おばあちゃんの哲学
「あんた、まだまだ若いわねぇ」
風の強い日だった。これから雨が降るらしいよ、でも今はまだ日差しもあって暖かいおだやかな午後。この部屋は暖かい。目の前にいる陽気な人たちの体温のせいもあるのだろうか。おばあちゃん達は日本茶を啜りながらわいわいと話している。
役者の仕事だけでは食べていけない私は、四年間の大学生活を無駄にしない為に卒業間近にせっせと勉強して勝ち取った看護師の資格を無駄にしては罰が当たる、と思う存分その価値を有効活用している。売れない役者は貧乏生活をしているというイメージ、まぁその通りで、本番前の稽古期間中はバイトができないのでそれまでに貯金して稽古から本番中の生活費を稼いでおかなければならない、という程度には舞台での収益は少ない。けれど、芝居の勉強もしたければ映画も小説も舞台も人付き合いも、たくさんアートには触れていたい。時間までないときた。だから私はせっせと看護師のアルバイトをするのである。効率、効率よく。
おばあちゃん達のお茶のみ友達になるのも看護師の私の仕事のひとつである。(厳密に言えば嘘であるが、でも本当のこと、ここで長々と説明する必要はない気がするので省こうと思う。つまりおばあちゃん達の会合にいるのだ。)
メンバーは72歳、80歳、92歳、93歳、わたし。
「あんたいくつ?」
「72歳になる」
「あんた、まだまだ若いわねぇ」
93歳が72歳に言った。
私のことではない、たぶん私なんか赤ちゃんみたいなものなのだろうな。
そうか、そうだ、そうだよねと納得する。
72歳って若いんだ。20歳下ってたしかにとても若い。私の20下…若い、というより子供だ。
そして93歳は私にこう言う。
「働けていいね、働けるっていいことだよ、素晴らしいことなんだよ。羨ましい。若いうちはたくさん働きなさい。いいことなんだよ。」
何度も、繰り返し。私が何か手を貸すたびに。
歳をとって働けなくなることは、自分の身体が思うように動かなくなることは、どんな感情をもたらすのだろう。いつも思う。想像してみる。悲しくないのかな、辛くないのかな、でも歳を重ねた大人だから赤ちゃんじゃないから受け止める力もあるのかもしれないな。
彼女は1を積み重ねて93を数えた。1をひとつずつ数える以外に方法はなく1の連続を繰り返した。人間誰にでもその権利は持っているが、誰しもが出来ることではない。93歳。高齢者は増えたので見慣れたけれどやっぱり目の前にいると改めてすごいなと思う。93。そんな彼女の言葉には重みがあった、どうしたって93の重みがあった。間違いなくこれはそこまで登りつめた人にしか出せない味わいなので(役者として少し嫉妬してしまう程によい味わい)、言葉が自ら説得力を持つのも当たり前なのかもしれない。
「まだ若いね」の一言に「働けるっていいこと」の一言に小宇宙が見えた。
哲学だ。
93のいろいろが詰まった小宇宙。
時間の流れには抗えないので、1秒1秒、歳をとる。正直歳はとりたくないし、いいことだと言われたって疲れた時にはボーっとしたいし毎日働くのは正直しんどい、ないものねだりと言われてもだってそれが現実だしそれが人間だ、日々完璧に生きることは容易じゃない、私は私なり努力しているもん、とこんな風にも思う。まぁでも93歳が幸せそうだから、私もしわしわ笑顔に少し癒されたから、まぁ今若いことは有難いし嬉しいし働くことも嫌いではないから、まぁどうせなら明日も頑張ろうかなと思って眠れば、明日の朝はいつもよりちょっとだけ起きるのが億劫じゃないかもしれないな。
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