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今村夏子「ピクニック」で学ぶ虚言癖の行動④

■嘘をつき続けていると、不安になる


いよいよ物語のハイライト、ドブ掃除の部分に入っていきます。

虚言癖の人に嘘はバレる物という発想はありません。そして、自分がついた嘘に酔ってしまうため、どんどん話を大きくして、ファンタジーを壮大なものにしていきます。
でも、ターゲットがあくびをするとか、マイナスな反応を示すたびに、嘘がバレていないか疑心暗鬼になるんです。

そんな時に、春げんきがTVで『最近1番ショックだった出来事』地元の川に携帯を落としたことを話します。

そして、七瀬さんには川底に溜まるヘドロの中から、春げんきの携帯を探すという、重大なミッションが課されました。もちろん、誰も頼んでいません。

■なぜ、嘘に嘘を重ねるのか

自分がついた嘘の精密度を上げるために、愚かな行動に出てしまうのが、虚言癖の性です。

そんなに携帯を探したかったら1人で勝手に探せばいいのに、わざわざルミたちを引き込みます。愛の為に、汚いドブを掬うところをルミたちに披露しないといけないのです。嘘つきって大変ですね。

そうやって、七瀬さんが必死こいてドブを掻き出している前に、春げんきは代替品を購入してるでしょうし、その話だって、TV用の作り話かもしれないのに。虚言癖の人って、自分は嘘まみれなのに、何故か他人の言うことは鵜呑みにするんですよね。何故でしょう?

■突然登場する「お母さん」のなぜ

しばらく作業を眺めていると、ベビーカーに乗った赤ちゃんとそのお母さんが通りがかった。赤ちゃんはルミたちに向かって小さくて肉づきのいい手を伸ばした。するとそのまま後ろを通り過ぎて行くかに思えたベビーカーがとまった。

今村夏子「ピクニック」より引用

ここは自分の解釈なんですが、きっとお母さんと七瀬さんは同じくらいの年のひとなのではないかと思います。自分を偽り続けている七瀬さんと、自分なりの確かな幸せを手に入れているお母さんとの対比になっているのかなぁ、、、と感じます。

自分を偽ることの愚かさ。ぐっとルミたちに感情移入したくなる気持ちから、第三者の目線が入ることで、七瀬さんの自作自演の愚かしさが際立つのです。

今村夏子って、改めてすごい作家だなぁと思います。人間関係の見つめ方、ここまで俯瞰して物事見れる人ってなかなかいないです。神の視線を持っています。

そのあと、ルミたちは存在しない愛の為に、元気にドブ掬いをして、お腹を空かせている七瀬さんにピーナッツを投げつけます。
ここ、見方が人によって変わるところですね。

ここから、「ルミたち」のターンが始まるわけです。

なんて悲しい対比なんでしょうか。

■嘘がばれたらどうなるの? 七瀬さんの死

虚言癖の人は、自分を大きく見せるための嘘しかつかないので、バレてしまったら大袈裟じゃなく、死んでしまいます。生きていくためには、嘘をつき続けないといけないのです。

夢野久作の「少女地獄」の虚言癖のヒロイン、姫草ユリ子は自分の創造したファンタジーを守る為に自ら命を絶ってしまいます。

そして、辛いドブ掬いから逃れるために、七瀬さんは新たな幻想を創り上げます。

携帯なんかいくつなくしたって構わない。お前さえいてくれればいいんだって、そう言ってくれました。

今村夏子「ピクニック」より引用

かわいそうに、こんなに想像力があるのに、携帯が見つかったところで水濡れで使えないとか、もう新しいの買ってるとか、そういう事は一切考えられないのです。

嘘をつき続けて、自分のファンタジーを守らなければ、七瀬さんの栄養ですある自己陶酔は行われません。

しかし、「ルミたち」からタモをもらい、新しい道具を得た七瀬さんは、ますますどぶ掃除に専念しなければならなくなります。

ですが、「新人」が出現したり、「ルミたち」も春げんきとのことをネタにし始め、もう、バレてるのでは?と疑心暗鬼になる七瀬さんは自己陶酔が行えなくなり、栄養失調になっていきます。 

春げんきがアイドルと結婚したところで、飢餓寸前です。

もう、どぶ掃除をしている理由すらわからなくなって、休憩室の扉は開かれ、「ルミたち」の話は七瀬さん本人に聞かれて、ついに息の根が止められるのです。

七瀬さんは、姫草ユリ子のように、自ら命を絶ったりしてません。生きてます。そしてピクニックは始まって、「新人」は「ルミたち」と同化します。でも、春げんきの彼女である七瀬さんは死んでしまいました。

⑤に続きます…

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