明日また来る 【小説 #13】

※最後まで読んでいただけます。実質1500字ほどです。


都会で一日を働き、いつもと同じく、消耗しきった帰途となった。
列車の窓から、夜の街並みを見ていた。
すると不意なことだが、今朝方の何とも暗い夢を思い出した。

暗闇の中、静寂の水面を行く小舟の中だった。
何か、引き返すことの出来ない理由があり、苦悩を抱えていた。
いや、それだけではない。
きっと、もうここに沈むしかないと決心をしたのだ。
そのとき、恐怖に目が覚めた。

人は、眠りのたびに、必ず夢を見るのだという。
いつも、その全てを忘れてばかりいる自分なのに、よりによって、こんな絶望の夢だけは思い出すだなんて。
不吉に思った。

するともうひとつ、何か怯えのような感触が戻って来た。
それは、確信でもあった。

舟には、何かが積まれいた。

それが何であったのかも、また分かるように思えてきたのだ。
網ではない。
自分が漁師ならば、水に身を投げようとは思わないだろう。
胸中に迫るもの、それはもっと深刻な答えだった。

あれは、きっと死体だった。

話もつながる。
罪を犯したのだ。

生きぬくために逃亡すること。
あるいはまた、刑に服するために裁きをうけること。
その、いずれの道を選ぶことも出来ずにいたに違いない。
その果てに、終わりの時へと追い込まれてしまったのだ。

情けない末路だ。そう思った。
ただ、疑問もあった。
自分が、仮にどこかで人生を間違えることがあっても、そんな大それた破滅の仕方をするものだろうか。
自嘲した。

仕事で思うような働きが出来ずに埋もれるばかりか、空想でさえ、物語りに失敗したというのか。
そう思うと、いっそう情けなかった。

せめて、もう少し現実的な答えが欲しかった。
夢を憎んだ。

その夜、眠ることが不安だった。
同じ夢を見ることがあっても、もう決して怖気づくまい。そう、自分へと言い聞かせるばかりだった。
やはり、夢を憎んでいた。

いつしか数日が過ぎた。
代わり映えのしない空虚しかなかった。
仕事が面白くなく、他に生き甲斐もなく、帰宅しても何もすることがない。
不貞腐れた早寝が習慣になっていた。それなのに、なぜか心労は重なるばかりだった。

こんな虚しい人生の現実に、いったい、これ以上どんな重荷を背負わされているというのだろう。

分からなかった。
分からないままに、またしても数日が過ぎていった。

そして今日がやって来た。いつもと同じ、冷たい朝だった。
辛く、苦しい、あの通勤列車の中にいた。
いつものことだが、顔だけがあった。
語る声はなく、笑みもない。
眉ひとつ動かすことのない顔、また顔。
自分が特別なのではない。
きっと、そのひとつにすぎなかった。
いや、誰よりもそうであるに違いない。

この顔が自分そのものだ。
これが現実だ。

すると、唐突に知ってしまった。
冷や汗が出た。
手が震えた。
心臓は圧迫され、鼓動が不安に怯えた。

現実、それこそが悲劇だった。
全てが、はっきりと分かる。

本当の答えがあったのだ。

自分は、凶相の殺人者などではない。
それは、すでに知っている。
小さき者。全てに、ただ漫然と服従する者でしかない。
当然の事実ではないか。

では、舟を進ませた者、あれは誰だったのか。

列車は走る。
どこへ逃亡できるというのか。
戦い、少しでも抗うことができるというのか。
それだけではない。
自分には無理だ。決心などありはしない。どこへも身を投げることなど出来ようはずがない。
運命とは、それは絶えることのない、この苦悩であるに違いない。
それでも、ただ従うしかない。

明日も、その明日も。生涯、繰り返すだろう。

どこへ連れて行く。

見えない顔。櫓を漕ぐ何者か。
舟には、誰あろう、死人である自分がある。眼を閉じた顔がある。

お前は誰なのか。
いったい、どこへ連れて行くというのか。

嫌だ。
嫌だ。
助けてくれ。助けてくれ。

-終- 

今回も読んでくださったことに感謝いたします。


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あとがき

noteを知り、小説を書くことを始めたとき、あくまで個人的にですが、ひとつの誓いがありました。
いわゆる「夢オチ」を使うことはやめようというのがそれです。

今回の作は、夢をネタフリに使っています。自身の考えに反するのと同じではないかと思い、投げ出しかけていました。
しかし、そこを工夫で何とかできる余地があるかもしれないと、推敲を続けた次第です。
出来たのが本作です。

それでも、やはり迷いながら書いたものには確信も持てません。
夢を題材としていても可であるとする意図の所在を読んでいただけるだけの内容となっているのか。不安に思わずにはいられないのです。

迷ったのですが、やはりここに含意を記しておくことにします。
以下は、その説明となります。

自分としては、話の展開や使用した語彙は、すべて矛盾なくつながるようには考えたつもりです。
題名の指す意味もそうです。

繰り返しになりますが、これは夢をネタフリに使った小説です。
そしてまた同時に、後半から最後にかけて、特に「冷たい朝」以後の部分についてですが、これは正に夢オチそのものである可能性が高いということです。


巻末付録(いつもより多めに置いております)


凪ぎ【詩篇】


眠りの中で
この手を赤く染めて
殺人までも犯して

それなのに
お前が見せた夢ではない

そのことを知った

またしても 敗北

男の死に顔には
不敵に歪んだ笑みがあった


蒼茫のとき【詩篇】


見よ またしても
その顔 
その全ての声は
夕陽となり 滅んでいった

光る瞳
あなたの夢は もう始まっている


太陽と海【詩篇】


手のひらには ひとすじの灯
その存在を信じている

夜ごと 夢はやってくる

波を 見つめている 
それを知らない

さがしている

あなたの 同じ手へ
きっと たどりつけると信じている


小説の目次はこちらです 
https://note.mu/myoan/n/ncd375627c168 

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