないけど、皆このアルバムの話をするんだよな」とのこと。そんな話をしながら、このトリオが業界人も足を運ぶ程の注目を浴びているという事を認識した。因みにテラソンの別のとある日のビレッジバンガード公演では、マイケルブレッカーが聴きに来ていたのを目にした事がある。テラソンの作品にゲスト参加していた関係なのだろう。

アルバム名の通りジャズスタンダード曲集

二つ目は、第一部の女性ボーカルバンドの演奏がたいそう盛り上がった反動で起きた。盛り上がったためお目当てのトリオ公演開始が遅れること暫し、待ちわびた観客が会場に入って演奏が始まると、テラソンの様子が何かおかしい。楽屋の方から第一部で盛り上がった演奏者達の話し声が漏れ聞こえてくるのだ。バラードの曲の演奏途中で痺れを切らしたテラソンが、突如として立ち上がりステージを飛び降りて背後にある通用口に駆け込み「おい、君たち、演奏中は静かにしてくれないか!」と静まった会場に声が響いたあとに瞬時に戻って来て何も無かったかのようにピアノの演奏に戻るという、その俊敏さに驚いたというエピソード。

そんな事がありながらも、トリオは本作よりも円熟味の増したパーカッシブな演奏を繰り広げ、そのトリオミュージックに心酔した。記念にと演奏後にテーブルに置かれていた公演案内に、3人のサインをもらったのがこちら。

テラソン、オケーゴ、パーカーの頭文字でTOP
3人とも強靭なサングラス姿の強面
サイン箇所のバランス感覚が演奏にも表れている

それぞれに個性がある奏者が癖の強い演奏を繰り広げるので好みが分かれるところではあるものの、その個性がプラスの方向で化学反応を起こすと、類稀なトリオと名演が生まれる、という好例が、この三人。その最高傑作は、迷う事なく1996年収録の”Reach”を挙げる。スタンダードを交えた選曲でトリオが高レベルで融合して疾走している好演を、ハイエンドオーディオの著名エンジニア、マークレビンソンがマイク二本で収録しているという稀有な作品(裏ジャケットには”Mark”ではなくて”Marc Levinson”というフランス語的な表記ミスがある)。然るに演奏のみならず、オーディオ的にも聞き応えがある一作。

LEXUSのプレミアムサラウンド
サウンドシステムに採用されている
レビンソンはポールブレイとのベース共演作もある

さて、このトリオ、現在は別々の道を歩んでいるようだが、個人的に思い入れもあるので、また集う日を楽しみにしている。

最後に、テラソンに興味を持たれた方は、こちらの演奏もどうぞ。前者がサイドマン参加作品、後者はトランペットとのデュオ演奏です。

今日も素敵な一日をお過ごしください。

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