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京都のお寺でイラストの講師をしてきました

京都のお寺で、一泊二日のワークショップをやることになってね。

そう仰せになったのは、『鬼滅の刃 ヒノカミ血風譚』といったビッグタイトルのゲーム開発を手掛ける株式会社サイバーコネクトツー松山洋社長。隔月で行われている、ある飲み会での一幕だった。アルコールの場なので、真偽の判然としない情報や話題がハイボールの泡のように浮かんでは消えゆくのだが、この時ばかりは真面目、もう少し言うなら、ビジネスの匂いがしていた。

「せっかくだから、うちがゲーム企画、タクマのところが漫画、竹谷たけやがイラストの3種類でやろうぜ」

タクマというのは、電子書籍配信やウェブトゥーン制作を事業とされている株式会社ナンバーナイン小林琢磨社長で、竹谷がイラスト・ゲームイラスト制作に携わる株式会社ミリアッシュ代表の竹谷彰人あきと、つまり私だ。

なぜ私がお寺でイラストの講師をすることになったか。その理由を話すにあたって、まずは、そもそもなぜ松山さんとお寺にご縁があるのか、という話をさせていただくと、この企画の主催はお寺ではなく福岡大学から出ていた。そこの商学部で展開されているクリエイティブ・マネジメント・プログラム、通称MaCOPまこっぷで指導に当たっている教授と松山さんが繋がり、その教授がお寺の住職と面識があり、そうして伸びていった線がいよいよ私のところまで来たかたちとなる。

ワークショップの名は、「テラクリエイターズ」。データの単位であるテラと、お寺をかけたものだそうだ。

なにか企画を相談された際、本来であれば目的や信念を聞き、それが私の信じる道と近いかどうか、といったことを小賢しく考えてから進退を決めるのだが、ほかのだれでもない大先輩松山さんからのお誘いである。ましてや、「お寺でワークショップ」というインパクト面白さの前では、論理など周回遅れとなり、即「喜んで」と回答させていただいた。

古きインターネットを知る民として、テラと聞くと「テラワロス」や「ギガワロス」といった古語が脳裡をかすめたことは、だからなんだという話だがこの場で付記させていただく。草が笑いを示す、そのはるか昔の言葉だ。

ワークショップ初日

まずなによりも驚いたことは、会場となった妙心寺の広さだ。修学旅行を皮切りに、関東の民草はふとした瞬間に「京都へ行こう」と発作が起きるように設計されており、私も当然その例に漏れず何度か遊びに行っては「やっぱ古都だね」などとトッポめいたことを嘯いていたのだが、結局訪ねるのは清水寺や金閣寺といった”観光名所”であり、恥ずかしながら妙心寺はこれまで知るところになかった。

その妙心寺は多くの院から構成されていて、今のワークショップの開催場所、つまり受講生が寝泊まりするところは壽聖院じゅしょういんという名を持つお寺だった。調べるに、だれしも一度は聞いたことのあるだろう大名・石田三成公が創建し、またその菩提寺ともなっている由緒に溢れるお寺だ。もっとも、京都に由緒のない寺院はないかとも思うが。

すでに何度か来たことのある松山さんに手を引かれ、ゲームだったら確実に迷いそうな境内を歩いていく。ご存知の方は共感してくれると思うが、戦国忍者アクションゲーム『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』のステージっぽいなと、ややもすれば罰当たりな感想を抱いていた。

松山さんは、慣れた風に門を通っていく。一方私は、偶然見かけた犬に心を奪われ、「わあ!かわいいですねえ!」と声を荒げて少々撫でさせてもらっていた。お寺と柴犬。合わないわけがない。

任務を果たさねば、と思い直し、院に入っていく。改めて言うが、400年以上の歴史を持つお寺である。変な講義をしてはならない、という戒めはもとより、失礼な言動を取ってはならない、と心がける。エンタメ業界、とりわけゲーム業界のはしくれとして、私の印象がそのまま業界のそれへと相なるかもしれないのだ。いささか、緊張で肺が締めつけられる。

「よろしくお願いします」

受講生はそのほとんどがもう到着していて、きちんと挨拶を返してくれる。事前に聞いていた情報ではあるが、学生が大半のようだ。自身の学生時代を顧みるに、京都で有料のワークショップがあり、たとえ松山さんゲーム業界のレジェンドが講師を務めていたとしても、間違いなく参加はしなかっただろう。来てくださった受講生の判断と行動力には、敬意と感謝しかない。

