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夏に出会ったあの子に振られる話

夏になるとあの時のことを思い出す。

もう前のことなのに、昨日のように思い出せる。
もう終わったことだし、戻ることはないけれど
けれど、自分の中で輝いていて良い思い出として大事にしたいと思った。


彼女とはTwitterで出会った。
大したきっかけではなかった。

ただ、バンドが好き者同士ということで仲良くなって、やりとりをするようになった。やりとりをしていくうちに、同い年であることや同じ大阪に住んでることもあってすぐに仲良くなった。

そうして、彼女とやりとりすることが日常になって、当たり前になった。

朝起きたら、まず「おはよ」とLINEをして、
通勤中の電車でもLINEをして、
仕事の最中も合間を縫って返事をした。
「おはよう」から「おやすみ」まで毎日彼女とLINEをして、

気づけば彼女のことを考えることが多くなった。
多分、この時点で気になっていたんだと思う。

そうして、彼女とのLINEが生活の一部になってからしばらく経った頃、
仕事終わりに会うことになった。

心臓バクバクさせながら、彼女と初めて顔を合わせた。
聞き覚えのある声、しゃべり方、
初めて会うのに、まるで初めてじゃないかのような不思議な感覚だった。

でも、紛れもなく彼女だった。

自分の肩よりも少し低いくらいの背丈で、可愛らしい彼女と夜の梅田を歩きながらたわいない話をした。心臓がふわふわしたような感覚で、多分緊張していたんだと思う。

夜ご飯を食べ終えて、まだ帰りたくなかった自分は「歩こう」と言ってコンビニで酒を買って夜の街を歩き始めた。

二人でイヤホンを半分こして音楽を聴きながら、そして酒を飲みながら歩き始めた頃に彼女が「暑いしさ、川行こうよ」と言った。
少しでも一緒にいたかった自分は二つ返事で「いいよ」と言った。

夜の淀川は風が吹いていて、心地よかった。
この時間がずっと続けばいいとも思えた。

今日初めて会ったとはいえ、LINEでやりとりをした日々や電話したあの時間はあまりにも濃くて、彼女のことが気になるには十分な時間だった。
気が付けば手を繋いで淀川沿いを歩いていた。

終電が無くなる頃、次の日が休みだった僕は帰る電車とすれ違いながら、手を繋いだまま彼女の家に行き朝を迎えた。


よく、「セックスをすると好きになるのは女だ」と聴く。
どうやら自分は違うようで、彼女のことを好きになってしまったようだった。

あの日の後は何事もなかったかのように、日常を過ごした。
また朝が来たら「おはよ」とLINEをして、通勤中はLINEを返して仕事中も合間を縫って返事をした。

そうして間もなく会って、また淀川を一緒に歩いて彼女の家に行った。
そして、月明かりだけの部屋で二人過ごした。

完全に好きになっていた自分は「好き」と言った。
彼女は意地悪そうな顔をして「どのくらい?」と聴く。

すぐ答えられない自分を見て「その程度の好きじゃだめだよ。私を付き合いたいならね。」と言う。

彼女は「好き」とか「付き合って」と言うと必ず話をはぐらかす。
そして、「やめて」とも「好きじゃない」「付き合わない」とも言わなかった。


ただのセフレだったんだと思う。
でも、彼女のことが好きだった僕は、セフレでも一緒にいたかった。
一緒にいる間だけでも彼女のことを独占していたかった。


彼女は一緒にご飯を食べているときも、話しているときも、した後も、ずっとスマホを触っていた。
誰かとLINEをしていた。

誰かとも「おはよう」から「おやすみ」とLINEを送る日常を過ごしていたんだと思う。
彼女は僕以外とも身体を重ねていた。


普段から返事が早い彼女は、23時頃から1時頃まで返事がない日が時々あった。
友達と何かするときは楽しそうにLINEで教えてくれていたけど、女友達といるときは名前を言うくせに、そうじゃないときは言わなかった。
聴いてもはぐらかされた。

全て察していたけど、セフレだった自分に彼女を縛る権利はなかったし、
縛った末に捨てられるのが怖かった。


捨てられるくらいなら、そのくらいならセフレでも一緒に居たかった。


彼女とは、8月の暑い夏が終わっても、夜が肌寒く感じる10月になっても一緒に居た。
彼女にほかの男がいると知っていても、「おはよう」から「おやすみ」のLINEは欠かさなかった。

日常的に遊ぶようになって、朝からデートをしたり、一緒にライブに行ったりした。
そして、そんな日々を重ねるうちに、彼女への思いも強くなっていった。


セフレから彼氏になりたくて、デートした後に花束を渡して告白をしたり、夜景を見に行って告白したり、プレゼントをしたり、
色々な場所に行って、色々なことをして、思い出を重ねても彼氏にはなれなかった。

彼女が「来て」と言えば行ったし、彼女のことを考えて、「どうしたら喜んでくれるだろう」「どうしたら楽しんでもらえるだろう」そう考えて過ごしていた。

でも、彼女が嘘でも「好き」と言ってくれることはなかった。


ただでさえセフレのままで彼氏になれなくて辛かったのに、
ほかにもいる男の中の一つでしかないことに苛立った自分は、セックス中に彼女の首を絞めた。

彼女に「俺が一番好きなのに、なんで彼氏になってくれへんの。」と言う。
眉をひそめながら何も言わない彼女に「俺のこと好きにならないんならこのまま死んでよ。」と絞める手を強めながら言う。

