性犯罪から子どもを守るためには:刑法の現状はどうなってる?
子どもに対する性犯罪のニュースが相次いでいます。よく「日本は性犯罪者に対して甘すぎる」という声が聞かれますが、実態はどうなのか調べてみました。
市民感情と司法にギャップがある?
パリオリンピックのビーチバレーに、過去に少女への性暴力で逮捕され、服役したオランダ選手が出場したことが話題になりました。巷の声は賛否両論で、日本では否定的な意見が多かったように思います。
性犯罪を犯した人がオリンピアンと聞き、他国のことながら私も違和感を覚えました。偽証や横領といった罪状であれば、「更生してポジティブな活躍をした事例」と受け止められたかもしれません。しかし、今回のケースでは、恐らくは今も傷を抱える被害者に対してアンフェアな印象を持ちました。
国内でも、子どもに対する性犯罪に関わるニュースが相次いでいます。
7月19日:福岡県で登校中の児童を背後から襲い、路上で強姦した被告に対し、懲役6年6カ月の判決
7月23日:東京・昭島市で下校中の児童を尾行し、集合住宅の敷地内でわいせつ行為をした男が逮捕
8月4日:北海道で母親と公園に遊びに来ていた未就学児が強姦され、警察が捜査中
ちなみに私自身も小学生のころ、昭島の事件とそっくりな被害を経験しています。
福岡の事件に関しては、量刑の軽さに対する強い課題意識を感じる記事を複数目にしました。Yahooニュースのコメント欄も、「性犯罪者への量刑の基準を見直すべき」「特に子どもに対する性犯罪は早く厳罰化を」といった声であふれました。
2017年に起きた松戸市の小学生に対する強姦殺人事件では、被告の無期懲役が確定。極刑にならなかったことが議論を呼びました。この事件と比較して、福岡の事件は殺人ではありませんから、量刑に差が出るのは当然です。しかし、それにしても6年半――。福岡の被害者は命が助かったわけですが、それは残りの一生を、他人の想像し得ない苦しみを抱えて送ることでもあります。
福岡の事件の判決の際、裁判長は犯行について「年少の被害女児の人格を踏みにじる、卑劣で悪質なもの」と述べたそうです。一般市民の間でも、法曹界でも、性被害者の苦痛の大きさ、傷の深さに対する理解は共有されてきている。一方で、加害の実態には到底釣り合わないように感じられる判決が出るのは、刑法上の規定や過去の判例に阻まれているせいなのか……? 以下、ざっくりですが調べてみました。
刑法の規定と実際の量刑を調べてみた
現在、施行されている刑法の性犯罪規定は、2023年7月に改正されたもの。刑罰は以下のように定められており、被害者が子どもの場合も同様です。
■不同意性交罪(強姦罪)
5年以上の有期懲役(※)
※有期懲役の上限は原則20年
■不同意わいせつ(※)罪
6カ月以上10年以下の懲役
※わいせつ行為:体を触る、キスをする、自分の性器を触らせるなど
福岡の事件は不同意性交罪ですから、刑法上は懲役20年まで課すことができるようです。しかし、本件では検察の求刑自体が7年6カ月だったとのこと。
少し古い資料ですが、1999年(平成11年)~2019年(令和元年)の強制性交等罪・強姦罪(現在の不同意性交罪)の量刑をまとめた法務省の統計があります。これを見ると、実際の量刑は刑法上の下限付近が最も多いようです。
なお、上のグラフでピークが「2年超、3年以下」の年も多いのは、2017年7月まで強姦罪の刑罰の下限は3年だったため。これは強盗罪(5年以上の懲役)より軽い設定でした。
強姦の刑罰は現在の「5年以上」に引き上げられたのは2017年7月、性犯罪に関する罰則が1907年(明治40年)の刑法制定以来、110年ぶりに大幅改正されたタイミングです。このとき、被害者が男性の場合も罪に問われるよう、併せて改められました(2017年7月までは、男性への性加害は犯罪とみなされていませんでした)。
強制わいせつ罪(現在の不同意わいせつ罪)の量刑も見てみましょう。こちらは刑法上の規定は「6カ月以上10年以下の懲役」ですが、ピークは「1年超、2年以下」で、5年を超えることはほぼないようです。
