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佐世保海兵団

「やよいさん、今日から僕は、海軍に入ります」

昭和14年12月1日。
僕は、佐世保海兵団に入団した。
熊本の農業高校を卒業したあと、長男だし家業の農家を継ぐのが筋なんだけれど、親父はまだまだ元気で家督を継ぐのはまだ先になるだろうし、田畑よりもっと大きな世界で自分を試してみたいという気持ちが強かった。田畑は、弟が継げばいいとも思っていた。

うちは祖先が紀州藩士だったことが影響しているのか、当たり前のように剣道をやってきたし、僕の腕前は地元で少し恐れられて

”ドン”

「どかんか、ぬしゃ、馬鹿が」
営門の前で感慨にふけってた僕に、大げさなガニ股で後ろからぶつかってきたクソ野郎三人組の目は鋭く、僕は「あ、スマセン」と反射してしまった。まぁいい、こういうやつは凶暴さだけが取り柄で志も何もないのが相場だ。気にするだけ無駄だ無駄。チクショーチクショーチクショーチクショーチクショーチクショーチクショーチクショーチクショーチクショー腹が立つ。

営門の中には絣の着物を着たやつ、洋装に下駄をあわせた変な格好のやつ、高そうな背広を着込んではいるが見送りの父母に未練がましそうに手を振っている女々しいやつ、色々な奴らがいた。
僕は営門まで親に見送ってもらうようなことはせず、一昨日熊本駅で家族と何人かの友達に見送られてきたけど、汽車の中で栗団子を食いながら窓の外の海を見てたら少しだけ泣いた。

海から吹く風の匂いを感じながら僕はこれから始まる漢の生活に胸を躍らせていたけど、そもそも海の匂いを嗅いだのは初めてだった。
しかし僕に不安はなくて、痺れる真っ白な水兵服、腰に吊った短剣、ピンと背筋を伸ばして颯爽と歩く俺、偶然を装ってやよいさんに出会う俺、沼山津神社の境内で頬を赤らめるやよいさん。。。

そんな茫洋たる未来に思いを馳せながら僕はモノのように機械的に身体を検査され被服を与えられ、入団の書類にはこう記入された。

<特徴 相貌>
左頬及ビ右目2糎ノ所二米粒大の痣アリ前歯上歯列著シク不整ナリ

僕は華の海軍に入ったのだ。


「お前たちの住所は本日より佐世保海兵団18分隊第6教班である!娑婆への手紙にはこう書かねばならぬ!!」

なぜか海軍初日から、手紙を書かされた。
誰に書くか、何通書くか決まりはなかったので、父母と弟たち、そして剣道の師範に手紙を書いた。内容は、これから頑張りますとか初日の昼飯はライスカレーとたくあんでアルミの器で食いましたとかそんなことで、万里の波濤を越え仇なす国から日本を守りますとかそういう勇ましいことは書かなかった。というか、そういう言葉は思いもよらなかった。

教班長殿は三原という二等兵曹で短身巨躯、声はデカイがその双眸は優しげだったので少し安心して、最初の夜は二回クソをして寝た。



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