講師の休憩用の離れを案内され、ひと息ついていると責任者らしき方々がご挨拶に来られた。ひとりは、福岡大学で教授をなさっている篠原巨司馬こすまさんだ。今回企画主催のテラクリエイターズ実行員会を統率していらっしゃる。次いで名刺交換させていただいたのが、壽聖院じゅしょういんの住職である西田英哲えいてつさん。軽く雑談を交えるうち、私はすぐさま不思議な感覚を覚えた。

考えてみれば、住職の方と他愛のない会話をするのは人生で初めてのことだったのである。それまで持っていた住職のイメージは、法事の際にお経を読んでもらい、食事の前に法話をしてくれるようなものだった。

そして、西田住職のお人柄の賜物だが、とても気さくでお話がしやすく、またエンタメがお好きで興味関心も強く、私は一瞬にして西田住職のことが好きになった。

ここで、もう一度 SEKIRO の説明をしよう。忍者を主人公とした高難度のアクションゲームで、舞台は日本らしき戦国時代、お城やお寺がステージとなる。お城には、侍や剣客が敵として出現し、お寺には、当然和尚的な外見をした求道者が立ちはだかる。

なんだか、SEKIRO のボスとして出てきそうで素敵ですね。

西田住職に向けて出かかった言葉を、上手に飲み込んだ。言いたくなったことを言わないのが品性であり、大人である。

開会式の時間となり、松山さん、小林さん、そして小林さんがお連れした特別講師の漫画家・江藤俊司先生とともに受講生へ自己紹介をしていく。その折、西田住職が挨拶がてら述べた一言が、まずべらぼうに面白かった。

三昧ざんまいという言葉をご存知だろうか。私は「すしざんまい」がすぐに浮かぶ。

今でこそ三昧は「~したい放題」という意味に落ち着いているが、本来は仏教用語であり、「眼前のことにのみ集中すること」を指していたそうだ。したがって、皆ワークショップに三昧しましょう。そう締めくくる、簡潔で含蓄あるお話をされた西田住職、テラカッコいい。同時に、少し焦燥感が芽生えてくる。

あんな痺れることを初手で打たれたら、講師として負けじと、受講生のタメになることを言わなければならない。

しかもだ。ワークショップ初日の最初の講義は、かの松山さん伝説的ゲームクリエイターである。落語であれば、いきなり真打がトップバッターとして出てくるようなものだ。なぜ私が二番手なのか。責任者はどこか。いや、そう思っても最早詮なきことで、松山さんは圧倒的な知識と経験、そして不動明王の如き形相で、ゲーム業界のマクロとミクロを受講生へ浴びせ続けている。講義用のスライドに一応小ネタは仕込んできたものの、到底太刀打ちできる気がしない。示唆に富んだ西田住職と松山さんの話のあとに、私が講師として場に立つことを、酷と言わずになんと言おう。

しかし。

私は講師として呼ばれた。呼んでいただいたのだ。ならば、そこに未熟も熟達も関係なく、同じ立場の人間として、自分のすべきことを遂行してこそプロというものだ。しっかりしろ、私。そろそろ松山さんのターンが終わるぞ。ギアを上げろ。

ここだけの話、講義開始時に言うことは決めていた。最近、エンタメ業界、ことさらライブ配信界隈で破竹の勢いを見せている、あのお嬢様だ。

壱百満天原ひゃくまんてんばらサロメ。他業界の方に向け少し説明をすると、YouTube 等でライブ配信を行う人々をライバーと言うが、中でも CG やイラストによって生み出された存在がバーチャルライバーである(VTuber とも呼ばれる)。愛着をもって「サロメ嬢」と称されるこの女性は、わずか2週間で YouTube のチャンネル登録者数が100万人を超えた、超新星で超異常値なバーチャルライバーだ。

「壱、十、百、千、満点サロメ」

これが、彼女の配信スタート時お決まりの挨拶である。完全に虎の威を借りる腹積もりだった。前日もしっかり動画を拝見し、予習してきていた。

実行委員の方から、私の番を促すサインをいただく。受講生の前に立ち、スライドを用意する。スイッチを切り替え、講師モードに入った。こう見えても、大学時代の4年間はサークルにも入らず塾講師のバイトに明け暮れていた経験がある。だから友達は少ない。英語を担当していたが、カリキュラムにまったく沿わないことで悪名高かった。

