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小説シリーズ

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2022年1月の記事一覧

ランドマーク(119)

ランドマーク(119)

 少し前、母はわたしに説明してくれたことがあった。

 人間の血が赤色をしているのは、ヘモグロビンのせいだと。

 ヘモグロビンは肺で取り込んだ酸素を体中へ運ぶ役割がある。

 そのくらいのことは学校で習った覚えがある。わたしはベッドに腰掛けながら、傍らにある口から発せられる言葉を耳へ流し入れていた。母の顔を見る気にはなれそうもない。ただ、母の振る舞いがわたしの想像と異なっていることは理解できた。

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ランドマーク(120)

ランドマーク(120)

 わたしの感情を確かめるための検査なのだと、その後に母さんは語った。非常事態が発生した際に、どれだけ冷静に対処できるか。わたしは当然失敗だと考えていたんだけど、

「承認が下りた」

 感情を煮込んだ鍋のような声色で、母さんはわたしにそう伝えた。わたしにとってそれは驚きだった。覚えている。わたしはあの時、それまでにないほど生に執着して、かつてないほどの喪失の可能性に向き合うことを恐れ、そして自身の

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ランドマーク(121)

ランドマーク(121)

 あの山を舘林と二人で下ってから、だいたい半月が過ぎた。幸いなことに学校はいまだ夏休みの中にある。つい数年前まではここまで長くなかったはずの夏期休暇がここまで延長されることになったのにも、おそらく「塔」の崩落がある、先生は夏休み前にそんなことを話した。

「結局、なんでも『遊び』が必要なんじゃないかって、そういう話だよ」リネンシャツの襟元をパタパタとさせながら、小野里先生はわたしに向かってそう言っ

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ランドマーク(122)

ランドマーク(122)

 先生は右袖のボタンをいじりながら

「『塔』のせいだ、というのが大方の予想らしい。僕みたいな若者には伝わってこないから、調べたんだ」
「そんなこと、先生が気にするんですね」
「そりゃ、急に二倍になったらこっちだって気になるさ、生活のこともあるし」

 生活、と言うのはおそらく給与のことだろう、とわたしは解釈した。となると、崩落が原因ということか。

「開発競争だ。第三次『世界冷戦』って呼ばれるこ

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