続いて参考までに、海外の罰則規定も見てみたいと思います。これもソースは法務省の資料です。
■アメリカ
規定は州によって異なります。被害者が13歳未満の強姦罪の場合、ニューヨーク州は「5年以上25年以下の拘禁刑」、ミシガン州は「無期または有期拘禁刑」。
■イギリス
被害者が13歳未満の強姦罪で「最高で終身刑」。
■フランス
強姦罪自体が「15年(以下)の拘禁刑」で、「被害者が15歳未満の場合は加重事由となる」。
■韓国
強姦罪自体が「3年以上の有期懲役刑」で、「被害者が13歳未満の場合は加重事由となる」。
こうして見ると、日本の強姦罪の「5年以上20年以下の懲役刑」は軽い方ながら、特異的とも言えないようです。ただ、被害者が子どもの場合の規定がないのは、上記の中では日本のみです。
なお、上記の資料からは外れますが、アメリカでは子どもに対する性犯罪への厳罰化が進んでいるようです。フロリダ州では被害者が12歳未満の場合、性的虐待罪で「25年以上の禁固刑と生涯にわたる電子機器を用いた監視」、強姦罪では「仮釈放なしの終身刑」とのこと。2005年制定された「ジェシカ法」によるもので、他の州でもこれをモデルにした法律が続々と導入されているようです。
子どもを守る環境づくりは大人しかできない
まとめると、日本の刑法の性犯罪に関する規定は、1907年(明治40年)の刑法制定時のまま長年変わらず、2017年に初の改正。強姦罪の下限が懲役3年から5年に引き上げられました(懲役3年を超えると、執行猶予も原則付かなくなります)。一方、被害者が子どもの場合の加重規定は設けられませんでした。
実際の量刑は、不同意性交罪(強姦罪)で5~7年、不同意わいせつ罪で2年程度が多く、既定の下限をベースにした判例から大きく外れた判決は出にくいことがうかがえます。
ちなみに、明治40年の刑法といえば、夫側のみが告訴できる「姦通罪」が含まれていた法律です。姦通罪は昭和22年に廃止されていますが、強姦罪や強制わいせつ罪は制定時の規定が110年にわたって生き続け、その枠組みの中で判例が蓄積されてきました。こうして、戦前からの「女性は男性に隷属するもの。性犯罪は相手をその気にさせた方も悪い」といった男性優位の空気感が、司法の中に脈々と受け継がれてきたのではないでしょうか。
一般社会の中にも、性犯罪を「被害者の恥」ととらえる風潮はまだ残っているように感じます。自分の体を他人に暴力的に利用された被害者自身が打ちのめされ、恥の感覚を抱いてしまうのは、ある種自然なことですが、これは暴力がもたらす認知の歪み。暴力の責任は本来、受けた方ではなく振るった方にあるはずです。
そして性被害者の中でも特に、不利な立場にあるのが子どもです。年齢が幼いほど、体力的にも抵抗は難しく、性に関する知識もありません。何をされているかも分からないまま被害を受けた子どもは、その後成長とともに自分に植え付けられた記憶の意味を知り、その一生の大半を「辱められた人間」という意識を抱えて送ることになりかねません。
2024年6月、子どもに接する仕事に就く人に、性犯罪歴がないか確認する制度「日本版DBS」を導入するための法律が成立したことは、大きな一歩です。とはいえ、福岡の事件をはじめ、冒頭に挙げたような通り魔的な犯罪は、「日本版DBS」では防げません。
子どもを守るための環境づくりは、大人にしかできないことです。私自身、かつての被害者の一人ですが、比較的軽い被害でもあり、日常的にはごく平穏な環境で成長できました。いつの間にか被害の記憶を封じ込めて生きてきたため、事件の影響を受けることなく社会生活を送ることもできました。
そんな私なりにできることを何かしたいと、被害の記憶を数十年ぶりに取り戻した今、考え始めています。この記事はその第一歩ですが、恐らく認識違いもあるかと思います。コメント等頂けたら、大変嬉しいです。
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