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夢の中へ 花の中へ/ルドン秘密の花園展

 『ルドン—秘密の花園』展がずっと心にひっかかっていた。三菱一号館美術館の建物もいつかゆっくり歩いてみたいと思っていたところ、このたびの東京滞在のスケジュールでその時間が確保できることが分かった。もう、行くしかない。

 オディロン・ルドンは印象派の画家たちと同世代。しかし彼らがありのまま目に映るものを描こうとしたことに対して、ルドンは夢とうつつの間にある精神的な世界をひたすらに追い求める画家だった。

 今回のルドン展は、花や樹木、それから、そこに佇むふしぎな生き物たちに焦点を当てた、まさに「夢の中へ 花の中へ」といった幻想的な展覧会。

 ルドンは空想と現実をつなぐ手がかりとして植物を描く。うっとりと目をつむっている女性を取り巻いている花々は、美しくもどこか奇妙ないびつさをはらんでいる。蝶々や蛾は、花に擬態する昆虫だ。じっと目を凝らしていると、ひそやかに紛れた蝶々や蛾が、ふと浮き上がって来るような気がしてくる。

 ふわっと色んな香りが混じり合うように、その境目がとろけだすルドンの世界。

 境界をあいまいにすることで、想像の余地が生まれる。私たちはその時こそ、「思考」をはじめるのかもしれない。

パステルで描かれた大きな<グラン・ブーケ>。たっぷり溢れるように咲いているのは、この世には実在しない想像上の花々だ。花だろうか? あるいは、人の目玉だろうか…。

 「私のデッサンは息吹によって動機を与えるだけであり、何かを定義づけるものではない。なにも決定しないのだ。音楽のように、不確定的なものの住む曖昧な世界の中へと、我々を連れてゆくのである」 ——オディロン・ルドン

 子どもの頃、夜道の樹木が人の姿に見えておそろしくなり、一目散に逃げだしたことを思い出す。土手の葦は風もないのに手まねきをして、ゆらめく水の中には人魚の髪のような藻がたゆたっていた。

それはたしかに「不確定的なものの住む曖昧な世界」への入口だったように思う。想像力が私の現実を「作り変えて」いくような。

ルドンが私たちをいざなうのは、誰もが物事をありのままに受け入れ、自由な解釈を許し合う、その一歩先の新世界なのかもしれない。

今ある現実を豊かに作り変えていけるような、自由で新しい思考のかけらを、私はすこしでも手にしているだろうか。そんなことを思った。

この日はなんと約18,000歩も歩いていた。ホテルの部屋に戻ってちいさな窓を開けると、生あたたかい、ほどよく湿気のある春の風が流れこんで来た。催眠術にかけられたように体中が重くて、ベッドの上ですぐに眠たくなる。

 目を閉じて深呼吸すると、かすかに花の香りのようなものが残った。




■ ルドン—秘密の花園 2018.2.8~5.20 三菱一号館美術館にて

 



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 読んでくださってありがとうございます。ルドンの描く、かわいくて不気味な幻想の生きものたちは、ぜひ実際に絵を鑑賞してたしかめてみてください。

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