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お願いです!『介護の大変さ』をあなたの基準で判断しないで

私は現在、夫と幼児の子ども2人と要介護の実母(現在入院中)と暮らしています。
今回は、要介護の実母との生活を通して介護で一番辛かった事について書こうと思います。
ただ、今回特に読んで欲しいと思うのは、主な介護者(以後 主介護者と表記)ではなく、その周りの人、介護されている被介護者の親族の方などです。

無理解が一番辛い

 まず、結論から先に言いますと 私が主介護者として母の介護を行ってきた中で一番辛かった事は

『周りの無理解』でした。

私が経験した周りの無理解

実際に私が経験した『無理解』の事例を上げますと…。

声かけをしなければ食事をしない
お風呂に入らない
もちろん 家事なんて何の事?

といった状態の母を抱えて、第一子出産を控えていたある日…

叔母から、にこやかに言われた一言
「子育ても同居だと、お母さんに助けて貰えるから良いね。」

こんな事を言いつつも、この叔母さんに他意はない…
私の状況を『里帰り出産』くらいの感覚でとらえているから出てきた発言なので

「はい。そうですね!」 
と答えながら
内心
『あなたが、助けてくれる予想をしている母を、助けるのは私なんですがね~💧』
とツッコミを入れていました。

 
また、私には兄と姉がいるのですが、その兄姉と喧嘩になった時には
「私らが家を出たから、あんたはそこで生活できるのよ!わかってる?」
と言われました。

…いやいや!
私から言わせれば
「私が一緒に住んで、母の介護を一手に担っているから、あなた達 兄姉は、何の苦もなく自分たちの生活を送れてるいるんだよ!わかってる?」といったところです。

実際に、私が普段どんな介護をしていたか というような話は あえてしません。

けれど 親を頼れる友人や、子どものみに集中して育児ができる人が 心底、羨ましいくらいには大変でした。

ギリギリの生活と溝への怒り

 実際の介護と 周りの思ってる介護に 結構な溝を感じたとしても
心に余裕があれば「ハイハーイ」と流せるものなのですが
いつも、必ず起きるアクシデントに対応しながら、日々の生活をこなすのは
夜、布団に入れば秒殺されるくらい疲れます。
バタバタで心にも余裕がなく…
そんな時に理解の溝を感じてしまうと
フツフツと『怒り』が沸き起こります。

「なぜ大変さ理解してくれない?」
「手は貸さないのに口だけ出す親族ってなに?」
「兄姉の事も思って同居したのに…」
「虚しいわ…」
などなど…

いろいろな負の感情により『怒り』が沸き起こってる時に
子どものイタズラや母のアクシデントなんて起きた日には最悪です…。

怒りの感情は比較的、ケア対象に向かいやすいものです。
これを読んでる主介護者さん!!

『自分が怒っている対象は、子どもや老人ではない』

この事をどんなに怒りで取り乱したとしても頭の片隅に入れて置いてください。

私は、本当に頑張っているあなたが『虐待者』になることを望みません。

最近親族からの当たりがきつい? 
その理由は主介護者が『介護理解の溝』を感じたからかも?

「以前は良好な関係だったのに、最近ある親族からの当たりがきつい」
「兄弟が最近いつもイライラしている…なぜだろう?」

そんな事を感じている方。
もし、その不機嫌な人が、あなたの親族を介護している主介護者であったのなら
「理解してくれない」
と怒っているのかもしれません。

1度思い返してみてください

「お前はいいな~」
「介護度は低い方だしね」 

こんな言葉を言った記憶はないでしょうか?

記憶があるという方は
「あんなことを言ってごめん。大変さをなかなか理解出来ていなかった」とすぐに謝ってあげてください。
傷は長い時間放置すると化膿するものです。

記憶がない方でも
主介護者と良い関係でいたいと思うなら
「いつも介護してくれてありがとう。あなただけに負担を多く背負わしてごめん。感謝しているよ」
と言ってあげてください。

すぐに関係改善はなされなくても大丈夫です。
主介護者は「私が介護をしよう」と思えるほど優しい心の持ち主です。
感謝と謝罪はきっとそのうち伝わりますよ。

介護は周りが思うよりずっと大変!!

周りの人は主介護者に寄り添う姿勢で…

人間は長く生きてきても、自身で経験しなければ、案外その事柄を本当に理解するのは難しいものです。

『介護の大変さを経験した人』と『介護の大変さはわかってるつもりの人』では主介護者からしたら大きな違いがあります。

心からのアドバイスであっても『わかってるつもり』の人からのアドバイスは『手を貸さず口だけ出す人』に成り下がるリスクが大いにあります。

主介護者の親族の事を思うのであれば
まず
『自分が思っているよりも主介護者は大変かもしれない』という思いを持ち
アドバイスではなく
「いつもありがとう」
という感謝の気持ちを伝えてあげてください。
それだけで主介護者の日々の努力は報われるものです。

その上で更に手を貸したいのであれば
「明日、私が被介護者を見てるから気分転換にお出かけでもしてくれば?」
「この日の通院なら私が行けるよ!」
など、具体的な提案をしてあげてください。

ただ「出来ることがあればやるよ!」
だけでは、普段介護をしてない人がどんなことができるのかわかりませんし
形式的に手伝いを言い出すことで、介護に参加できない事への逃げ道を作っているように感じ取られてしまうかもしれません。

そして、自身が間接的にでも主介護者が経験した介護を体験することで、ようやく介護の大変さを少し理解できるものだと
私は感じています。

お願いです!
介護を経験していないのに
あなたの基準で介護の大変さを決めないでください。

それは
あなたの親族である主介護者を
ひどく傷つける行為に他なりません。




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