ここに沼がある――日本語沼へ

 前回の記事で、「日本語を勉強しようぜ」って話をしました。

 勉強しようぜって言われても、どういうことからやっていけばいいのか――何か教科書でも買って学ぼうって話? 巷でよくある「大人の語彙力」とか「美しい日本語とは」みたいな話?――よくわからないでしょうし、このメッセージだけ伝えてほっぽらかすのもちょっとどうかと思うので、僕が今まで読んできた本を、分野別に紹介したいと思います。

 日本語の学ぶといっても色々な分野があります。さっきは勉強、なんて堅苦しい言葉で言いましたが、興味のある分野の本を手に取ってみて、自分が面白いと思うことを追いかけてみればいいんじゃないかと思います。というか僕も専門の学者でなしにただの一介の好事家、オタクに過ぎないので、「日本語学、国語学を学ぶならかくあるべし」なんて言えません。

【言語社会学、言語比較、比較文化論】
 言葉、というか日本語という「言語」はどういうものなのかを考えるなら、外国語と比較してみるのがよろしいのではないか。一番わかりやすい比較対象は英語かな。ということでそういう言語比較、文化比較のおすすめ本をご紹介します。
 『ことばと文化』(岩波新書、鈴木孝夫著)

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 著者の鈴木孝夫さんは言語社会学という、今で言う比較文化論みたいなものを専門にされている方で、英語などヨーロッパの言語への造詣が深く、日本語と英語の単語の表す意味の範囲がどうずれているのかといったことを丁寧に説明してくれています。
 硬めの文章なので、少しとっつきにくいかもしれませんが、この本の「三 かくれた基準」、「六 人を表すことば」は拾って読んでほしいです。特に後者。普段当たり前に使っている、自分の身内を指すときの言葉遣いにちゃんと規則があることを示している章は必見。英語との比較に興味がある人は「二 ものとことば」を読んでみると良いと思います。
 日本語がどういった環境で使われているのか、他言語と比較して述べたものとして、同著者の『閉ざされた言語・日本語の世界』(新潮選書)もおすすめ。

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【日本語文法、日本語教育】
 日本語を実際に教えるときにはどんな教え方をするのだろう。そういったことに興味がある方は、以下に挙げる二冊のうち、どちらかを手に取ってみてはいかがでしょうか。日本語の骨格を知りたい方へ。
 『日本語という外国語』(講談社現代新書、荒川洋平著)

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 もしくは、『日本人のための日本語文法入門』(講談社現代新書、原沢伊都夫著)。

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 どちらもとても良い本です。しかも、どちらも文章がすっきりしてて読みやすいです。
外国人ってこういうふうに日本語勉強するんだっていうのを知りたい場合は『日本語という外国語』をば。こちらは文法に加えて発音の話もしっかりされていますね。外国人に日本語説明しようってことですからそりゃ発音の話も出てきますわな。拍とかアクセントの話とか。
 日本人でも説明に窮する「は」と「が」の違いや使い分け、あるいは「ら抜き言葉」問題、学校で習う国文法では扱わない、「テンス」「アスペクト」といった、普通の日本人は知らないような文法話に興味があれば『日本人のための日本語文法入門』をぜひぜひ。こちらは英語との簡単な比較も交えながら、文法一直線に語っています。僕はこれで「ら抜き言葉」を喋るのが怖くなくなりました。

【方言】
 やっぱり実際に使われている日本語に注目すると、目立つのは方言の違い。方言に興味ある方にはこの二冊がおすすめ。
 『方言が明かす日本語の歴史』(〈もっと知りたい!日本語〉シリーズ、岩波書店、小林隆著)

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『全国アホ・バカ分布考』(新潮文庫、松本修著)

