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老いを客観的に見つめることから始まる「老いの楽しみ」

ある一定の年齢になると、誰しもが感じ始める「老い」。ちょっと白髪が増えたの、なかったところにシワやシミができたの、自分で鏡で見える変化はまだ、いい。覚悟ができている範囲だからだ。

誰かが撮った何気ない”自然な”自分が、自己イメージとはかけ離れて歳をとっていたり、ふと視界に入ったガラスに映る姿が、驚くほどくたびれているのを見たときの衝撃たるや、大変なものである。

老いは誰にでもやってくる。キラキラした女優さんにだってそれは同じこと。昭和の女優・沢村貞子さんの『老いの楽しみ(ちくま文庫)』は、そんなショックを少し、和らげてくれる、心のクッションのような本だ。

手を洗いながら、フッと目の前の明るい鏡を見上げて……ギョッとした。(なあに? これ……)
落ちくぼんだ眼に白い髪をふり乱した老女の、なんとも哀れな顔……。
(これが、私?)
思わず顔をそむけてしまった。

と、沢村さんもやはりショックを受ける。しかし、そこから客観的に、老いの姿の一番の問題点は “あの(白髪の乱れ髪)"であると考えて、それだけは、家人へのエチケットとしてみせるまい、と、”あれこれ工夫して結うようになった”。年に贖うことはせず、それなりに清潔感を感じさせる装いの基準を決めて、老いた自分のあり方をプロデュースするのである。

歳をとったと意識するのは、意外とある日突然だったりする。昨日までこんなじゃなかった、とショックを受ける。でも、気づいた瞬間から、歳なんだから仕方ない、と気持ちを切り替えることはできない。心が取り残され、あてどもなく漂流してしまわぬよう、遊び心を持つことも大切である。

沢村さんは、耳も遠くなり、補聴器を使うようになるのだが、音量調節が難しく ”聞こえない辛さを嘆き”つつも、ある日、聞きたくない長話を我慢しなければならない場面で、補聴器の音量を下げることで、”耳を塞ぎ、聴きたいことだけ聴く” ことができることに気づき、

難聴も満更ではないし、補聴器もなかなか楽しい

と括っている。

先人の言葉に癒されながら、自らの老いを優しく受け止め、前を向いていく勇気をもらえる、そんな一冊だ。

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