「それでは、イラストのワークショップを始めます。改めまして、講師を務めるイラスト・ゲームイラスト制作会社ミリアッシュ代表取締役の竹谷と申します。よろしくお願いします」

瞬時、サロメ嬢の挨拶を借りることに脳がストップを申し出る。いくら流行しているとはいえ、開幕が第三者の真似でいいのか。しかも、ものまねにも至らない、ただの丸パクリである。

「西田住職、カッコいいですよね。SEKIRO のボスとして出てきそう」

飲み込んだふりをして、口内にまだ溜めていた言葉だった。後にも先にも、世界規模で見ても、リアルの住職と SEKIRO を合わせて話した人間は私ひとりだろう。幸か不幸か西田住職はその時不在で、来られたら光の速さで謝罪しようと、晴れやかな心に決めた。

その後も、まったくビジネスで携わっていないゲーム『Ghostwire: Tokyo』の宣伝をしたり、テラクリエイターズに協賛してくださっているワコム社の沿革を創業ベースで勝手に説明したりと相変わらずの逸れっぷりだったが、少しは大人になったので、あらかじめ決めていた講義内容は無事すべて消化できていたように思う。

ちなみに松山さんは、私が言ってもいないことを言った感じにするフェイクニュース風ツイートで遊んでおられた。

かようにスパルタンなことは、毫も申していない。

また、ワークショップの内容としては、実際のイラスト制作を疑似体験してみんという意図から、架空のクライアントワークとして、壽聖院のマスコットキャラクターを企画制作してもらった。

講義を終え、しばらくすると西田住職が現れたので、霹靂一閃の速度で接近すると、どうやら別場所にてお聞きになっていてくださったようだ。

「SEKIROのボスゲージが見えますか。あっはっは」

そう破顔一笑してくださるこの度量。惚れてしまう。

私のあとに大取を飾った小林さんもさすがのトーク力で、特別講師としてお呼びした漫画家・江藤俊司えとうしゅんじ先生とともにウェブトゥーンの実態を全力で受講生に伝え、初日は終了を迎えた。

お寺で体幹を鍛える松山さん。近々プロレスに出られるのだとか。

そのまま壽聖院で食事を取って就寝する受講生に一度別れを告げ、講師陣は宿泊先のホテルへ向かい、追って会食の場所へ。メンバーは松山さん、小林さん、江藤先生、私、篠原教授、そして西田住職の計6名だ。

京都晩餐会の地は四条烏丸近くのお店「楽庵」さん。あまり形容してもとは思うが、信じられないほどにすべてがおいしかった。京都へ行く予定のある方は、ぜひご賞味いただきたい。

楽庵さんの生麩田楽。おいしさのあまりおかわりしてしまった。

ご飯がおいしければ、当然に話も弾む。ここではとても記せないような内容もあったが、私が特に引かれたのは篠原教授と西田住職のご縁、その始まりだった。

答えは非常にシンプルで、大学時代バスケットボールのサークルメンバーだという。ただそれだけのことではないか、とお思いの方もいるかもしれないが、私にとってはなんだか胸の高鳴るものがあった。

ふとした拍子に知り合ったふたりが、その縁を切らさず保ち、太くしていき、かたや大学の教授、かたや寺院の住職となった。その後、篠原教授が九州のご縁で福岡出身の松山さんと繋がり、お互いのビジネスを、つまりできることとやりたいことを持ち寄って始動したのがテラクリエイターズだった。そうして私のところまで話が来て、取り組みに混ぜていただいた。

人の輪。そう言うと途端に薄っぺらく響くかもしれないが、連綿と紡がれてできた結び目のひとつに自分が入れたことに、並々ならぬ感謝を覚えたのである。

一次会が終わり、小林さんと京都の老舗銭湯「サウナの梅湯」さんへお邪魔したり、松山さんのフェイクニュースを嘘にしないために「天下一品」の総本店で深夜のラーメン半チャーハンという罪深い愉悦に浸ったりしたのだが、ここでは割愛させていただく。

