今村夏子「ピクニック」で学ぶ虚言癖の行動③

②では、決して七瀬さんは純粋な被害者とは言い切れないということを解説しました。
でも、ここからが今村夏子の真骨頂です。加害者としての七瀬さんを見ていきます。

■七瀬さんはルミたちに何をしたのか

ここから閲覧注意です。人が簡単に信用できなくなる要素が多分に含まれます。

少し水原一平の件に戻りますが、報道されている彼の行動から、いかに大谷選手をカモにして、現金だけでなく、自己陶酔を効率よく摂取してきたか、わかると思います。

それと、全く同じことを、七瀬さんもしているのです。冒頭の春げんきとの馴れ初め話で完全にルミたちをおつむの足りない子たち、と馬鹿にしている箇所があります。

「……ヤマメ、イワナ、ご存じですよね？」
魚でしょ、と誰かがこたえた。

今村夏子「ピクニック」より引用

つまり、水の綺麗な場所に棲む淡水魚の名前すら知らなそうな子達と、完全に見下しているのです。
わかりにくいですが、これはさりげない侮辱行為です。
その後春げんきとの馴れ初めを淡々と語った跡、自分に酔いすぎて、自分の物でないコーヒーに手をつけてしまいました。最低限の他人への気遣いすら忘れてしまっています。

そして、春げんきとの馴れ初めを聞いてしまったルミたちは、自己陶酔を得るためのカモとして、とことん七瀬さんに利用されます。

■七瀬さんはいいひとなのか

ルミたちは、七瀬さんのひととなりを「どちらかと言えばいいひとだ」と振り返っていますが、本当にそうでしょうか。

職場でギョウザやかぼちゃの煮物、チョコレートなどを配っています。これらの行動を心からの親切でやってくれる人もいるのでわかりにくいのですが、嘘つきの場合これも自己陶酔のための行動です。してあげることで快感を得るのです。これは、ターゲットを餌づけして、自分の支配下に置くための心理的攻撃です。

あまり仲が良くない同僚などから豪華なお土産など頂いたりして、困ったことは無いですか？
もしくは、頼んでいない、余計なおせっかいを働いたりして、親切の押し売りと感謝の強要をする人。そして「悪い人じゃないんだけど…」こう言われがちな人。嘘つきとかナルシストとまで言えなくても、他人との距離を測れない人はこういう行動に出がちです。

七瀬さんは、明らかに年下のルミたちにずっと敬語です。いくら職場といったって、そんなに礼儀に厳しそうな所ではないし、くだけてきたら自然とタメ語になってきますよね。マナーがなってないルミたちに覆い被せるように敬語を使っています。ここも怖い所です。

そして、七瀬さんはルミたちを自宅に呼んで朝食を振舞います。普段なら熟睡している時間帯に招待するのも、ルミたちへの遠慮のなさが見えます。人を自宅に呼ぶのに、掃除すらしない。綺麗な部屋の方がみんな気持ちいいだろうな、とかそういう気遣いが無い。録画した春げんきが出ている番組をルミたちに見せて、自分との関係性をアピールすることで、自己陶酔を得ています。

わざわざ眠い時間に起こされて、汚い部屋で朝食を食べさせられながら、架空の惚気話を聞かされるという見えない攻撃によって、ルミたちはモンスターへと変貌していきます。

■モンスター化する「ルミたち」

七瀬さんは個人でルミたちを攻撃しているのに、それは側から見ると攻撃とは言えないほどわかりにくいものです。それでも、確かにルミたちの心は傷ついている。

ルミたちは最初、七瀬さんにローラースケートを教えたり、最初から、いじめをするような子ではなくて、親切な子たちでした。
でも、七瀬さんはいつまでたってもローラースケートを滑らず、それどころか調子に乗っています。

裸足の七瀬さんは生き生きしている。
ブラックライトに照らされて白く光るヤシの木をよけながら、ジョッキを12個運んで会社帰りのサラリーマンたちから喝采を浴びた。

今村夏子「ピクニック」より引用

でも、ルミたちはちょっとヤバい人だから離れよう…という選択肢を取りません。明らかに芸能人と付き合う女性には見えない人が、芸人の彼女を気取っている、というのが面白いのです。

見えない部分で、「ルミたち」という集団は、七瀬さんを笑っている。

最初、集団の中には、七瀬さんの話を鵜呑みにしてた子もいるかもしれません。でも、だんだん「あんなのウソだよ」と、均一化されていきます。

虚言癖の人と真正面から付き合うと、良心が失われていきます。だって、七瀬さんはいい人なのに、それにイライラしてるだなんておかしいでしょ。みんな、持っていたはずの優しい心はすり減って、攻撃性へと変貌します。

だから、虚言癖の人と真正面から付き合ってはいけないのです。

④では、いよいよドブ掃除のところに入ります。