苦しそうな顔をしながら喘ぐ彼女は「好き」と僕に初めて言う。


彼女が僕のことを好きで言ってるわけではないとわかっている。

他の男にも同じように首を絞められながらセックスをすれば「好き」と言っているんだと思う。
それでも、彼女の口から今まで聞くことができなかった「好き」を聴くことができて、とても幸せだと思えてしまった。
そして、それと同時に首を絞めて、こうでもしないと好きと言ってくれない事実に少し寂しさを感じた。

泣きながら首を絞める僕を行為の後も抱きしめることはなかった。
多分、泣いていたことも気づいていないんだと思う。

彼女の彼氏になれないまま、セフレのまま首を絞めて苦しませて好きと言わせることしかできないまま時が経った。
遊びに行って、デートをして、ライブに行って、そして梅田から淀川を歩いて彼女の家に行くことも変わらなかった。
淀川を歩いている最中に酒を飲んだり、寒いからとカップラーメンを食べたり、傍から見れば恋人にしか見えない二人だったろうけど、恋人になることはなかった。


気が付けばクリスマスや年越しという言葉が交わる季節になっていた。
そして、セフレだった僕らはセックスをあまりしないようになっていた。


夜の梅田はイルミネーションで輝いて眩しかった。

早々と僕はクリスマスを一緒に過ごす約束を彼女として、どこに行こうか、どうしようか悩んでいた。
彼女とLINEや会った際にどうするか話し合ったりして、クリスマスが僕は楽しみだった。

でも、多分、彼女はもうそういう変わらない日々に飽きていたんだと思う。
クリスマス前にマッチングアプリで他の男と会って、付き合っていた。

それを知らずに迎えたクリスマス当日。

「ずっと前から約束してたから」と彼に許しを得て僕に会いに来た彼女。
デートの終わりに「好きです」と告白する僕。
彼女はそんな僕を見て、彼氏のことは言わずに「好きってどのくらい?」といつものように言う。
「今までとこれからを合わせても、こんな私のことを好きな人いないって思わせるくらい好きだよ」と僕は言う。

彼女は目を合わせずに「ほんとかなぁ」と言う。

「付き合って後悔させないし、この人で良かったって言わせるし、そのくらい幸せにしてみせるよ。だから、俺と付き合ってください。」と続けて言う僕に彼女は「ごめんね」と一言だけ言って僕の手を握ってきた。

ホテルにも彼女の家にも行かずに、ただそのままたわいのない話をして解散した。


その数日後に梅田に用事があった僕は、仕事終わりだった彼女と会うことになった。

クリスマスに振られた僕だったが、やっぱり好きだった。
前から彼女にお願いをされていた彼女の写真や動画を使ったムービーをクリスマスの後にも「作ってくれたら嬉しいなぁ」と言われて用意をしていた。

振られても、手を握ってきたりそういうことを言うし、「おはよう」のLINEも「おやすみ」のLINEもしていた。
吹っ切ることができなかった僕は見せるのを楽しみにしながら彼女に会いに行った。

夜に会って、彼女とカラオケに行って何曲か歌った後に作った動画を見せた。
彼女は何とも言えない顔をしながらも「嬉しい」と喜んでくれたようだった。


カラオケを出て「明日から年末休みでしょ…?今日一緒にいたい」と彼女に言う。
彼女は「ごめんね。」と言って「実はね」と話し始める。

そこでクリスマス前にマッチングアプリを始めて、彼氏ができていたこと。
クリスマスは自分が楽しそうにしてくれたのもあって彼氏に許しを得て来ていたこと。

彼氏の自慢話に加えて「私にはもったいないくらい、賢くて、出来た人で、いい人なの。」「ほんとに好きなんよ。」と。

「だから私は多分振られると思う。」
「だからその時はさ、またこうやって一緒に歩いたり遊んだりして?」


「どうかなぁ、その頃には俺に彼女ができてるかも」
泣くのを堪えながら強がることしかできなかった。


「できてるといいね。」
「前みたいに縛ろうとも思わないし、私じゃない人を好きになって幸せになってくれればいいなと思っとるよ。」


「そうだね…。」


「うん。もう駅に着くから、私はここから電車乗るね。」


「まぁ、ほんとに好きな人が彼氏になってよかったよ。」
「お幸せに。」


「ありがと。貴方も幸せになるんだよ。」

涙をこらえて強がることしかできなくて、
ほんとはぶん殴って、「今更そんな無責任なこと言わないでよ」と言ってやりたかった。
散々弄んでほかに好きな人ができたからポイって、そんなことするんだったら最後まで責任取ってよ。
なんで、自分じゃダメなの。そいつの何がいいんだよ…。

言いたいことは沢山あった。


でも、彼女の何とも言えない悲しそうな顔を見ると何も言えなかった。


その次の日から僕から日常が一つ消えた。

朝起きて「おはよ」と打つことも、「おやすみ」と打つことも、通勤中に返事をすることも、仕事中に合間を縫って返事をすることもなくなった。

淀川を歩くことも、イヤホンを半分こにして歩くこともなくなった。

心にぽっかりと穴が開いた気分だった。



あれから月日が経って、何度目かの夏が来た。
夜になっても梅田は蒸し暑かった。

彼女のことをいまだに思い出す。

あの彼女といた日常は自分の中で輝いている。
暑い夏の夜に淀川を歩いたこと、「おはよう」のLINEから始まって「おやすみ」のLINEで終わる日々も。

彼女のことが好きだったし、僕は彼女といたあの日々が何より好きだった。

彼女が今どうしているかは知らないし、あの彼氏とどうなったかも知らない。
でも、あの時過ごした、あの気持ちは、あの日常は大切な思い出だと思う。

辛いことも苦しいことも、嫌なこともあったけど、
楽しくて幸せだったあの儚い日々を僕は大切に胸に仕舞っておきたいと思う。


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