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宝塚歌劇団員の死亡問題で露呈した社外取締役の機能不全          徒然なるままに社会にもの申す⑥

小林製薬が製造した紅麹べにこうじを使ったサプリメントの健康被害で、死者が出るなど、社会問題となっている。

東京証券取引所のプライム市場に上場する同社は、コーポレートガバナンス(企業統治)が優れた会社として、日本取締役協会主催の「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」など、数々の賞を受賞してきた。

コーポレートガバナンスというのは、企業が健全な経営をするために、組織内の不正や不祥事を未然に防いだり、影響を最小限に抑え、公正な判断や健全な企業運営が行えるように監視、統制する仕組みのこと。

健康被害、生産体制だけでなく、経営体制、コーポレートガバナンスの面でも、小林製薬の対応が問題視されている。健康被害の連絡があって公表までに2カ月以上を要しており、それまでに取締役会があったのに、「経営に物申す」はずの社外取締役が機能していなかったのでは、という指摘である。

小林製薬は、小林家による同族経営だが、「独立社外取締役」が過半数を占める経営体制を誇っていた。7人の取締役のうち、プロパーは3人で、残りの4人は独立した社外取締役を擁してきた。

コーポレート・ガバナンスの第一人者である一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏、起業家で政府の有識者会議でも委員を務める佐々木かをり氏、日銀出身の有泉池秋氏、小松製作所顧問の片江善郎氏という顔ぶれだ。

「夕刊フジ」は「小林製薬の後手対応に批判〝大物〟社外取締役は機能不全? 原因疑われる物質、政府が先に発表する不始末 問われる自浄能力」という記事を4月2日に配信している。

宝塚歌劇団問題の責任は阪急阪神HDに

同じく社外取締役の機能が問われているのが、高いブランド力を持つ阪急阪神ホールディングスだ。

昨年9月30日に宝塚歌劇団のそら組の劇団員Aさん(享年25)が死亡した問題で、宝塚歌劇団、歌劇団を運営する阪急電鉄、持ち株会社の阪急阪神ホールディングスと、遺族の間で合意が成立したが、5カ月の時間を要している。

遺族側はAさんの死亡原因を、長時間労働、いじめ、パワハラだと訴えてきたが、宝塚歌劇団、阪急側はいじめ、パワハラを頑なに否定。遺族側は上級生や劇団スタッフから15件のパワハラがあったと主張して対立してきたのだが、劇団、阪急側は今年3月末、ついにいじめ、パワハラを認めた。

合意までの問題について、「下級生を死に追いやった上級生に『悪意はなかった』…一般常識からかけ離れた宝塚歌劇団の「危機対応」の重いツケ」という記事を「プレジデントオンライン」で書き、4月4日に配信された。

劇団員の死亡原因を調査した報告書(9人の弁護士が担当)がパワハラはなかった結論付け、それを根拠に、阪急阪神ホールディングスと宝塚歌劇団の経営トップは、遺族側との交渉を長引かせ、遺族を苦しめた。

宝塚歌劇団には花、月、雪、星、宙の5つの組と専科があるが、宙組を中心に、宝塚歌劇団110周年の記念公演などが休演に追い込まれ、得られたであろう利益31億円強が失われた責任も経営者にあると指摘した。いじめ、パワハラを早期に認めていれば、休演する公演は少なかったはずである。

タカラヅカ公演がどれだけ休演になったのか、宝塚歌劇団の経営、宝塚ファンの実態がどういうものなのかについては、「宝塚歌劇団は『パワハラが当たり前の世界』…熱狂的ファンが通い詰めるタカラヅカの"本当の姿"」でレポートしている。

昨年10月から今年3月まで、阪急阪神ホールディングスでは取締役会が何度も開催されたはずだが、同社の社外取締役は、宝塚歌劇団の経営問題、遺族との交渉が長引いている点、半期で31億以上の損失が発生している点、阪急阪神グループの隠蔽体質などの問題をどうして指摘しなかったのだろうか。

