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ランドマーク(120)

 わたしの感情を確かめるための検査なのだと、その後に母さんは語った。非常事態が発生した際に、どれだけ冷静に対処できるか。わたしは当然失敗だと考えていたんだけど、

「承認が下りた」

 感情を煮込んだ鍋のような声色で、母さんはわたしにそう伝えた。わたしにとってそれは驚きだった。覚えている。わたしはあの時、それまでにないほど生に執着して、かつてないほどの喪失の可能性に向き合うことを恐れ、そして自身の境遇を恵まれていたとさえ感じた。あれほど感情が大きく動いたこと、今まであっただろうか?

「それってさ」
「梛、行くの」
「行けるんだ」可能の助動詞は、本来わたしの精神が高揚していることを示しているはずだった。

 窓のない部屋から、わたしは「塔」を思った。きっともう、準備は済んでいる。あとはわたしだけ。ばりばりと壁を隔てて雷鳴が聞こえた、気がした。土砂降りであればいい。ずっと止まなければいい。わたしの代わりに、誰か代わりに。またしても破滅的な倒錯は繰り返され、その甘美さからわたしは逃れられない。あれほどに接触を避けていた母さんにわたしは肩を抱かれ、時間と空間のその先を眺めていた。

「もう少し寝てたかったな」
「疲れた?」母さんはわたしの言葉を勘違いする。眠くはない。心地の良い布団から、わたしは重たい身体を引きずり出した。

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