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あぁ、あの人も同じかもしれない。

仕事で嫌な事があった。

泊まりで旅行にでも出かけたいが、これから年末である事を踏まえると、あまり多くお金を使いたくはないので、日帰りで奈良に行く事にした。僕の家からだと往復で1600円ほどで済む。

数年前、京都の寺院へ紅葉シーズンに合わせた夜間特別拝観に行った事を思い出し、ネットで調べたところ、東大寺の敷地内にある二月堂というところからの夜景が良いらしく、夕暮れに合わせて出発した。

JR奈良駅に到着し、改札側にある観光窓口のようなブースでバスの周遊パスを購入した。東大寺前に向かうためバスに乗り込む。以前に奈良に訪れたのは確か15年ほど前なのだが、街並みやロータリーが外国人旅行者向けなのかかなり綺麗になっていた。

東大寺前に降りると、鹿の臭いであろう、野生動物臭さが漂っている。鹿せんべいを求めて鹿が観光客にすり寄っている光景が至る所で見られた。最近奮発して購入したダウンジャケットで来たことをひどく後悔した。まったりとした奈良観光を決め込むつもりであったが、鹿に構われないよう早足で歩く事にした。

大仏を観ることを計画し忘れたため、入館門限を10分過ぎており、ガードマンが塞いで入館できなくなっていた。大仏には縁がなかったと諦めて、正門前を右折し二月堂に向かうが、そちらへ向かうと人の流れが一切なくなった。陽が傾き始めて薄暗く、鹿しか歩いていない寺院の敷地は冷え始めた上に気味が悪かった。本当にこの時間にも入られるのか疑いもあったが、全く人が見られない訳ではないので進んで行った。

薄暗い階段を登って進んでいくと、足元に赤いもみじが落ちていることに気がついた。見上げると、ほとんどのもみじが青いままで、一部は茶色く枯れていた。聞いてはいたが、今年は秋らしい気候の時期が少ないまま一気に寒くなった事から色づきが悪かったそうだ。そういった気候だと葉が青いまま落ちてしまうらしい。大仏といい、つくづく上手くいかないなと思ったが、提灯の明かりが並ぶ建物が見え安心し進んでいくと、前を中学生くらいの制服姿の少女が一人歩いている。こんな世代の少女が寺の敷地を歩くのに誰も同伴していない事を珍しく思いながら歩いていると、彼女も二月堂に入っていく。こんな歳の少女が一人で拝観なんて、やはり珍しい姿だなと思ったが、三十近い男が一人夜景を観に来た自分も言えたものでは無いと思い返し、深く考えない事にした。

近くにあった自販機でホットコーヒーを買ってから、階段を登って二月堂内に入る。絵柄や社名の彫られた提灯がオレンジの暖かな電灯を放って並んでいる中、回り込むと、東大寺を左側に奈良盆地を一望できる景色が広がっていた。思っていたほど人もおらず、10人前後の人しか見られなかった。

まだ陽が明るく、木造のベンチがあったので腰かけ、スマホでYouTubeを起動しコーヒーを飲みながらサンセットを待つ事にした。

YouTubeではなんとなくだが、昔よく聴いていた中村中の弾き語りをチョイスした。中村中のセカンドアルバムの「私を抱いて下さい」は、夜を思わせるような暗いテイストで「裸電球」という曲もある事から、提灯の灯りから連想したのだろう。中村中を聴いていたのは、高校生から専門学生の頃だから、もう10年以上前の事だ。懐かしさに浸っていたら、手すりにだらんともたれて夜景を眺先程の少女が目に入った。

僕と同じく、何か思うことがあるのだろうか。こうして一人で夜景を眺めに来た事を彼女はきっと誰にも話さないんだろうな。などと勝手な事を思いながら見ていると、ちょうど流れる曲の歌詞が重なる。

“あぁ もしかしたら あの人も同じかもしれない

 あの人も同じ様に 思っているかもしれない”

「そうだ。なんでもかんでも、誰かのせいにし過ぎてはいけないよ。」と言われた様に思えた。怒りややり切れなさが出たのは、そういった傲慢さからかもしれない。

彼女は気が済んだのか、伸びをして小走りに去っていった。すると陽の傾きが程よい頃合いで、奈良盆地が建物の電灯で彩られている。僕はもう少し夜景を楽しもうと、ミルクティーを買うために再度自販機に向かった。

※参考 中村中「愚痴」

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