阪急阪神ホールディングスの経営トップの責任とともに、社外取締役の存在、機能が問われている。

錚々たる顔ぶれの社外取締役が機能せず

阪急阪神ホールディングスには、元検事で弁護士の小見山道有氏、弁護士の鶴由貴氏、西日本電信電話社長だった小林充佳氏、京都大学大学院特任教授で、社会健康医学や健康経営の専門家である髙橋裕子氏、慶應義塾大学特任教授の遠藤典子氏と、5人の社外取締役がおり、錚々たる顔ぶれである。

慶應大学教授の遠藤典子氏は、ダイヤモンド社で「週刊ダイヤモンド」副編集長などを務め、現在、防衛力、デジタル、原子力、宇宙など数多くの政府委員となっており、かつてはカジノ管理委員会(内閣府の外局)委員も務めていた。さらに、上場企業6社の取締役や社外取締役に就いている。

遠藤氏はNTT(日本電信電話)の取締役、阪急阪神ホールディングスの社外取締役のほか、調剤薬局やドラッグストアなどのチェーン店を運営するアインホールディングス、セキュリティ・マーケティング事業を展開するバルクホールディングス、エレベーターなどの保守・管理会社のジャパンエレベーターサービスホールディングス、監視カメラ向け半導体のファブレスメーカーのテックポイントの社外取締役となっており、業種は多岐に渡る。

社外取締役については、「平均報酬は年1170万円――上場企業で増殖する『女子アナ出身の社外取締役』という日本固有の謎トレンド」という記事を「プレジデントオンライン」で書いており、社外取締役が機能していないケースをレポートしている。ここでは女性の社外取締役を中心に事実を掘り起こしたが、男性の社外取締役も、同様の問題を抱えている。

阪急阪神ホールディングスの社外取締役の問題の1つは、9人の弁護士が昨年11月に調査報告書を発表した際、この調査報告書を精査しなかったことだ。

報告書が出されたときから、この報告書が事実をきちんと反映していないのではないかという指摘がされており、社外取締役が取締役会で問題を指摘し、経営トップを諫めなかった責任は重い。

Aさんの母親は、宝塚歌劇団と阪急側との合意が成立した後、次のような「訴え」を遺族側の弁護士に託し、記者会見の場で披露された。

「劇団が依頼した弁護士の聞き取りの場で、私たちが提出した娘の悲痛な言葉や証拠、そしてパワハラを実際に見聞きし、全てを話してくださった劇団員さんの数々の証言も全く反映されておらず、パワハラを行った側を擁護する内容でした」

「調査報告書の誤りを詳しく指摘し、私たちが入手した証拠や劇団員さんからの証言を、直接提出しましたが、劇団は、第三者委員会を設置することはなく、パワハラを行った人の意見のみを聞き、それを擁護しました」

阪急阪神ホールディングスの嶋田泰夫代表取締役社長(阪急電鉄の代表取締役社長を兼務)は合意後の記者会見の質疑応答で、「これまで認めてこなかったパワハラをどうして認めたのか」という質問に、遺族側から提供してもらった資料を検討したため、と答えたが、これは苦しい言い訳、ウソだった。事前に資料は提出されていたにも関わらず、無視していたのだ。

調査報告書を作成時点で隠蔽が行われていた

社外取締役は経営を監視する役割を担っており、企業経営が健全かどうかチェックし、組織での不正や不祥事を未然に防ぎ、公正な判断や健全な企業運営が行えるように監視、統制しなければならない。

9人の弁護士が昨年11月に提出した「調査報告書」が不可解だと気付かなかったのか。隠蔽が行われていると見抜けなかったのか。

今年3月末に、宝塚歌劇団と阪急阪神ホールディングスは、遺族側が指摘していた15のいじめ、パワハラをすべて認めた。ということは、9人の弁護士が作成した「調査報告書」が不完全であったことを認めたということだ。

