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この夏、移動を自粛してほしいと知事が声高に発声していた時期ではあったが、どうしても片付けなければならない所用があったので、やむなく家内と2人、車で1泊だけの弾丸帰省をした。所用が終わり、帰路につく前に、長男の自宅に立ち寄った。本当に過保護で甘いが、汚くなった部屋の掃除を肩代わりする、という名目だった。

長男の自宅とは言っても、1LDKの狭い賃貸マンションだ。しかしそれでも、家賃はかなりの金額だったと思う。毎日の掃除さえ習慣にしていれば、それほど汚くはないはずだが、若い男の独居三年目となると、かなり混沌としてしまっているというのが、実態なのである。

家内は、ベッドや机のある部屋。廊下、シンクまわりを。私は、我が家での役割同様、トイレと洗面所と風呂場である。そして特に汚れているのが、なんと言っても、風呂場である。

排水溝をはじめとして、壁、出入りする扉の下のあたり。そして、鏡台の下。汚れてくると、さらに掃除をしなくなり、さらに汚れてきて、触らなくなり、そして放置されていく、という悪循環になる。


掃除自体は、いつものことなので、家内にしても、私にしても、時間さえかければ滞りなく終了する。ただ、風呂場の汚れがかなりきつかったので、それ相当に時間がかかった。帰りの時間があり、手際良く仕上げるために、トイレはイレギュラーで家内にやってもらい、私は洗面所までということで一部免除になった。

風呂場は、丁寧に掃除をしたあと、天井も壁も床も、綺麗に拭き上げた。すると、家内が秘密兵器を持ち出してきた。

これ、やってね。仕上げにね。

それは、お風呂の防カビ燻煙材だった。私は、

こういう高価なもの、我が家には、無いよね。

と言った。すると家内は、

そんな贅沢、我が家では、できないでしょ。

と、こたえた。


家内は、かなりの過保護である。風呂掃除をしてやる私も相当な過保護だが、長男の場合は、過保護のカホコではなく、さしづめ、過保護のカホオだろうか。

私は、ちょっとないんじゃない?と、心の中で小さく呟いた。


さて、晩ごはんだ。家内は、私に、すごいものを出してきた。それは、3日前に長男が作ったスパゲティだった。パスタが多すぎてミートソースが行き渡らず、あまり美味しくなさそうと感じたので冷凍庫に入れておいたものらしい。

それが、ラップもせず、そのまんまの形でカチカチに凍結していた。私はそれを一瞥して落胆し、心の中で力なく呟いた。

これ、ショーケースに入っている、食品サンプルじゃん.....。

家内は、

食べ物を捨てるなんてもったいないし、生ゴミを出す日は、昨日だったから捨てられないし。あなたが食べてくれたら嬉しいな。

と、目をウルウルさせて懇願してきた。

私は、食べ物を大切にする人間だ。だから、何も言うまい。しかし文脈からすると、私のお腹は、生ゴミになる前の食品サンプルを入れ込む、さながらディスポーザーだよな。と、心の奥底の暗闇に隠れて、誰にも聞こえないように、ため息混じりに呟いた。

レンジでチンしたサンプルは、ミートソースは薄かったものの、意外に美味だった。そして私のポンポンは強いので、お腹が痛くなることもなく、車での長距離の帰路を、難なく走り抜いた。

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