もう一度申させていただくが、かような会話は一寸もしていない。

ワークショップ二日目

二日目は、初日のゲーム企画、イラスト、ウェブトゥーンの講義兼ワークショップを経たのちに受講生から希望を募り、それをもとに作った分科会でひたすらグループワークに”三昧”してもらう運びになっていた。希望者がひとりもいなかったらどうしようかと不安だったが、ありがたいことに5名も来てくださっていた。きっと SEKIRO の話をしたからだろう。いつだってゲームは私を助けてくれる。

イラストのワークショップ二日目は、初日のクライアントワークに対し、イラストの持つまたひとつの側面を「創作・発信」と定義し、そこを深掘りした。例として挙げたのは、かの”天才”浮世絵師・葛飾北斎かつしかほくさい。30,000点超もの絵を描いた彼の死に際の言葉が「あと5年で、本物の絵描きとなれた」だったことを取り上げ、とにかくたくさん描いてもらうのが狙いだ。

テラクリエイターズワークショップ「イラスト」二日目用スライド

課題は、京都という地から『東海道五十三次』、そしてそこにファンタジー要素を取り入れて「空想道五十三次」とした。グループメンバー各自の出生地や育った場所、また思い入れのある風景を描き、連作を合作していく。せっかく合宿に集まった者同士、互いのことを知りつつ創作に臨んでくれればと考えての案だった。

そして、ただひたすら机に向き合ってもらうだけでなく、起爆剤のようなものをひとつ拵えてきていた。

現役のプロイラストレーターによる、ライブドローイングのパフォーマンスである。

ご協力いただいたのは、yUneshiユネシ さん。諸々のご縁あってなにかと仲良くさせていただいており、この度ご足労いただいた。いつも弊社の無体をご快諾くださる yUneshi さんには、感謝の念に限りがない。

お描きいただく時間は20分、テーマは「京都、寺、かがり火」とした。イラスト界隈に詳しい方はピンとこられているかもしれないが、デジタルアートバトル「LIMITSリミッツ」のフォーマットをほぼ丸ごと拝借したかたちだ。しっかり宣伝もしたので、LIMITS ご関係者の皆様にはどうかご容赦のほど心からお願いしたい。ちなみに、テーマにかがり火を入れたのは、壽聖院の創建者である石田三成公の辞世の句からの引用だ。

筑摩江ちくまえや 芦間あしまに灯す かかり火と ともに消えゆく 我が身なりけり

結果としては、このワークショップ最大の拍手が巻き起こったように思う。20分という短い時間で描くことは、挑むイラストレーターの緊張感はもとより、見る側も等しくハラハラドキドキする。これぞオフラインで仰ぎ見るライブドローイングの醍醐味である。この場を借りて yUneshi さんには両手いっぱいの御礼を申し上げる次第だ。お会いする度に研ぎ澄まされていくセンス、次またお仕事をご一緒する日が楽しみでならない。

受講生たちがグループワークへ戻ったのち、西田住職と篠原教授の粋な計らいで、妙心寺を見学させていただくこととなった。「俺はもう見たから」と辞退する松山さんを残し、yUneshi さんや江藤先生含め講師陣こぞって参加させていただいた。「どこから見ても眼が合う」ことで知られる法堂はっとうの「雲龍図」の迫力も唸るものがあったが、個人的には退蔵院たいぞういんの景色が筆舌に尽くしがたい美しさで、思わず息を呑みに呑んだ。

四季折々の表情を見せる退蔵院の庭園「余香苑よこうえん」。小林さんがなぜか必ず写真に入る。

また、「是什麼これなんぞ」という面白い名の和菓子と冷抹茶もいただき、至れり尽くせりの時間を過ごした。松山さんも来れば良かったのに。

退蔵院オリジナル半生和菓子「是什麼これなんぞ」と冷抹茶。とても美味。

始まる前は長いと感じていたことも、ほかのあまねくイベントと同様に過ぎゆくのは矢の如しで、気づけばワークショップの時間は終わり、受講生の発表の場となった。イラストの受講生は、どれも各自のバックボーンが分かるストーリーテリングなイラスト、そしてちゃんとファンタジー要素を付加してくれていた。ゲーム企画の発表も研究に裏打ちされた提案で、ウェブトゥーンのネーム構成もグループで分業できており、皆きちんと時間内に完成させていた。

