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メキシコ生活記録 ー帯同を決めた時のこと

自宅から見える密林

 40歳を過ぎて、メキシコ生活が始まった。
 ので、いろいろと書き留めておこうと思って、放置していたnoteを開いた。

 ここメキシコには、夫の海外赴任に帯同するかたちでやって来た。
 もろもろうまくいけば、4年近くここで生活することになる。
 今日はまず、私が帯同を決めたときのことを(思い出しながら)書いていこう。

 メキシコ行きを話したとき、友人知人たちの反応は真っ二つに分かれた。
①かわいそう派
「気の毒に…こどもたちも一緒に行くんでしょ?大変だね。私なら絶対ついて行かない!」
②うらやましい派
「いいなぁ!私も行きたい!こどもたちにもいい経験になるね!」
 地方住まいの私たちにとって「海外移住」というワードはじゅうぶんセンセーショナルだ。だから、みんなびっくりしてとっさに自分と置き換えて話してしまうようだった。要するに他意はない。なので、様々な反応をいつも楽しく拝受していた。ただ、両派閥とも私が帯同を決意した経緯を尋ねてくることは共通していた。なぜ、私は「一緒に行く」と決めたのか。

 結論から言うと、私は帯同を「2秒で決めた」。
 夫は、帰宅するなり、メキシコ赴任のことを切り出した。その様子から、彼自身にとってもそれは大変な負担なのだろうということは容易に想像できた。
 夫の話を聞いていたときの私の脳内を書き出してみよう。
・マジで?
・夫単独では大丈夫じゃないだろう(主にメンタル)
・ここ以外のどこかに住めるチャンス
・おもしろそう
・こどもたちはリアルマザー付きで留学できるってこと?アリやな。
・メキシコってどこ?
などなど。詳しくは覚えてないけど、結構いろいろ考えていたと思う。
でもあんまりネガティブではなかったかも。

 なぜネガティブにならなかったのかというと、実はちょっと中年クライシスっていうのかな?そんな感じの状態になりつつあったからだ。
 40歳も近くなってくると、「私の人生、このままこんな感じでここで過ぎていくんだろうな」っていう漠然とした見通しが立ってくる。もちろんそうした見通しは、現状の不満ではない。むしろ幸せだからこそ思うのだ。そして、幸せだからこそ「そんな贅沢言うもんじゃない」って自主規制してしまう。やってみたいことがないわけじゃないけど、その挑戦は、今の幸せを賭けてまでするようなものじゃない。幸せを増やすことより、減らさないことの方に注力してしまう。こういう状態は、それを意識していない人にとってはクライシスでもなんでもない、ごく普通の日常なんだろうけど、いったん意識してしまうと、ね?
 40歳近い壮年期の成人に「この人の将来が楽しみだ」なんて誰も言わないでしょう?もちろん自分でも思わない。「変わらない」のではなく「変われない」のだ。それを幸せととるかどうかは……日によって変わるな。
 だから、夫から海外赴任の話をきいたとき、きっと私はちょっぴりクライシスぎみだったんだろう。

 あと「ここ以外のどこかに住めるチャンス」っていうのは割とマジでそう思った。というのも、実家または自分の家族と一緒に住んでいる人にとって引っ越しのチャンスってほとんどない。思い返してみれば、誰も傷つけず円満に引っ越すチャンスは、人生に3回しかない。
・進学
・就職
・結婚
そのすべてのカードを私はすでに切ってしまっている。
 今回は海外赴任の運びとなったが、夫はもともと転勤族ではないし、私の仕事で転勤という可能性もない。今から県外の大学に私が進学する可能性も低いし、結婚となればその前に離婚しなければならない。そうなれば「誰も傷つけず」という円満引っ越しチャンスの条件に反してしまう。ということで、引っ越す可能性が限りなくゼロに近い状態で私は暮らしていたのだ。
 そこへ「メキシコ」という風が吹いた。メキシコはずっと行きたかった憧れの場所というわけではないが、「ここ以外のどこか」ではある。だから、ちょっぴりわくっとしてしまった。
 人生に3回しかないはずチャンスには「海外赴任」が新たに加わって4回となった。

 決断するまでの2秒間、もっとも長く考えたのはこどもたちのことだろう。こどもたちに関しては、どう伝えたかということ含め、また別に書こうと思う。ただ、このときは「リアルマザー付き留学」というパワーワードによっていろいろな葛藤がねじ伏せられたような気がする。

 というわけで、
・ちょっぴりクライシス
・円満引っ越しチャンス
・リアルマザー付き留学
などが、私を駐在妻という立場にしたわけだ。
 ただ、私が「ここは即断が必須」とそれこそ即断したのは、夫を安心させたかったというのが大きい。彼は、1人で生きていけないタイプの人間ではなく、むしろ真逆の人なんだけど、逆境にテンションを上げるタイプでもない。なので、私みたいなのでも「一緒に行くよ」と言うことで、ちょっとは彼のメンタルに貢献できるかなと。

 ま、そんなこんなで、私の人生に「メキシコに住む」という期間が差しはさまれることになったわけです。これは、人生における「思ってもみなかったこと」ベスト3に入る。確実に入る。

 最後に私の仕事について少し。
 海外赴任帯同の決断ができたのは、私が会社など特定の場と紐づいたキャリアを形成していなかったからだ。つまり、私がどこかの会社で正社員として働いていたなら、帯同するためには退職しなければならず、そこで積んだキャリアは中断ということになってしまう。だから私がそういう働き方をしてきたなら、帯同の決断はできなかったかもしれない。
 そう言うと、主婦は帯同すべき?となってしまうかもしれない。でも、私はその意見には同意しない。だって、みんな性格ちがうやん。「主婦」と一括りにされてしまうと見えにくくなるが、海外帯同という大きな変化をどう捉えるかなんて人によって違って当たり前。色んな反応があったって言ったでしょ。なので、夫やこどものために帯同を決意した素敵な妻/母、とういカテゴリーに私は入らないし、妻なら帯同すべきという認識もない。たまたま私はそういう人生を送ってこなかったし、帯同おもろそうやな的性格だったので、即断できた。それだけだ。
 とはいえ、私の仕事もいくらかは辞めなければならなかったし、その点では私の人生設計も変わらざるを得なかった。このことについてはまた今度書こう。

次はメキシコ生活について書いていこう。

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