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ワインの「だし感」を考察してみた。

ワインに出汁感??

ワインを表現するときの「出汁感」という単語を聞いたことがあるでしょうか。

ワインの主要産国の歴史にフォンドボーのようなものはありますが、旨味という概念や、それを重んじた出汁感なんていう概念がないであろうことは想像に難くないと思います。

そのため恐らくワイン業界の共通語でもないだろうと思います。

ただ私たち日本人にとって「出汁感」と表現することがしっくりくるワインというのがあるというのも1つの事実だと思います。

とは言ってもワインをかなり飲んだことのある人じゃないと、出汁感のあるワインと言われてもピンと来ないかもしれません。

しかし、そういった方もこの記事を読んで今後意識していくことで出汁感を見出せるワインに出会えると思いますので、少しややこしい部分もありますが、一読していただければ幸いです。

特にこの出汁感は栽培からくるのか、醸造からくるのか、はたまた品種の特色や熟成の結果なのか。

そういったことにポイントを置きながら見ていきます。

今回は出汁感はどういったワインで見られることが多いのか、そもそも出汁感とはなんなのかといった基本的なところから見ていきたいと思います。

出汁感のあるワインはどこにある?

そもそもこの出汁感のあるワインはどのようなものかというところから整理してみました。

まずインターネット上ではブルゴーニュの熟成したピノノワールのようなワインで感じられるといった文言が並びます。

実際にラベルにDashiと書いてあるワインがあったというのもこちらのブログで見かけました。

しかしこれもまたまたピノノワール。タスマニアなのでオーストラリアという点は新しいですね。

エノテカさんではオリヴィエルフレーヴのピノで出汁のようなという表現が用いられています。

このワインは特に古いヴィンテージを指定しているとも思えないので、ピノであれば年代に関わらず出汁感があるワインが存在するのだなぁということなります。

またマツコ・デラックスさんがドメーヌ・ミエイケノのピノノワールを表現する際にも「半分出汁のような味わい」といった表現を用いていることからも、出汁感はブルゴーニュのみに許されたものというわけではないようです。

ただミエイケノさんの造りはかなりオールドスタイルを踏襲した、クラシカルな造りだと個人的には思っているので、そういう意味でもフランスの味わいに近いのかもしれません。

ただとりあえず地域や年代はある程度幅があるにしろ、出汁感はピノノワールの専売特許のような味わいのようです。

たしかにこれは自分の感覚にも合致するところで、ピノノワールは時に出汁のような雰囲気を持つものがあります。

ということはピノノワールにあって、他のワインにないものが出汁感を生んでいると考えるのが自然ではないでしょうか。

結論から言うと、「マスキング」ということになるのですが、それがどういった経緯で導き出されたかを皆さんに見て頂ければと思います。

またここから先はアミノ酸における出汁感について触れていくのですが、その前に香気成分についても軽くだけ触れておきたいと思います。

ナカゴミコウイチさんの記事に出汁とワインの香気成分の類似点について軽く触れているものがありました。ナカゴミさんの記事はいつも勉強になります。


この記事内でも詳しくは調べていないとしているので、あまり多くのことを語れるわけではありませんが、香気成分の類似点というのも出汁感を演出する上ではかなり大きなファクターを占めるのではないかと考えられます。

この観点ではもしかすると特定の香気成分という軸でピノノワールにあって、他の品種にないものというのがよりクリアに見えてくるかもしれません。

旨味と出汁感の違いはなんなのか?