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 どちらも最高に面白い。というか読んだ後に周りの人がどんな言葉を使うかに、ものすごく敏感になる。
 『方言が明かす日本語の歴史』は、なんていうか、もう書いてあること全部がすごい。古文でしか知らなかった「こそ+已然形」が現代に生きている!? 吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」がさらに楽しく聴けるようになる!? 言葉の広がりを追っていく記述がとてもスリリングです。
 『全国アホ・バカ分布考』は、著者である松本修氏が、テレビ番組「探偵!ナイトスクープ」で方言の謎を追い始めたのをきっかけに、アホ・バカ表現の深い深い、それはもう深すぎて面白いんだけど読むのがもうめんどくさくなってくるぐらい深い沼に引きずり込まれていく様が楽しめる本です。方言周圏論の、そして松本氏のパワフルな知力によって、全国に散らばるアホ・バカ表現の由来が明かされていきます。アホ、バカ、たわけ、ホンズナス、フリムン、ハンカクサイ。ほんとに、探せばあるもんだなぁという感じ。
 共通して言えるのは、方言周圏論はめっちゃ有効だということ。そして、京都がマジで強すぎること。ことばの発信、京都最強説。今だと大阪弁もかなり発信力が強いですよね。
 関東の言葉に他地方の言葉が入ってきたりして変わってきていることに興味がある人は、以下の本がおすすめ。記述が非常に実証的です。
 「~じゃん」は関東特有の表現ではない、というか他地方から入ってきた言い方なんだって話とか。ちょっと文章硬めですけど面白いですよ。
 『日本語ウォッチング』(岩波新書、井上史雄著)

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【漢字】
 元々中国語を記述するための文字である漢字。しかし今では日本語になくてはならない存在であり、もはや日本語の大事な一部になっています。そんな漢字について学んでみたいという方へ、以下の本をおすすめします。
 『部首のはなし 漢字を解剖する』(中公新書、阿辻哲次著)

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 漢字の話となると硬いものになりがちのように思えますが、この本はひとつひとつ部首を取り上げ、エッセイ風に由来を紹介していくという体裁を取っていて、とても読みやすいです。通勤通学時に読むのにちょうど良い感じです。
 本格的に、そもそも漢字がどういった経緯で生まれて育まれたものなのか知りたい方は、同じ著者の『漢字文化の源流』(丸善出版)、または『漢字の社会史』(吉川弘文館)がおすすめ。前者しか読んでいないのですが、今手元にある『漢字の社会史』の中身をざっと見ると、内容が重複してるところがけっこうあるので、とりあえずどちらかでいいんじゃないでしょうか。とっつきやすさでいくと『漢字文化の源流』のほうがいいんじゃないかと。
 実はこの本のもとになっていると思われる講義がYoutubeに上がってます。世の中便利になったもんだ……。

【日本語の歴史】
 方言を勉強することももちろん日本語の歴史の勉強につながるのですが、通史として、大きな流れとしてどのように変化してきたのか。それを知るのにおすすめなのがこの本。
 『日本語の歴史』(岩波新書、山口仲美著)

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 とりあえず知っておくべきことがしっかり載っている、かつ文章が綺麗で読みやすい! ということでおすすめ。
 日本語が書き言葉を獲得し、係り結びが徐々に崩れ始め、助詞によって主格をしっかり表示するようになり、カタカナひらがなが使われるようになり……と、全部流れがしっかりわかります。
 これを読んで、言文一致ってほんとに大変だったんだなぁしみじみ思いました。僕たちは先人が作ってきたものがあってこそ、こうやって、まるで話していることをそのまま書くように書けているわけですね。

 色々紹介して、この他にも色々な分野の本があるのですが、いかんせん僕が追い切れていないところもありまして。例えば、方言とも他言語とも言われる琉球語なんかも、日本語沼に沈み切ろうと思うと絶対に必要な知識なのですが、追い切れていないです。日本語のアクセント、関西弁、外来語、文章技法、レトリック、英語以外の言語との比較、本以外に動画やオーディオで学べること、などなどの話もできてないですね。面白い話はいっぱいあるんですけど、そこまで含めると長くなりすぎるので、また次回以降で書いていこうと思います。

 日本語の世界はマジで沼です。追求しだすとあれも知りたいこれも知りたいと、どんどん奥に奥に進んでいきたくなります。楽しいですよ。
 みなさん、一緒にこの沼に沈んでみませんか。

[紹介した本一覧リスト]
・『ことばと文化』、岩波新書、鈴木孝夫
・『閉ざされた言語・日本語の世界』、新潮選書、鈴木孝夫
・『日本語という外国語』、講談社現代新書、荒川洋平
・『日本人のための日本語文法入門』、講談社現代新書、原沢伊都夫
・『方言が明かす日本語の歴史』、岩波書店、小林隆
・『全国アホ・バカ分布考』、新潮文庫、松本修
・『日本語ウォッチング』、岩波新書、井上史雄
・『部首の話』、中公新書、阿辻哲次
・『漢字文化の源流』、丸善出版、阿辻哲次
 ――京都大学 「中国文字文化論」第1回 漢字の特徴
           URL: https://www.youtube.com/watch?v=-5A1-xqeN7A&t=350s
・『日本語の歴史』、岩波新書、山口仲美

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