敵 【小説 #12】

※最後まで読んでいただけます。実質720字ほどです。
※戦争を記述しています。嫌悪を予感される方はご遠慮ください。


どこかで、戦車が撃退されたと言っていた。
どこかで、軍用機が打ち落とされたと言っていた。
事実だと思う。
多くの兵士は、初めから戦地にいたわけではないことも知っていた。
その通り、君の見たことは全て事実だ。

それは、敵だと思っていた。
迫害し、苦しめ、正義に反する者。その確証があると信じていた。
今は、もう分からない。
私と似ているのではないのか。何かに気づくのが遅かったのだ。
そんな同情の思いの方が大事だ。

君は、説明できるだろうか。
誰が、憎悪すべき敵であり、その為に失われるのかを。

私には、見えるものがある。平和を知る、富める国の人々の悲嘆がそれだ。非難もするだろう。
私は、銃を手に、この地を走り続けた。
事実、この銃弾の飛び交う世界で、いったい誰が誰を殺めているのか、その全てを信じきれるものではない。

私は、確かに許されざる者だ。
けれども、君らの価値観もまた、この戦場では幻想に近い。
それとも、義務感か。
どうであれ、巧妙に酔わされてはいないか。
あるいはまた、別の夢で戦っている。

カメラを手に近づいてくる者は、何人も見たのだ。
そういう、疑うことを知らない者たちばかりだった。

私は、少し分かった気がする。
心が冷めていく中で、いくつかの英知の影を見た。
いったい、どこから光が射していたというのだろう。
撃つとか、撃ち返すとか、そういう区別ではなかったのだ。
戦場を支配する知恵。それは生き残る側のものだ。

いくつか教えてやろう。

君の見ている世界は戦場だ。
武器を持つ者と認められた限り、報復を受けるしかない。

私は、地に倒され、このとおり冷たくなっていく。
間もなく、心臓は停止する。

見つめる者よ。
君までが、もうこれ以上カメラを持つことを考えるな。

私を、忘れないだけでいい。

-終- 

今回も読んでくださったことに感謝いたします。


#名案の小説11から15まで  
#名案の全作  

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あとがき

不快な作だと思われた方もいらっしゃるかもしれません。誤解を受ける要素も多いと思います。
釈明を書かせていだきましたが、私的恒例化しつつある巻末付録の詩篇をまず置き、今回は後回しにします。

ただし、この詩も戦争を読んだものです。ご注意ください。


付録


約束【詩篇】(こういうものは多く書こうとは思いません)


雲が流れるのを
ただ 見つめていた

花のように 風に怯えて

あなたはどこへ行った

あなたが死者であれ
生き延び そして去ったのであれ

あなたの落としたものは
それは 地へと帰るのではなく
放たれることのなかった
いくつかの銃弾を抱き

たとえ あなたを忘れても

誰彼が またいつかやって来る
そのとき
きっと 復讐の思いは果たされる
その願いを捨ててはいないと

その子らもまた 声なく信じ
待ち続けるだろうと

そう囁く この風の中で


釈明(何を書いたか)

短い作ですが、ディテールに苦心しました。細部の書き足しや削除の繰り返しで、何とか破綻が少なくなるようには努力したつもりです。

この兵士には、今や戦闘の当事者である敵への恨みは少なく、また同時に報道者らを敵と捉える考えもないと思います。
ただ、その言葉には、何かの悲劇性を暗に示唆するものがあります。

カメラを持つ者の仕事に敵視が持たれる状況は、先進的な文化全般を戦闘同等に嫌悪する風土においては実際にあり得ることと思います。
今日の世界でよく問題となる事態であり、根底には、人間をより分けて遠く隔ててしまう埋め難い断絶の存在があります。

兵士が、いつからそのような疑問の意識を持ちし始めていたのか、それは不明瞭なままでいいと思います。
あるいは、撃たれて初めて確信することもあるかもしれません。

しかし兵士は、自由な報道を志して働く側の者にも、何か重要な問題を把握しきれてはいないところがあると考えているのです。
その判断と表現の是非はともかく、兵士の言葉には、敵と見なすのではない者に対する個人的な忠告の試みがあると思うのです。

兵士は、余力も少ないようです。
思いはとどくでしょうか。

読者に何か少しでも伝わるところがなければ、今作は失敗です。

詩について。「その子ら」とは、失われた子と生き延びた子の両者です。

以上が釈明です。
私は、文芸を書くことで政治的議論をしたいと思いません。
特に、何かの政治的な出来事の背後には誰それの暗躍があるなどという陰謀論の類、自衛隊の海外派遣に関する論、現政権と現総理大臣についての評価に関すること、特定の国や政党や政治団体の姿勢に関すること、それらに触れることには全く興味がありません。

次は、また全く別の内容で書きたいと思っています。


小説の目次はこちらです 
https://note.mu/myoan/n/ncd375627c168 

#小説 #短編 #掌編 #文芸 #詩 #ショートショート


付記 11月2日

いわゆる投げ銭をくださった方がいらっしゃいました。
お礼申し上げます。
正直に白状しますが、私としては12作にして初めてのことです。
お名前を公表することは慎重を期して控えさせていただきます。

差し出がましいことですが、謝恩として、さらにオマケでもうひとつの詩を置くことと致します。

従いまして、ごくごく小品の詩を加えただけではありますが、以下は有料テキスト部分の形式となります。
ご了承ください。

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