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ペロ

家内と一緒に買い物に行った。ショッピングモールを歩いていると、携帯キャリア会社のキャンペーンブースがあった。くじ引きをして、当たればビニール製の犬が貰える。

家内が言った。

可愛い。欲しい。

え?

私は、思わず声を出して、家内のこの言葉に耳を疑った。

あれは、まだ長女が小学校の低学年の時期のことだった。長女が、ちょうどこのキャンペーンの当たりのおまけと同じビニール犬を可愛がっていた。かなりのお気に入りで、長女はその犬を、ペロと名付けていた。

ペロは、足のところに車がついていて、首輪についた紐を引くとついてくる。長女はそうやって、よく家の中で連れて散歩をして遊んでいた。ただ、長女はあまり片付けが得意ではない。それを、幾度となく家内は、注意をしていた。

そして、このペロと同時期に、大きなビニール製の起き上がり小法師が我が家にやってきたのである。家内が何かの懸賞で当てたものだった。高さは170㎝くらいある。底には重りがついていて、パンチやキックをしても、起き上がってくる。キャラクターは、ナルトに出てくるイタチだった。これはなかなか面白いおもちゃだった。

ところがこれが、ちょっと大き過ぎた。私と長男、長女も、これを叩いたり蹴ったりして大いに遊んだ。だが、あまりにも大きすぎて片付ける場所がない。必然的にリビングに置きっ放しになる。そして、大きいので、暗がりで見ると、さながら不審者の人影に見える。これが怪しいし怖いのだと、家内はぼやくようになった。リビングには、常に、イタチと共に、長女の愛犬のペロが置いてある状況になった。

数ヶ月経ち、年末、大掃除の時期が来ようとしていた。家内は、ことあるごとにイタチが邪魔だと言い続けていた。そして12月のある日曜日にその日は来た。

家内が私に言った。

イタチ、もう、捨てよう。

えっ?

イタチは、かなり傷んでいて、穴もあいていたのは事実だ。

翌日の月曜日、私は、計画年休だった。その日にイタチ解体は、実行されることになった。家内は、カッターナイフを持ち出し、私にイタチを押さえつけるように言い、気持ちよく切り裂いていった。そして不燃ゴミの袋に詰めて廃棄作業は完了した。

そして、家内が不思議なことを言い出した。

ペロも、捨てちゃおうか。もう、最近遊んでいないし。

私は、それは違うと主張した。それは、長女の可愛がっている犬、ペロである。決して、ただのおもちゃではない。そして、長女は、時々、ペロを今でも散歩させている。そして、ペロはまだ無傷で健在だった。

ところが、廃棄モードに入った家内は、止まるところを知らなかった。説得し、制止する私を遠ざけ、ペロは、とうとうイタチと同じ運命を辿ることになった。

その日の夕方、長女が帰宅してきた。

第一声が、

あれ?イタチ、いなくなっちゃったの?

だった。

あ、うん。ママが、そのぉ。捨ててしまった。

ふーん。

と、長女は言いながら、トイレに向かった。

そして要を足した後、突然、走り出てきた。

そして、言った。

ペロは?ペロは、どこなの!!

ペロのことが急に心配になったのだ。そしてその心配は、既に的中している。

それを聞いて、洗濯物をベランダから取り込んできた家内が、事も無げに事情を話した。長女は、結末を知るや、大号泣をした。そしてそれはしばらく止むことはなかった。

私は、ビニール製の犬を見て可愛い、欲しいという家内に、ペロ事件のことを話して思い出させた。

すると、

覚えていないのよね。きっと、私じゃないのよ。それ。そんなひどいこと、私には、できないもの。

いやいやいや。あなただよ。私は、呆れて言葉に出ず、心の中で呟いた。

そして、家内は、続けて言った。

じゃあ、この犬、当てて持って行こうかしら。

長女は、この春、就職して一人暮らしをしている。家は綺麗に片付いていて、余計なものは一切置いていない。

そこに、ペロを思い出させるようなことを意図的にやったりしたら.....。

想像するだに恐ろしいとは、こういうことを言うのだろうと、思った。

結果的に、家内のその企ては、実行されることなく無事に今、我が家は、仲良く暮らしている。

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