このトピックを調べるにあたり。1つなんとなく引っかかっていたのが、
「旨味のあるワインはたくさんあるけど出汁感のあるワインはそんなにない」
ということです。

そもそも旨味はグルタミン酸とアスパラギン酸が主に寄与する味覚です。

一方で出汁感はアミノ酸による旨味も含んだ複雑な味わいを指します。

その出汁感については『新出汁素材、鮭節の合わせ出汁配合を分析値から予測する試み』という論文を参考にしたのですが、この出汁配合を考えるにあたって以下のようにアミノ酸の呈味成分を分けていました。

呈味成分を旨味(Glu、Asp)、甘味(Ser、Gly、Ala、Pro)、伸び(5’-IMP、5’-GMP)、こくはGSHを追加して(Car、Arg、Ans、GSH)、酸味(リンゴ酸、乳酸、酢酸)、キレ苦味(His、Lys、Leu、Ile、Val)、重厚感(Tau、コハク酸)の7ラベルで分類し、成分の合計値からレーダーチャートを作成した。(そのまま引用)

このことからも出汁感を考えるにあたっては、旨味だけでなく、その他アミノ酸の味わいやグルタチオンや酸の在り方も関わっているのだと考えることができます。

そのため旨味があるワインでも出汁感があるとは感じられないことが多々あるのだろうということになります。


ワインの栽培におけるアミノ酸

ワインの栽培環境によってアミノ酸含量は変わるのでしょうか?

変わるとしたらどれぐらいの影響になるのでしょうか?

それを示してくれている論文がありました。

まず前提として肥沃な土地、有効態の窒素が多いような土壌ではアミノ酸含量の高いブドウができることになります。

その上で、品種や台木によっても差が出るということを示しています。

特に台木は樹勢の強いようなものであれば、よりしっかりと根を張ることで多くの窒素源にリーチでき、最終的なブドウのアミノ酸含量も多くなるのではないかと推察されています。

ただ土壌自体が肥沃な場合は、樹勢の弱いとされる台木でも十分に窒素源にアクセスできることから、大きな差はなくなります。

そして肝心のアミノ酸含量なのですが、そのレンジは500~5000mg/Lとかなり幅があります。

少し細かいですが、その論文の品種ごとの表を見てみましょう。

アミノ酸量と品種


この表では一番右の欄の最大値でも1500mg/Lほどなので、かなり痩せた土地とみることができるでしょう。
ちなみに多いところでは5000mg/Lほどにもなるというのもこの論文の違う栽培地の結果を参考にしています(そちらの表にはPinot Noirがなかった)。

その中でも先の出汁感の筆頭株であるピノノワールは他品種に比してかなりアミノ酸含量(正確には表はNH₃も含みます)が低いことが分かります。

このアミノ酸含量は出汁のアミノ酸含量と比較して多いのでしょうか?少ないのでしょうか?

一口に出汁と言っても色々な出汁がある上に、種々の出汁の取り方や1L辺りにしたときにどれぐらいなのかというのを見つけるのはなかなか大変でした。

特に先の「出汁」に関する論文なんかにもmg/100gという表記で書かれているのですが、100gの原料から取れるアミノ酸として200mgというのは少なすぎる気がしますし、一方でmg/100ml表記のもので20mg/100mlというものもあったりするのですが、それでは今度どれぐらいの量の原料から取ったかが分からず比較できません。

そういった中で市販の出汁の素のアミノ酸量を調べているものがありました(JEOL STATIONより)。

だしの中のアミノ酸量


これは論文のようなものではないですが、各市販の出汁の素を記載分量の水で溶かした時の組成は「出汁」の組成としては最も信頼のおけるものなのではないかと思ったので、それを引用することとしました。

色々と出汁のベースによってアミノ酸組成が違いますが、この表の出汁3,4あたりのうま味調味料を添加していない出汁だと、グルタミン酸を加味してもアミノ酸総量は100mg/Lほどだと推察されました。

この100mg/Lの概算をツッコミたい人は是非こちらから自身で概算して見てください。

それはそうと、ということはブドウに含まれるアミノ酸含量でも出汁感を演出するに十分足るということになります。



ということでここまでで3つのことを見てきました。

・出汁感は旨味だけでなく、アミノ酸の味わいが重なったものである。
・出汁感はほとんどの場合はピノノワールで感じられる。
・出汁のアミノ酸濃度はブドウ中のアミノ酸濃度より低い。

次回はここから醸造へと目を向けていきます。
このアミノ酸量は醸造中も維持されるのか?
澱や熟成との関係は?
そして最後に私なりの「ワインの出汁感仮説」も次回になります。


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