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ミリアッシュ|イラスト制作会社
2019年11月9日 12:00
もしかしたら、鉄でできているのかもしれない。 およそ、距離にして五百歩ほど前方か。今までに、見たこともない大きさだった。はじめて遠くに見えた時は山かと思ったが、歩を進めるにつれ、建造物の群れらしいと徐々に認識できるようになった。建立から時間がだいぶ経過し、浸食を許しているのだろう。輪郭からは、どことなく弱々しい印象を受ける。ところどころ崩れかけ、斜めになっているものもあった。 なぜ、人工だと
むいていない。その思いは、ずっと消えていない。 それでも、生きるために必要なのだと、言い聞かせていた。眼前に広がる瓦礫をぼんやりと見つめ、ミリアは長く息を吐く。 すでに、日はやや西に傾いていた。足元を漂う小さな寒気に、冬が近いのだと思う。そして、ここは屋根さえ崩落してしまっているのだと、改めて気を落とした。 遺跡と呼ばれる場所。遠い昔に捨てられた住居や施設であり、未解明の技術の塊でもあった
数度、火が弾ける。 そこから放たれる光が、スミスの筋骨隆々とした躰を晒していく。発掘協会の会長を務め、ひと癖もふた癖もある会員たちを取りまとめる傍ら、自身も機械工として重々しい機械を扱っている。人と油にまみれながら、発掘された物資を商品へと加工し、流通させていく。その労働と責務の重さは、ミリアではおよそ慮ることができない。しかし、その眼光の鋭さと刻まれた硬く深い皺は、ミリアの知る限りスミス以外
撫でてもらうには、いいことをしなければならない。 何度かお願いはしてみても、母はただ撫でることはしなかった。手伝いを頑張ったり、言いつけをしっかり守ったりすると、母はひんやりとした手をアッシュの頭に乗せ、くすぐったくなるような優しさで、ゆっくりと動かした。 少し恥ずかしくて、とても嬉しかった。言葉で褒めてもらうより、撫でられることが大好きだった。足らない、と文句を垂れても、母は時間を延ばそう
騒々しさで、ミリアは眼を覚ました。横を見ると、弟はもういなかった。どうやら、かなり眠っていたらしい。 慌てて着替え、階段をおりる。予想するまでもなく、騒ぎの中心は工房からだった。弟の声が混じっているのに、ミリアはさらなる不安を覚える。 辿りつくと、弟がスミスに取り押さえられていた。その先に会員がひとりいて、あとはその周りを囲むようにしている。「アッシュ」 堪らず叫ぶと、会員たちがミリアの
少し、ゆっくりしすぎた。 灰をすくい、皿にかけて火を消す。消えたあたたかさに、すぐさま恋しさを覚えてしまう。 空を見あげる。雲の色合いからして、今は昼をいくらか過ぎたところだろうと思った。夜まではまだ猶予があるが、そこまで悠長にしてもいられない。 顔が冷えていき、ヒューは次第に現状の悪さを認識していく。本日の寝床が、まだ確保できていなかった。早く旅を再開できるよう、慌てて用具を袋へ詰めこむ
眼を開くと、灰色の空が見えた。輪郭の定まらない頭で、ミリアはまず少女のことを考えた。無事なのだろうか。「アッシュさん、ミリアさんが起きました」 こちらを、覗いてくる顔がある。少女だった。肩まで届きそうな金色の髪に、透き通った、大きな青い瞳。年齢は弟と同じくらいだろうか。ミリアたちの住む街には、ちょっといない種類の美貌だ。 少し暗くなっていた。結構な時間、眠ってしまっていたのかもしれない。
空は変わらず、灰色だった。 天気などないのだ、と言うかのように、降灰の強さにも変化はない。時間としては朝だとしても、やはり暗いとミリアは思った。 昨日と同じ場所にいた。ヒューと、話をしていたところだ。 視線を戻して周囲にむける。弟が、勢いよく顔を四方八方に振っていた。「姉ちゃん、ヒューがいない」 緊迫した声だった。確かに、見渡す限り灰と廃墟しかない。「どうしよう、昨日の獣に追われてい
やわらかさとあたたかさを、背中から感じる。 来た時に比べれば、いくぶん空は暗がりを見せていた。「寝ていいからね、ヒュー?」「はい。ありがとうございます。重くないですか?」「まったく。やわらかくて気持ちいいくらいよ」 彼女の眼は、閉じているようだった。いかにも眠そうな声が、耳裏から届く。もとの世界の自分だったら、いかに女の子で軽いとはいえ、背負った状態で悠長に歩くことなどできなかった。灰
明と熱。 火を熾す理由は、大別するとそんなところだ。暗がりをなくすためか、暖を取るためか。徐々に勢いの強まる火を見ながら、ヒューは思った。今回は、熱のためである。「いつ見ても、うまいなあ」 のんびりと、アッシュが言った。火口を作り、発火させる一連の流れを、先ほどから近くで見られていた。「好きなんですよね、この一連の作業が」「ヒューがそうやって着々と焚き火を進めてくの、俺も好きだよ」
灰は、いつにも増して、強めに降っている。 ヒューが言うには、この地方は特に積もるのだそうだ。最初はうっとうしいと感じた灰も、今では慣れて、気にならなくなっている。姉は、髪に絡むのがどうしても許せないらしい。 どちらにせよ、今日で終わりなのだとアッシュは思った。灰の空は、今日で最後。明日からは、自分たちの世界と同じく、太陽と月の巡りが空に浮かぶ。 昨日、造物主の石庭には到着していた。日暮れが
祈ることが、生きることだった。 日々、神を模したと言われる像を父は愛おしそうに見つめ、生命の感謝を述べる。母もできる限り父に寄り添い、結果、ギマライも祈りに同席することが多かった。 祈るとはいえ、父から出る言葉は願望や希望ではなく、謝恩と決意だったように思える。 今日も素晴らしい一日をありがとうございます。日々の繋がりを意識し、欲に溺れず、人を愛し愛されるように生きます。そんなような内容だ
月は、やや翳っている。 窓から入りこむわずかな光を見て、アッシュは思った。 灰の国から帰着後、まずはスミスに報告を入れることになっている。日暮れに伴って戻るため、常にそれは夜に行われていた。 道行く間に見つけた動植物の観察記録や、魔物との戦闘結果、そして、新たに身につけた魔法の詳細。 しかし、ここまで暗鬱な夜は、はじめてだった。「認められん」 スミスは、先ほどから発言を変えない。「
雪と灰は似ている。 徐々に、冬は終わろうとしていた。それでも、雪が降ると手がひどくかじかんだのを、ミリアは思い出す。 ミリアは手を開き、降りゆく灰の感触を確かめる。雪ではない。ただ、寒空から届いているからか、冷ややかさを指先に感じた。 ひと月ぶりの灰の国は、一段と寒くて暗い。しかし、その大気に抵抗するかのように、手は熱を保ち、躰の芯も固まってはいなかった。心がそうさせているのだろう。 門