残すところは、閉会式のみである。各講師一言ずつ求められるも、松山さんが帰りの新幹線までタイムクライシス時間がないということで、少々急ぎで話そうと共通認識ができた中、私の番が来た。

「壱、十、百、千、満点サロメ」

隣の松山さんの顔が金剛力士像のように変貌した気がするが、わが生涯に一片の悔いなし、である。申し訳ないとは心底思っている。そして、いくら時間が巻いているとはいえ、ものまねですらないフレーズだけで終わらすのも次回に呼ばれない気がしたので、こう続けた。

「私の好きな漫画『ハイキュー!!』の中に『全てのプレーは繋がっている』という言葉があります。今回このワークショップが実現できたのは、壽聖院の西田住職と、福岡大学の篠原教授が大学時代にバスケットボールを通じて知り合い、そのご縁を枯らさず水をやり続け、時を経て篠原教授が松山さんと繋がり、松山さんが小林さんと私にお呼びがけくださり、小林さんが漫画家江藤先生を、私がイラストレーター yUneshi さんをお連れした結果です。こうした繋がりから生まれた企画が、今受講生の皆さんへ繋がりました。この一泊二日をどう思い、どう活かすかは皆さん次第です。全てのプレーは繋がっている。そう意識しながら、これからも多くのことに取り組んでいっていただければと思います」

だいぶ美化した気がしないでもないが、たぶんこれで合っているだろう。

そして、伝え損ねていたことがもうひとつあったので、最後にそれを記し、結びとさせていただきたい。サロメ嬢の人気にタダ乗りしている場合ではなかった。

この記事が、どうにかして受講生のもとへ届きますように。

受講生へ伝えられなかったこと

「学生の方が多いので、これも申し伝えられればと思います。社会人として働き始めると、予想以上に嫌なことがあります。もう社会人として過ごされている受講生の方は重々とっくにご承知のことかもしれませんが、機嫌がころころ変わる上司はいるし、他人を踏み台にする同僚は昇格するし、部下はまったく動かずに陰口を叩きます。自分をよく見せたいがためだけにだれかを貶め、感謝もしなければ謝罪もできない人々を、私は少なからず見てきました。社会も会社も、皆さんのためには作られておらず、なにもかもが嫌になってしまう日もあると思います。かく言う私にも、そんな泥の中で呼吸をするような日々がありました。

だから、覚えていてほしい。

この二日間、講師を務められた松山さんと小林さんは、ひとの想いを裏切らない。おふたりほど、ビジネスを全うし、まっすぐ働くことに嘘のないひとはいません。

今すぐになにかは起きなくとも、いつかはなにかが起きるかもしれない。そのいつかのために、皆さんもどうか、裏切られても裏切らず、自分の生きるに値する道を歩んでください」

かなり説教臭くなったが、ワークショップのあの時の私のテンションを再現するに、これくらいは言っていたはずである。

京都のワークショップがきっかけで。

いつかどこかで、この言葉を聞けたらいいなあ。そんなことを夢に見ながら、離れがたい京都をあとにした。




お読みくださりありがとうございました。

最後の最後に、お誘いくださった松山さんを始め、京都にて出会った、また再会したすべての方々に心全幅の厚謝の意を表します。本当にありがとうございました。

以下、読まなくていい前日譚となります。もしよろしければ、お付き合いください。




番外編:読まなくていい前日譚

土曜日朝からのワークショップに備え、金曜日に前日入りをした時、日中は久々の京都を満喫すべくあちらこちらを散歩していたのだが、夜は滋賀県の大津市で、新卒時代の同期と食事をした。最後に会ったのは2017年、株式会社ミリアッシュを設立したばかりの頃で、およそ5年ぶりだ。

人生で初めてみた琵琶湖。海かと思った。

しかし、古い友人というものは不思議な存在で、会わない年月が長くとも、会った瞬間に当時の感覚で会話ができてしまう。当時平社員だったふたりは、一方は琵琶湖のマリーナの常務取締役、もう一方はイラスト制作会社の代表となった。肩書は変われども、変わらない関係がある。

朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。
(だれか友だちが遠い所からたずねて来る、いかにも楽しいことだね。)
『論語』金谷 治 訳注/岩波文庫

『論語』にある通り、遠くへ会いに行ける友がいることは、本当に貴重で、そして間違いなく楽しいことだなと思う。



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