「なぜ宝塚歌劇団は『いじめ疑惑』に正面から向き合わないのか…阪急阪神HDに共通する「冷徹さ」という大問題 調査報告書もトップの減給処分も違和感だらけ」という記事が「プレジデントオンライン」で昨年11月29日に配信されている。

阪急阪神ホールディングスの社外取締役には、法令遵守をチェックする弁護士、社会健康医学や健康経営が専門の大学教授、数多くの政府委員などを務める有識者の大学教授などがいたのに、なぜ経営側に直言しなかったのか。

阪急阪神HDは毎年、経営統合書を公表している。統合報告書とは、財務情報と非財務情報を統合し、投資家や社会に向けてアピールするための資料だ。企業理念、自社のあるべき将来の姿、知的資産、今後の事業展開とその見通しなどを記載している。

阪急阪神HDの2023年の経営統合書で、75ページから「ガバナンスの充実」を謳っており、85ページから「社外取締役からみたサステナブル経営の現状とこれから」という座談会を掲載している。

https://www.hankyu-hanshin.co.jp/docs/integratedreport2023_j_view_%20rev.pdf

阪急阪神ホールディングスも、小林製薬と同様、コーポレートガバナンスの充実で定評があったが、社外取締役が宝塚歌劇団の対応に問題があると指摘ができず、ガバナンスが機能していないことを露呈してしまった。

遺族側の弁護士は、宝塚歌劇団、阪急阪神ホールディングスの経営上の問題を指摘しているが(「下級生を死に追いやった上級生に『悪意はなかった』の記事参照)、遺族側の弁護士によって、遅まきながら、宝塚歌劇団のパワハラやいじめが認定された。

コーポレートガバナンスが進んでいるとたたえられている企業で、社外取締役が有効に機能していないとなれば、日本企業のコーポレートガバナンスが健全なのか、お寒い限りである。海外の投資家から、今後、厳しい眼が向けられるだろう。

これまで「前原進之介」の詳細なプロフィールをお伝えしていませんでしたが、取材活動をする上でも、経歴を明らかにしたほうがいいと考え、開示することにしました。

前原進之介
慶應義塾大学文学部史学科を卒業後、ダイヤモンド社に入社。「週刊ダイヤモンド」やマネー誌「Zai」などの記者、編集者を経て、現在、前原進之介のペンネームでジャーナリスト、作家として活動。
ダイヤモンド社に在職中、不公正な人事、不可解な出向(実際は勤務実態のない幽霊出向)、社員の労働条件を下げた役員の年俸が上がるなど、不明朗で独善的な経営体制、「人事に口を出すな」といった経営姿勢や隠蔽体質は問題であると、内部告発をして、懲戒処分を受けた。
出版社での経験を基に、小説『黒い糸とマンティスの斧』を書き、アマゾンのキンドル出版で上梓。会社を支配し、傍若無人に振る舞う人々と、それに立ち向かうカマキリ(マンティス)の闘いを描き、「権力は腐敗する」「権力の横暴や不正を許さない」をテーマに、出版社で働く人々の挑戦を描いている。
記者時代は自動車、タイヤ、商社、流通、建設、不動産、銀行、電機、鉄鋼、機械、食品、サービス、エンタメなどの業界を担当し、営業、起業、投資、歴史、エンタメ、心理学、脳の鍛え方、ミュージアム、アートビジネス、観光、健康、パンデミック、父親の役割、専門学校などの特集に関わってきた。
現在は「プレジデントオンライン」で、宝塚歌劇団、書道界での不正審査問題などのレポートを執筆し、「X(旧ツイッター)」や「note」で歴史、政治、社会、メディア、ミュージアム、企業経営などの情報を発信している。

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https://twitter.com/xmaeshin

『黒い糸とマンティスの斧』(前原進之介著)


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